経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/6/27(897号)
ヘリコプター・マネーと国民所得

  • 麻生財務大臣の発言

    麻生財務大臣の講演会での「日本の高齢者はいつまで生きているつもりなのか」発言が問題になっている。これは「90才の老人が老後を心配と言っている話」を元にした冗談である。これに野党やマスコミが「高齢者をばかにしている」と噛み付いた。

    しかし財務大臣の発言の主旨は「日本の老人は個人金融資産を1,760万円も保有し、そのうち現金(預貯金の勘違いと思われる)が900万円もある。それにもかかわらず老人は個人消費を増やさない。これが日本経済の不調の原因である」と筆者は理解している。ところがこのように話の主旨や事の本質を離れた所に批判が集中するのが日本の情けないところである。

    同じような事は過去の年金騒動でも見て来た光景である。年金改革国会では重要な年金の財源の話ではなく、いつも「年金の未納問題」や「年金記録問題」だけが連日大々的に取上げられた。しかし問題の本質はそのようなところにはない。国会やマスコミが的外れの大騒ぎをやっている間に、財源は消費増税といった財務官僚と厚労官僚が仕組んだ今日の基本路線が静かに決まって行ったのである。さすがにこの時には「とうとう日本人はバカになった」と筆者は思った。


    麻生財務大臣の発言のポイントは「日本には膨大な金融資産があるのに消費や投資に回らない。このために有効需要の不足が起り、その対策のため日本は財政赤字をどんどん大きくして来た」ということになる。つまり04/10/4(第361号)「日本経済のデフレ体質の分析(その1)」などで本誌がさんざん取上げて来た「凍り付いたマネーサプライ」の問題である。「日本には膨大なマネーサプライがあるが、これが凍り付いたままで実体経済に回らない」といった大昔からの問題を麻生大臣は蒸し返したに過ぎない。


    これまでも我こそはアイディアがあると「凍り付いたマネーサプライ」を溶かすための政策が山ほど打出されてきた。しかしこれらの政策は、悉く失敗したかほとんど効果が無かった。例えばエコポイントによる消費刺激策であるが、これは単なる消費の先食いであった。また相続資産を非課税で孫子の住宅購入に使えるよう税制を整えたが、これがどれだけの効果があったのか分らない(単に不公平を助長したに過ぎなかったかもしれない)。

    株式投資を促すためにNISA(少額投資非課税制度)を実施したが、これがどれだけ実物投資を増やしたか不明である(単に証券会社のセールスツールに使われただけでは)。そもそも「貯蓄から株式投資へ」という政策自体の効果は「まじない」程度以下であろう。麻生大臣の発言はこれらの延長線上にある(まだエコポインは効果があると信じているのかもしれない)。


    03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」他で言ってきたように、日本に必要な経済政策は所得を生むマネーサプライの増加政策である。これを実現させる確実な方法は、財政支出増によって所得を生むマネーサプライを増加させることである。これは国民の所得を直接増やすことによって消費を増やす政策である。「凍り付いたマネーサプライ」は当面放っておく他はない。

    まず消費という需要が増えれば、行く行くはある程度の設備投資が実施され、この段階になれば「凍り付いたマネーサプライ」も少しは溶け出すと筆者は考える。つまり需要が確実に増えると将来に確信を持てるようなったなら、民間も少しは銀行から借金をして投資を行おうという気になるのである。反対に需要がなければ、何をしようと民間投資が増えることはない。金利がマイナスになっても設備投資が増えないことを見れば分るはずである。このように「凍り付いたマネーサプライ」を溶かそうと20年間もの時間を無駄にして来たのである。したがってもし麻生発言を批判するのなら、このような観点から行うべきである。


  • ヘリコプターマネーは確実に国民所得を増やす

    ちなみに前段で日本の老人の金融資産が膨大という話を取上げたが、この裏返しが国の財政赤字であり借金である。むしろ国が債務を膨らませて財政出動を増やして来たからこそ、個人が膨大な金融資産を保有するに到ったと考えるべきである。このことは03/6/30(第303号)「経済の循環(その2)」で、貯蓄・投資と経済循環の関係として説明した。

    日本では財政を赤字にすることによってようやく経済活動を最低限の水準に維持して来た。この結果、個人の金融資産が増えたのである。反対に財政を赤字にしないという政策を採ることができた。しかしその場合は日本経済は縮小(ずっとマイナス成長)し、個人の金融資産は増えなかったと想われる。いわゆる日本経済の縮小均衡である。


    筆者は、日本の累積債務と個人の金融資産の夫々の増加額はほぼ見合っていると思っている。もっとも考えて見れば、個人の金融資産が銀行や保険会社を通じ結局国債で運用されているのだから当たり前の話ではある。さらに日銀の異次元の金融緩和政策以前から、民間企業の資金需要の減退によって長期金利はむしろ低下傾向が続いていた。

    金利動向を見る限り、本当は日本の国の財政に問題がなかった言える。むしろ民間投資の減退を補填するよう財政赤字をもっと膨らませる必要があったと筆者は見ている。しかし財政再建派の力が強く、表面上の国の累積債務の増加を理由に、日本は緊縮的な財政スタンスを採り続けて来たのである。このため少なくとも第二次安倍政権まで日本経済は縮小均衡路線に近い状態であった。これを転換させたのが第二次安倍政権であった。しかしこれもたった一年だけで元の緊縮財政に舞戻り今日に到っている。


    そこに降って湧いてきたのが「ヘリコプターマネー」の話である。もちろんさらなる赤字国債を発行し、これを財源に財政支出を行って増え続ける「凍り付いたマネーサプライ」を経済循環に戻してやっても良い。

    しかし日本には国の累積債務を異常に気にする者がいる。特に政治家、官僚、マスコミ人、財界人など政治的に大きな影響力を持つ人々にこのような考えの者が多い。したがって簡単には財政赤字を増やせない。そしてこのような難しい状況を打破できるかもしれないのがこの「ヘリコプターマネー」である。

    「ヘリコプターマネー」が実質的に国の借金にならない財源ということが理解されるなら、財政支出の増大に頑固に抵抗している人々のうち何割かは考えを変える可能性がある。「そんなうまい手があったとは」とか「目からウロコ」と豹変する者が現れることを筆者は期待している。そのためにも「ヘリコプターマネー」の話は盛上がってもらいたい。


    先々週号16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」で、社会保障費の財源をヘリコプター・マネーで捻出するかそれとも消費増税で賄うかという話をした。消費増税の場合には確実に物価が上昇する(5%の消費増税で物価は3.5〜4.0%上昇)。一方、物価が同じ3.5〜4.0%までヘリコプター・マネーを財源に支出を行うことが考えられる。そしてヘリコプター・マネーの方が消費増税の場合よりずっと大きい社会保障費の財源を確保できる可能性が高いと指摘した。


    ところで経済学に「1兆円の増税を行い、この1兆円をそっくり財政支出に充てれば国民所得が1兆円増える」という理論がある。10/6/21(第620号)「菅首相の想定」12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」で取上げた「ホーベルモ効果」である。ただし「ホーベルモ効果」は小さく弱いものである。

    これは菅首相の経済ブレーンだったケインズ経済学者が菅首相に諭した経済理論である。しかしこの経済学者は所得税を念頭にしたものと筆者は解釈している。たしかに貯蓄として退蔵(経済循環からの漏出)される部分を所得税として国が吸い上げ、これを財政支出として経済循環に注入すれば国民所得は多少増える。


    ところが逆進性の強い消費税で同じことをやれば、効果はさらに小さくなると筆者は考える(国民所得はほとんど増えない)。ところが同様の話が2年前の消費増税の際にも使われた(増税分はそっくり社会保障費に充てるから問題はないという話)。ところが消費増税分は全て社会保障に使われたのではなく、例えば昨年度はそのうち3.4兆円が国債の償却に回されたのである(経済循環からの漏出)。これでは日本の景気が良くなるはずがない。

    以上の話を要約すると次のようになる。同じ社会消費費の財源を捻出するとしても、消費増税の場合は名目国民所得と実質国民所得がほとんど増えない(たとえ増税分の一部を国債の償還に充てずそっくり社会保障に使っても)。また消費増税の場合、年金生活者などが過剰に反応し消費を控えるため、むしろ国民所得が減るといった研究結果さえ最近出ている。一方、「ヘリコプターマネー」は、確実に名目国民所得が増えるだけでなく、デフレギャップの存在を考えれば物価はあまり上昇せず実質国民所得もかなり増える。やはり「ヘリコプターマネー」しかないのである。



来週も今週の続きである。

英国のEU離脱が起り市場は混乱している。この話は事が落着いてから取上げることにする。もし市場の混乱の影響が実体経済に及ぶようなら、リーマンショック級の出来事と言えるかもしれない。安倍総理のサミットでの「リーマンショック級の出来事」発言は大袈裟と揶揄されていたが、総理の読みが正しかったということになる。次の注目点は、英国に続くEU離脱国が出てくるかということになる。




16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」 16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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