経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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18/7/2(992号)
歴史的な大混乱の前夜?

    ナバロ氏がキーパーソン

    トランプ大統領の強硬な通商政策が世界経済を揺さぶっている。ただ一口に強硬姿勢と言っても、その方向は三つに整理できる。一つは対中であり、二番目は対NAFTA(カナダ、メキシコ)である。そして三番目がその他の対米貿易黒字国である。日本とEUは三番目の分類に入ると考える。韓国は米国とFTAを結んでいるので、三番目より二番目の分類に近いと見て良い。

    今日、注目を集めるのが7月6日に実施予定の対中の通商制裁である。しかし二番目と三番目に分類される対米貿易黒字国にとって、米国の強硬路線の影響が小さいということにはならない。鉄・アルミに加え、次に自動車(部品を含む)の対米輸出がヤリ玉に上がっているのである。報道によれば、自動車に対する25%(トランプ大統領は20%と言っている)の追加関税に関しては8月辺りに米国政府の方針が出るという。


    鉄・アルミの追加関税については、日本からの輸出品の大半が他から調達が困難ということで対象から外された。つまり今のところ日本だけはほとんど無傷といういうことになる。しかし制裁対象が自動車まで広がれば、話は大いに違ってくる。

    日本メーカは年間677台の自動車を米国で販売している。そのうち米国での現地生産車は345万台である。日本からの直接輸出は177万台であり、またNAFTA(カナダ、メキシコ)の工場から米国への輸出が155万台である。したがって追加関税の対象となるかもしれない台数は合計で332万台(177万台+155万台)ということになる。もしこれが実施されると、日本メーカへの追加関税額は2兆円を超えることになる。


    米国の対中制裁だけは多少注目されているが、今日の日本で米国の他の通商制裁の話は深刻には受止められていない。テレビはワールドカップの話ばかりで、トランプ政権の驚くような通商政策をまるで取上げない。この関連で株価が連日下落しても、関心を持つ人はほとんどいない。国会では「働き方改革」が安倍政権の一番力を入れている政策と言われている。野党は「森友・加計問題」にしか興味がない。日本は一体どうなっているのか。

    たしかに対中を除けば、いずれ米国と相手国(日本、EU、NAFTA(カナダ、メキシコ))の間で妥協が成立するという可能性はある。筆者も、多少は時間を要するが現実的な落とし所が見つかると思っている。そもそも自動車への25%の追加関税はさすがに無茶と考える。これについては米国内での自動車工場建設と引換えに、追加関税を課さないなどの妥協案がいずれ出てくると筆者は思っている。また米国の追加の関税率の引下げも考えられる(現行のEUの輸入関税率は10%と米国の2.5%より高いので、米国の追加関税率は25%ではなく10%程度が現実的と考えられる)。そしてこれらを占う上で、7月6日から実施予定の対中制裁の様子(米国の本気度)が重要と筆者は見ている。


    ただトランプ政権の通商政策が一段と強硬になっていると筆者は感じる。この一つの原因として、経済スタッフの入換えが影響していると筆者は見る。3月にコーン国家経済会議(NEC)委員長が辞任し、後任にはラリー・クドロー氏が就いた。

    コーン委員長は自由貿易主義者であったが、ラリー・クドロー氏は保護貿易主義的な色彩が強い。しかし彼以上に注目されるのが、ピーター・ナバロ通商製造業政策局長の存在である。ナバロ氏は筋金入りの保護貿易主義者であり、特に対中強硬派である。ただコーン委員長在任中は、抑えられ彼は政権内で燻っていた。国家経済会議(NEC)委員長がラリー・クドロー氏に代わってから、ナバロ氏は復権し発言力を増している。このナバロ氏こそがキーパーソンである。


    ナバロ氏は元々が学者で、著書「対中もし戦わばー戦争の地政学」などで知られる。トランプ大統領はナバロ氏の著書の愛読者であり、最近のトランプ政権の対中通商政策は彼の考えがかなり反映されていると見て良い。ボルトン補佐官に加え、このナバロ通商製造業政策局長という対中強硬派が側近としてトランプ大統領の周りを固めていることを認識しておく必要がある。

    日米の貿易のインバランス解消のための協議は、麻生財務相とペンス副大統領に委ねられて来た。しかしナバロ氏の発言力が増している今日、何らかの対応が必要になってくる。何でもナバロ氏は、日本で米車が売れないのは非関税障壁のためと今だに思い込んでいるようだ。


    米中の報復合戦の覚悟

    今は世界の通商と政治が歴史的な大混乱に陥るかもしれない前夜である。もちろん仕掛人はトランプ大統領である。しかし筆者に言わせれば、最初の追加関税に対して即座に報復関税を決めた中国の対応が失敗と考える。中国が引下がらない以上、米中の通商摩擦は貿易戦争に発展する可能性が出てきた。

    もしトランプ大統領に関してボルトン補佐官やナバロ通商製造業政策局長の影響が大きいとしたなら、簡単に米中の間で妥協ということはない。むしろ騒ぎが大きくなっても構わないというのが、トランプ陣営のスタンスと筆者は捉える。どうもトランプ政権の狙いは、通商分野に限定せず極めて大きな譲歩を中国から勝取ることと筆者は感じる。例えば南シナ海の中国の軍事施設の撤去くらいを米国は言い出しそうである。


    米国が中国に対して、当初、初年度1,000億ドル、翌年2,000億ドルの対米貿易黒字の削減を迫った段階で、中国はこの要求に必死に応えようとした形跡がある(米中協議で)。たしか1,000億ドルには届かないが、700億ドル程度の削減を検討していると報道されていた。

    700億ドルの対米黒字削減案は、大豆や牛肉などの農産物、LNGなどの石油製品、そして航空機などの輸入増を積上げたものであった。ところが今回の報復関税の対象は、まさに中国がこれまで輸入増を模索していたものばかりである。これらはトランプ大統領の支持基盤への攻撃を意図したものであり、トランプ政権に対する明らかな揺さぶりである。つまり中国は、トランプ政権が「売ったケンカ」をそのまま買ったことになる。


    対中を除く対米黒字国との通商協議は、これから本格化する。筆者は、多少先走り気味であるが前段で述べたように何らかの妥協が成立するものと見ている。まず中国に比べその他の国の対米貿易黒字額はそれほど大きくはない。中間選挙を睨みながらこの交渉は続くものと筆者は思っている。

    しかし米中間だけは妥協の成立が非常に難しい。たしかに7月6日の直前になって中国が急転直下の譲歩を行う可能性は否定できない。ただ今日までの様子を見ているとその可能性はかなり低いと筆者は思う。それどころか米国が協力を求めたイラン制裁を拒否するなど、中国は反米色を一段と強めている。どうも米中協議での妥結を諦め、中国はむしろ預金準備率の引下げや、人民元安によって中国企業の保護に動いている。しかしこれらがさらに米国の反感を呼ぶことになる。

    各国は、米中の報復合戦が始まるのを覚悟し始めている。例えばカナダは、米市場からあぶれた中国製品が自国に流入して来ることを警戒し対抗措置を検討している。おそらく他の国にも同様の動きが出て来ると思われる。米中関係のさらなる悪化を見越し、日本も何らかの措置が必要となろう。


    17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」で取上げたように、筆者は一年以上前から日本の対米貿易黒字削減を提言してきた。これまで麻生財務相とペンス副大統領の間でこれに関する協議が行われてきたが、目立った解決案というものは示されていない。たしかに今日まで米国は、北朝鮮情勢を睨んで日米同盟関係を優先し、黒字削減を日本に厳しくは迫って来なかった。

    このように日本への対応が甘かったのは、あくまでもコーン国家経済会議(NEC)委員長時代の話である。ラリー・クドローとナバロの体制になった今日、米国の対日要求が様変わりして厳しいものになると筆者は予想する。例えば米国産のLNGを日本が仲介して第三国に売り捌くといった麻生・ペンス協議で出た程度の対策で、今の米国が満足するはずがない。

    場合によっては、昔のような日米構造会議みたいなものを覚悟する必要がある。また米国が日本に大きな内需拡大を求めてくる可能性がある。もっともこれは日本にとっても好ましいことではある。少なくとも消費増税なんてとんでもない話である。むしろ内需拡大のため、消費税の5%への引下げを検討すべきと筆者は提案する。



いよいよ米国の中国への制裁が始まる7月6日が迫っている。来週はこれを取上げることになる。



18/6/25(第991号)「米中の通商摩擦問題の新局面」
18/6/18(第990号)「米朝主脳会談に対する筆者の雑感」
18/6/11(第989号)「デフレギャップの分析」
18/6/4(第988号)「デフレギャップと社会保障」
18/5/28(第987号)「100兆円の基金の設立」
18/5/21(第986号)「北朝鮮情勢他」
18/5/14(第985号)「環境の激変に対応できない財務官僚」
18/4/30(第984号)「「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件の顛末」
18/4/23(第983号)「日米主脳会議に対する筆者の感想」
18/4/16(第982号)「通商摩擦は中国の敗北」
18/4/9(第981号)「米中の通商摩擦の行方」
18/4/2(第980号)「森友学園問題の真相」
18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」
18/3/19(第978号)「米朝主脳会談を推理」
18/3/12(第977号)「トランプ政権の脆弱な経済スタッフ」
18/3/5(第976号)「米国でのシニョリッジ政策」
18/2/26(第975号)「世界的な「金余り」の実態」
18/2/19(第974号)「VIX指数の不正操作」
18/2/12(第973号)「VIX指数暴落か」
18/2/5(第972号)「日本政府の貸借対照表」
18/1/29(第971号)「日本の経済論壇の病根」
18/1/22(第970号)「再びノストラダムスの大予言」
18/1/15(第969号)「今年のキーワードは「渾沌」」
17/12/25(第968号)「狙いは需要創出政策の阻止」
17/12/18(第967号)「経済論議混迷の根源はNAIRU」
17/12/11(第966号)「日本の経済の専門家はおかしい」
17/12/4(第965号)「需要で日本の経済成長は決まる」
17/11/27(第964号)「続・「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
17/11/20(第963号)「PB黒字化は本当に国際公約か」
17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」


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