経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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18/6/25(991号)
米中の通商摩擦問題の新局面

    トランプ大統領の「罠」?

    米朝主脳会談に続き、米国の対中貿易制裁が現実のものとなりつつある。トランプ大統領を中心にし、世界の政治や通商が大きく動き出している。今週は予定を変更しこれらを取上げる。


    本誌で言って来た通り、これらの今後の動きを予想するには事態の大きな流れを掴むことが必要と筆者は思っている。米朝関係では、今回の首脳会談は「北朝鮮の敗戦処理」の始まりと筆者は認識する。ただ敗戦が北朝鮮にとって一方的に不幸なことではない。むしろ「負けるが勝ち」という言葉があるように、今は北朝鮮にとって負け方が良いと思われる。やり方によって体制が保証されるだけでなく、経済が上向けば金正恩政権にとって「負けること」は決して悪いことではない。

    たしかに北朝鮮という国が信用されていないことを筆者は承知している。今回も米国を始め世界中が北朝鮮にまた騙されるという観測がある。筆者は、北朝鮮がまた欺くかは、次のステップを見て判断しても良いと思っている。金正恩委員長という指導者は、何が「損」で何が「得」か理解していると筆者は思っている。この損得さえ判っていれば、非核化がベストの選択だと気付くはずと筆者はやや楽観的に見ている。


    米中の貿易摩擦問題は段々と複雑さを増している。しかし18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」で「米中貿易戦争は米国の大勝利?」と仄めかしたように、始めから筆者は勝敗の行方は分っていたつもりだ。一旦中国側は、負けを認め米国からの輸入を増やすことを表明していた。しかしトランプ大統領はその程度では満足しなかったのか、むしろ制裁強化の方向に動いている。

    中国が一番困惑しているのは、どの程度の対策を講ずれば大統領が満足するのか不明なことである。したがって両国は、制裁合戦の「落とし所」というものが分らないまま、対立がエスカレートしている。特に大統領の側近には対中強硬派が揃っている。これまでのように米国の親中派へのロビー活動による局面の打開という手段は通じない。ここまで来ると今週号の最後に触れるが今回の米中の貿易摩擦問題は、従来の通商問題と異質なものと捉える必要があるかもしれない。


    7月6日から米国が輸入品500億ドル(最初は340億ドル)について追加関税を課すのに対し、中国も機械的に米国からの輸入品500億ドルに報復関税を課すと決めた。しかしこの中国の報復関税に対して、トランプ大統領はさらに2,000億ドルの追加制裁を検討するよう命じた。しかし中国の米国からの500億ドルに対する報復関税は前から言われていた。

    つまり中国のこの出方は、大統領も十分予想していたと筆者は推察する。そもそもこれはトランプ大統領の「罠」みたいなものと筆者は思っている。最初の米国の500億ドルの制裁という罠に対抗して、事前の言明の通り単純に中国が同額の報復関税を決めたことは大きな間違だったかもしれない。これは筆者の独特の見方であり、後段で説明する。

    当初、中国の報復関税500億ドルに対する、米国の追加報復関税の対象は2,000億ドルではなく、1,000億ドルと言われていた。しかし最終的にこの数字は倍増された。ただし税率は25%から10%に引下げている。関係者は本当に7月6日から米中の間で関税の報復合戦が始まるのか戦々兢々としている。中国側の大きな譲歩がない限り、米国の制裁は実行されるという見方が有力になっている。

    本当に米中の貿易戦争が始まる様相が濃くなり、世界中の株式市場は動揺している。特に下落が目立つのは、上海、香港の株式市場である。また米国では、中国との関係が深い銘柄を多く抱えるNYダウの下落が大きい。それに対して中国との関係が薄いナスダックの下落はそれほどではない。ただ上海株式の下落の原因は米中の貿易摩擦に加え、中国国内の信用不安も影響しているようだ。


    「面子」を重んじる中国の失敗

    米国の中国を始めとした各国との貿易摩擦の実態経済への影響が研究機関で分析され、米国経済への悪影響は軽微という結果が出ている。これは米国経済の貿易依存度が低いからと理解できる。米国の輸出金額のGDP比率は先進国の中でおそらく一番小さい。したがって個々の企業や地域にある程度の悪影響が出ても、米国全体では影響は限られる。

    一方の輸出依存度の大きい中国などの制裁対象国への打撃はかなり大きい。ちなみに日本は11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」で説明したが、昔は輸出のGDP比率は意外にも大きくなかった(もちろん米国の方が日本より小さいが)。ただ日本は財政が緊縮型になってから、輸出のGDP比率は少し大きくなっている(それでも中国や韓国よりずっと小さい)。


    トランプ大統領の強気の理由として、まずこのように貿易摩擦の激化の悪影響が米国全体にとって限定されていることが挙げられる。ただし中国に進出している米企業にとっては、米中の貿易摩擦は大きな打撃となる。どうもトランプ大統領はこれに目を瞑って制裁を行う覚悟である。

    しかしトランプ大統領の狙いや目標がもう一つ判らない(これについては最後に言及する)。ひょっとすると大統領自身もこれを深く考えず、制裁強化に走っている可能性はある。たしかに中間選挙を控え、米国民に「やっているぞ」というアッピールにはなる。また調子に乗っている中国に鉄槌を下す姿が、米国民に案外受ける可能性はある。


    これまでも中国の巨額の対米貿易黒字や人民元安は、議会でも度々問題になった。しかし親中派の有力政治家が間を取り持ち「お茶を濁すような解決策」で済ましてきた。例えば為替の不正操作が議会で問題になっても、わずかな人民元の切上げで批難をかわした。

    しかしワシントンの中央政界と距離のあった大統領には、この手法は通用しないようだ。まさに中国は正念場を迎えている。2週間後の7月6日から本当に米国の制裁が始まるのか大いに注目される。


    前段で最初のトランプ大統領の500億ドルの制裁に対して、中国が即座に同じ500億ドルの報復関税を決めたことは失敗だったのではないかと筆者は指摘した。いかにも「面子」を重んじる中国が踏出してしまいそうな行動である。しかし問題の根本は、中国の対米貿易黒字が3,500億ドルと突出して巨額なことである。つまり米国は中国にとってまさに「神様」のような上得意先である。報復関税はその「お客様」の顔に泥を塗る行為である。

    大統領は中国が報復関税に出ることを承知で、敢て500億ドルの制裁カードを切ったと筆者は見ている。だからこれに対抗する中国の報復関税を見て、これを待っていたかのように2,000億ドルの制裁を直ちに追加した。筆者は、中国の動きはトランプ大統領の「読み」通りと考える。「賭」は大統領のペースで進んでいると筆者は見ている。

    この2,000億ドルの追加制裁に対し、「面子」を重んじる中国がさらなる対抗措置に出るのか見物(みもの)である。もし中国が対抗措置に出れば、米中の制裁合戦はさらに泥沼に陥って行く。7月6日までまだ時間があり、中国の次の出方が注目される。


    筆者は、中国にとって最良の「手」は報復関税を持出さないことであったと考える。もし中国が報復関税を決めなければ、トランプ大統領は次ぎの一手である「2,000億ドルの追加制裁」というカードを切りにくくなった。困るのは追加制裁のカードを切れなくなる大統領の方だったという推測が出来る。

    中国は報復関税を持出さず、ひたすら米国との再交渉を求めるのがベストの対応だったと筆者は思う。例えば米国からの輸入をさらに上積みするとか、また制裁の関税率の引下げを訴えるなど交渉の余地はあったはずである。そしてこれによって米中の貿易摩擦問題は終息に向かう可能性が生まれていたかもしれない。それはゲームを長引かせたい大統領に肩透かしをくらわすことになる。


    貿易摩擦問題はトランプ大統領が引き起した。ひょっとすると大統領の本当の狙いは、通商問題を超えたところにあるのではという推理が筆者の頭に浮かぶ。例えば米国にとって絶対優位の貿易問題を使って、中国の行動を牽制することが考えられるのだ。南シナ海への中国の軍事進出や台湾への不当な圧力などへの対抗措置という見方である。もちろん北朝鮮への中国の適切な対応も念頭に置いていると思われる。もしこの話が本当ならゲームはまだまだ終わらない。



米中の貿易摩擦問題に動きがあればこれを取上げる。



18/6/18(第990号)「米朝主脳会談に対する筆者の雑感」
18/6/11(第989号)「デフレギャップの分析」
18/6/4(第988号)「デフレギャップと社会保障」
18/5/28(第987号)「100兆円の基金の設立」
18/5/21(第986号)「北朝鮮情勢他」
18/5/14(第985号)「環境の激変に対応できない財務官僚」
18/4/30(第984号)「「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件の顛末」
18/4/23(第983号)「日米主脳会議に対する筆者の感想」
18/4/16(第982号)「通商摩擦は中国の敗北」
18/4/9(第981号)「米中の通商摩擦の行方」
18/4/2(第980号)「森友学園問題の真相」
18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」
18/3/19(第978号)「米朝主脳会談を推理」
18/3/12(第977号)「トランプ政権の脆弱な経済スタッフ」
18/3/5(第976号)「米国でのシニョリッジ政策」
18/2/26(第975号)「世界的な「金余り」の実態」
18/2/19(第974号)「VIX指数の不正操作」
18/2/12(第973号)「VIX指数暴落か」
18/2/5(第972号)「日本政府の貸借対照表」
18/1/29(第971号)「日本の経済論壇の病根」
18/1/22(第970号)「再びノストラダムスの大予言」
18/1/15(第969号)「今年のキーワードは「渾沌」」
17/12/25(第968号)「狙いは需要創出政策の阻止」
17/12/18(第967号)「経済論議混迷の根源はNAIRU」
17/12/11(第966号)「日本の経済の専門家はおかしい」
17/12/4(第965号)「需要で日本の経済成長は決まる」
17/11/27(第964号)「続・「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
17/11/20(第963号)「PB黒字化は本当に国際公約か」
17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」


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