経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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18/6/18(990号)
米朝主脳会談に対する筆者の雑感

    強権ではなく司法取引

    米朝主脳会談が、予定通りシンガポールで12日に開催された。しかし会談の成果に対する評価は、メディアによって様々である。トランプ大統領を嫌うメディアは「非核化の道筋が示されていない」「協議は全て北朝鮮のペースで進んだ」と批判的である。しかし報道を受取る方の我々にとって必要なのは正確で客観的な情報であり、メディアの報道方針や記者の思い込みではない。

    中には酷い論評を行う解説者がいる。例えばTBS解説委員の龍崎氏は今回の主脳会談の非核化に関する成果は「ゼロ」と言っていた。そのうち本誌でも取上げたいが、とにかくTBSの報道陣は政治的な偏向が目立つ(例えば昨年の都議選への選挙干渉は露骨だった)

    拉致被害者への対応に関する報道も同様である。安倍政権に批判的なメディアは、「拉致に関しては、合意文章に盛込まれず成果はなかった」といった否定的なコメントを行っている。ただ主脳会談後、トランプ大統領と安倍総理は電話会談を行い、総理は主脳会談の様子を聞いている。総理は「拉致に関し今は電話協議の詳細は言えない」「日朝で直接対応することになる」と記者に話している。この話を裏付けるように、今秋までに日朝主脳会談を開くための両国間の調整が行われているという。ちなみに筆者は、今回の主脳会談は想定以上の成功であり大きな成果があったと思う。


    閉ざされた国である北朝鮮が絡む情勢を分析するには推理力が必要と筆者は言ってきた。場合によっては何気ない事柄から、出来事の本質を推理する必要がある。まず首脳会談は、マスコミ対応を始め終始トランプ大統領が仕切っていた。合意文章への署名も米国が用意したものである。金正恩委員長がこの署名を知らされたのは、ワーキングランチ後、トランプ大統領と庭を散策していた時である。

    このようにトランプ大統領が全体をリードしていたのだから、協議だけが北朝鮮のペースで進んだとは考えられない。たしかに細かいところまで詰めて、合意文章が作成されたわけではない。トランプ大統領自身も、記者の質問に答え「時間がなかったから」と釈明していた。


    一番重要なことは、北朝鮮の非核化を確実に行うことである。しかしトランプ政権は、これを強権的には行わない方針である。そうではなく金正恩政権の協力を得ながら進めると言うのである。したがって金正恩体制は維持される必要がある。

    世の中では様々な場面で捜査や検査といったものが実施される。会計監査や国税調査などを思い浮かべれば良い。これらを強権的に行うかどうかが問題になる。場合によっては、強権を発揮するのではなく相手の自主的な情報提供を求める方が効率の面で良い。そのためは捜査や検査の対象相手に時には利益を与えることも必要になる。米国で行われている「司法取引」みたいなものである。北朝鮮の非核化はこの手法が採られると解釈すれば良い。


    これに対しボルトン大統領補佐官など強硬派は核放棄が確認できるまで、制裁を解除せず経済支援も行わないとしている(リビア方式)。しかしトランプ大統領はリビア方式は採らないと明言している。つまり本音では段階的な非核化を容認しているのである。そもそも現実的にはこれしかないと筆者は思っている。

    一口に非核化といっても、簡単ではない。例えばこれまで核開発に従事していた何千人もの北朝鮮の科学者や技術者の再就職が差迫った問題になる。「これらの人々は外国に移住させろ」という非現実的な暴論があったが、有り得ない話である。どこかの国が費用を負担し、再就職のための事業を起こすといったことが必要になるであろう。

    どうもボルトン大統領補佐官などの強硬派は、裏でトランプ大統領と通じている印象がある。ボルトン補佐官等の強硬論をトランプ大統領が抑えながら、北朝鮮に譲歩を迫るといったパターンが見られるのだ。もし本当にボルトン補佐官が反トランプだったら解任されてしかるべきである。ちなみにボルトン補佐官は金正恩委員長とにこやかに握手していた。


    オセロ現象の始まり

    米朝主脳会談を見て、北朝鮮のような極度の中央集権の国は、想像を超える大転換をやらかすことが有り得ると筆者はつくづく感じた。まるでオセロのような世界である。昨日まで「黒」だったものが、今日は「白」になったりする。またその逆もある。

    極端な反米国家だった北朝鮮が、一夜にして親米国家になり得るのである。たしかに少なくとも一年前までは、主脳同士が互いに罵りあっていた。これを本気と受取っていた人々は、シンガポールでの両首脳の友好的な振る舞いを現実のものとは信じないであろう。これも「オセロ現象」である。


    しかし両政権にとっての利益を冷静に考えると、両首脳の行動は合理的である。主脳会談の狙いとして、トランプ大統領にとっては政権の浮揚や経費の節減などが考えられる。これに対して金正恩委員長にとって何より優先するのが「体制の保証」である。核を放棄するぐらいで体制が保証されるのなら、「お安いもの」と北朝鮮が考えても不思議はないと筆者は思う。北朝鮮にとっての一番の関心事は、トランプ大統領が体制を本当に保証してくれるかである。たしかに北朝鮮が核を簡単に放棄するか議論になろうが、筆者には金正恩委員長が核への執着を既に無くしていると感じられる。

    北朝鮮は「核」を持つことによって体制の維持を図って来た。しかしこの「核」を放棄した方が米国から確実に安全を保障されるのならば、核放棄に進む可能性は大きい。ポイントは金正恩政権がどこまでトランプ大統領を信用するかである。もし米国が信用できると知ったなら、北朝鮮は親米国家になり得るとまで筆者は考える。


    むしろ微妙なのが韓国である。米国は米韓軍事演習の中止を言い始めた。またトランプ大統領は、突然、在韓米軍の撤退を示唆した(関係者はその後否定しているが)。両方とも韓国に事前通告は無かった。たしかに在韓米大使が暴漢に襲われ負傷するなど(その後、最近まで在韓米大使は空席)、韓国国民は決して米国に友好的ではない。トランプ大統領も文大統領をどこまで信頼しているか不明である。

    もし仮に北朝鮮が親米国家に変身すれば、米国の韓国への対応も変化することが考えられる。この予兆が既に出ている感じがする。まず韓国は米朝首脳会談を板門店で開催するよう動いていたが、これは実現しなかった。また文韓国大統領はシンガポールの米朝首脳会談への出席に意欲を示していたが、どうも米国がこれを断ったようである。


    韓国と北朝鮮の関係も微妙である。韓国は南北統一に意欲を示している。しかし北朝鮮は南北閣僚級会議を突然キャンセルするなど謎めいた行動に出ている。表向きは米韓合同軍事演習が原因としていたが、これは明らかに嘘である。

    最近、南北閣僚級会議のキャンセルの原因は韓国でベストセラーとなっている「3階書記室の暗号 太永浩の証言」という話が出ている。元駐英北朝鮮公使で脱北者の太永浩という人物の北朝鮮中枢部(金正恩委員長のプライベートを含む)に関する暴露本である。この本の出版止し止めを韓国政府に求めたが、これが叶わなかったことに北朝鮮が腹を立てたという。もしこの話が本当で、この程度のことで関係が行き詰るのだったら、南北関係はとても磐石とは言えない


    北朝鮮メディアが、連日、朝日新聞を批判している。攻撃対象はソウル支局長の牧野愛博(よしひろ)氏と朝日新聞である。牧野氏は著書「北朝鮮核危機!全内幕」などを書いた北朝鮮通で知られる。4月に金正恩委員長が涙を流した場面を収めた映像が流されたというスクープを、5月30日の朝日新聞の1面に載せたことが原因という話が出ている。これも「たったその程度のことで」という感想を筆者は持つ。

    北朝鮮が産経新聞を批判するのなら解る。ところが昔は北朝鮮を「地上の楽園」と褒め称えていた朝日を攻撃しているのである。これも「オセロ現象」と捉えられるかもしれない。

    「3階書記室の暗号」と「金正恩委員長の涙」が金正恩委員長のプライベートを伝えたことが逆鱗に触れたと言う一つの見方がある。しかしもう一つ、米朝主脳会談をきっかけに北朝鮮が変身を狙っているという見方を筆者はしている。これからの北朝鮮は「親米のニュー北朝鮮」であり、これまでの「反米のオールド北朝鮮」とは決別するという決意さえ感じられる。したがって「オールド北朝鮮」に異常な肩入れしていた韓国の文政権を、金正恩委員長はむしろ重荷と感じているかもしれない。



来週は、財政再建論争に戻る。



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