- 都市型公共事業のネック
先月のことである。閣議後、小淵首相は運輸相を突然呼び止め、「都市の鉄道整備のあり方を改めて検討してもらいたい。混雑解消のために列車を二階建てにするとか。」と言う要請を行ったとの報道記事があった。驚くことに、数時間後には「都市鉄道調査費3億5千万円」の予算措置が認められたと言うことである。このように小淵首相も、今世間で言われている「都市型公共事業」のポイントは、やはり「大都市圏の交通インフラの整備」と認識しているようである。 先週号で述べたように、筆者は「住宅減税は景気対策としてたしかに効果があるが、土地問題の解決なしではその効果も先細りになる。」と指摘した。筆者の唱える「土地問題」の解決は、税制や容積率の改訂と言った小手先のことだけではない。ズバリ土地の大幅な供給の増加である。首都圏に限っても、関東平野全体を見渡せば、周囲には十分な土地があるわけである。ところがそれがほとんど農地として利用されていて、宅地には使用されていないのが現状である。 もっともその土地の全てが宅地として適当かと言うと問題がある。バブル崩壊後も政府の景気対策の一環として、「住宅建設の促進」が図られた。始めは郊外の土地付の住宅の購入が多かったが、通勤距離が延びるにつれ、とても通勤できる距離ではないと、最近では住宅購入は都心に回帰している。つまり郊外の一戸建てから都心のマンションに住宅の購入形態が変化しているのである。 しかし筆者はこれを問題と考えている。日本の今後の高齢化社会において豊かな生活を送るために重要なことは、社会にとっても個人にとっても、所得よりも資産のストックと考えている。はっきり言って、都心にあって事務所にも使えるようなマンションでない限り、集合住宅は将来において資産価値がないと考えている。マンションを購入しても資産にはならないのである。これは筆者だけの考えではない。金融機関は高齢者に住んでいる住宅を担保に資金を貸すことがある。この場合返済を求めない替わりに、当人が死亡後、この住宅を売却し、売却代金を返済に充てるのである。この制度はリバースモーゲージまたは逆住宅ローンと呼ばれている。しかしこのローンの対象になるのは土地付の一戸建てであり、マンションは対象にはならない。つまり金融機関もマンションを資産と認めていないのである。ところで、たしかに個人の資産形成のうえでは一戸建ての住宅が良いことにきまっているが、問題は、通勤に片道2時間もかかる場所にしか一戸建ての住宅が持てないと言う現実である。 日本の不幸は、都市計画がない状態のまま高度成長期に都市部に人口が極度に集中したことである。都心と郊外を結ぶ交通インフラが未整備のまま人口が急増したのである。そしてあまりにも交通インフラが脆弱なため、本来宅地となるべき土地も未だ農地のままなのである。同じ大都市であってもロンドンなどは違う。産業革命後、ロンドンでは燃料に石炭を用いられていたため、街の中心部は煤煙がひどくなったりして環境が悪化した。そこで金持ちは皆遠く郊外に移り住んだ。このようなことがあって、ロンドンは一点に集中することなく、広い範囲で都市の開発が行われ、発展してきたのである。 さらに日本の都市交通機関のスピードそのものが非常に遅い。地下鉄は道路の下を通っている関係からカーブも多く、スピードが出せないのである。またスピードが出ないうえにやたら短い間隔で駅に止るのである。このようなみじめな地下鉄は日本だけであろう。東京で片道2時間の場所も、外国の大都市なら一時間の通勤時間の距離のところである。 筆者は、交通インフラを整備し、これによって土地の供給を増やし、住宅建設の促進を行うことが理想的な「景気対策」と考えている。しかし、既設の鉄道を整備することによってこれが可能とは考えていない。例えば現在の線を「複々線」にすると言った抜本的な対策は今日では不可能である。これには土地の買収が伴うからである。土地の地権者の権利が大きい日本においては土地の収用を伴う公共事業は難しい。成田空港を見れば分かることである。最近、「都市型の公共事業を推進」と言う声が大きくなっている。これまで「小さな政府」を唱えていたエコノミストまでがあつましく主張しているのだから驚きである。しかしどのような公共事業を念頭においているのか不明である。筆者が思うには、効果があり価値がある公共事業にはどうしても土地の買収が伴うものである。土地の確保を効率的に行おうとすれば、強権の発動と言うことになる。これでは「小さな政府」どころではない、まさに財政面のみならず機能面においても「大きな政府」が必要となるのである。「電線の地下埋設」など土地の買収を伴わない公共事業も考えられるが、その経済効果には限度がある。 そこで筆者は、地権者との問題をクリアしながら、都市における公共事業の進める方法として「大深度地下」の利用を改めて提案したい。土地の地権者の権利が及ばない深い地下、地下40mより深い所に地下鉄や道路を建設するのである。
- 大深度地下鉄建設の経済効果
「大深度地下」を利用した「高速地下鉄の建設」は筆者の持論であり、これは本紙でも何回か取り上げたテーマである。まとまった形では97/6/2(第18号)「内需拡大と公共工事を考える(その2)」と97/11/17(第42号)「景気の現状と対策を考えるーーその5」で取り上げた。最近、当コラムの読者も急増しており、これらをご覧になっていない方も多いと思われるので、後者で述べた「大深度地下高速地下鉄の経済効果」を改めて要約して記述する。
- 大深度地下鉄建設の乗数効果
地下鉄の建設費を一線2兆円とすると、6線建設すれば総額で12兆円となり、これだけでもかなりの乗数効果が期待できる。
- 土地問題の解決
広範囲の地域が開発されることになり、当然土地の供給も飛躍的に増大することになる。
- 高齢者社会への対応
通勤状況の大幅な改善は高齢者や女性にとって大変なメリットとなる。今後、年金の支給開始年齢は当然引き上げられることになり、日本では高齢者が当分働き続けなければならないことははっきりしている。しかし現在のような通勤電車の状況では高齢者にとってはあまりにも過酷である。そしてこれを解決してくれるのが大深度地下鉄である。
- 経済の内需依存型への移行
郊外の地価が上昇することははっきりしているが、都心の地価がどの程度下落するかはっきりしない。しかし土地の価額のトータルではプラスと考えている。つまり国富は全体で増えることになる。また郊外のある程度広い標準化された住居はそれだけで資産価値を持つはずである。これは国民の財産形成の一助になり、結果的には国民の消費性向は大きくすると考えられる。これについては9/8(第32号)「住宅と貯蓄を考える(その1)」と9/15(第33号)「住宅と貯蓄を考える(その2)」を参照願いたい。さらに国富の増大は将来の財政にも良いことである。
- 大都市の防災対策
大深度地下鉄建設は都心から郊外への人口の移動をうながし、都心部の区画整理事業をスムーズなものにするであろう。また、地下の構造物が地震に強いことは阪神大震災で実証済みである。
- 大工事技術の維持
日本経済の生きていく道は「技術」である。この技術の水準を維持するには、常に新技術を使った工事を行なうことである。大深度地下鉄建設にはこのような新技術の開発にプラスのはずである。そしてこの技術は、将来他の国にも必要となろう。その場合には、これが日本の売り物になるのである。
- 地方の休耕田の復田
このプロジェクトである程度の農地が宅地に転換されることになる。しかし、現在全国にはまだ70万ha以上の休耕田がある。つまり、このプロジェクトを進め、大都市近郊の農地が減少すれば、逆に地方の休耕田の一部の復田が可能となるのである。現在の日本においては、経済的に見て土地の利用としては農地として使うより、宅地として利用される方が収益はかなり大きい。国民経済の観点からも、交通インフラさえ整備し、宅地として利用できるのなら、それは「宅地」として利用すべきである。逆に地方で農業にしか適さない土地は農地として利用できるようにすべきである。まさしく大深度地下鉄建設はこの流れを促進できるのである。
以上の経済効果についてもっと述べたいこともあるが、今回は省略し、別の機会に述べることにする。 冒頭に述べたように小淵首相も「都市の鉄道整備のあり方を改めて検討するように」と言っているのであるから、本紙も「大深度地下鉄建設」を景気対策の目玉として提案したい。しかしこのような大規模公共事業には必ず反対する者が現われる。特に日本においてはこれは江戸時代からの伝統である。反対の理由はいつも同じである。「金の無駄使いである」と「建設業者だけが儲かる」と言ったものである。歴史的に見ても、大規模な公共事業を行った為政者はいつも評判が悪い。選挙でも「無駄な公共事業を止めます」と言った方が当選しやすいのである。しかしこのようなことが続いているから日本の大都市部の社会資本はみじめなほど貧弱である。またこのことによって、個人の資産の形成がなされず、ただ金融資産だけが不気味に増え続けているのである。 日本で初めての機関車も海の上を走っていた。新橋・横浜間の線路のかなりの部分は海上に建設された。現在は周囲が埋め立てられたのである。これは陸上の土地の買収がうまくいかなかったからである。この時の理由も鉄道建設が「金の無駄使いである」と「建設業者だけが儲かる」と言ったものであり、関係者から協力が得られなかったためである。筆者は、このように公共事業に反対が起こるのは日本の伝統と割り切る他はないと考えている。 「大深度地下鉄建設」が良いこと解っていても、必ず反対する者が出てくることが予想される。そこでこの抵抗を小さくするため、建設する線をまず一線に絞ることである。筆者は「成田・羽田間」が適当と考える。高速地下鉄により両者は30分くらいで結ばれることになる。また将来、これをリニヤに替えれば、この時間はもっと短縮が可能である。もちろんこの線をさらに延ばすことも考えられる。 今景気対策として公共事業が色々検討されているが、どれも「ちまちま」したものである。景気対策として行う公共事業はもっとフロンティア的な要素を持ち、国民に夢を与える物であることが必要である。「大深度地下」を利用した鉄道や道路の建設はまさにこれに適合するものと考える。
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