経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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18/5/14(985号)
環境の激変に対応できない財務官僚

    マクロ経済を無視する財務官僚

    今週は前回号の補足である。前回号で、大蔵省から財務省になって役所の性質が変わったことを指摘した。これには財務省の発足前の98年に起った接待汚職事件が大きく影響したと筆者は認識する。

    財政や銀行行政に対する考え方の違いによって、大蔵省時代の官僚は「柔軟派」と「規律派」の二つのグループに分かれていたと筆者は説明した。少なくとも大蔵省時代はこの二つの勢力が共存し、最終的な政策は両者の妥協で決まっていた。ところが接待汚職事件によって、主な「柔軟派」の官僚が追放されたのである。これ以降は「規律派」の天下となった。

    財政のマクロ経済への影響を無視し、財政再建だけに邁進する今日の財務省が出来上がったのである(しかし後ほど述べるが財務官僚も財政が日本経済に影響することは知っている)。財務省になってからは、官僚の発想が複式簿記から単式簿記になった。財務官僚の頭の中は、財政支出の抑制と増税だけの財政再建一辺倒になったのである。


    バブル経済崩壊後の財政政策を振返ると、まず財政出動が求められしばらくは積極財政が採られた。しかしある程度日本経済が回復すると必ず「次は財政再建だ」という声が起り、その後、緊縮財政に転換した(橋本政権の逆噴射的な緊縮財政などはこの典型)。この反省で小渕政権が積極財政に転換したところに、問題の接待汚職事件が起ったのである。小渕政権の後半からは、再び財政支出がセーブされ日本経済はバブル崩壊からの回復が大幅に遅れることになった(宮沢蔵相が規律派の官僚に取囲まれ国債発行を抑えさせられた)。

    時代も悪かった。この頃米国経済学界をケインズ経済学や財政政策を否定する新古典派や新自由主義派が席巻した。当時はノーベル経済学賞を反ケインジアンのシカゴ学派の学者ばかりが受賞していた。この影響は日本にも及び、財政政策を否定し規制緩和を推進する構造改革派がブームになった。この結果、「構造改革なくして経済成長なし」「財政出動しなくとも規制緩和で経済成長は可能」といった虚言・妄言が世間でまかり通ることとなった。大蔵省の規律派は「規制緩和で経済が成長するのなら、財政支出を削減すべき」とこの流れに悪乗りした。当時、規律派は構造改革派と手を組んで、積極財政派を攻撃していた。

    またバブル崩壊後、大きな財政支出を行ったが以前のようには経済が成長しなくなったという論者が出てきた。彼等はこれは財政支出の乗数効果が小さくなったからと、非論理的なことを言っていた。実際は、03/7/28(第307号)「設備投資の実態」で説明したように、バブル時代の大きな設備投資が、バブル崩壊によって激減したことが影響していた。設備投資は名目GDP比率で5%以上も減少した(25兆円程度)。つまり財政支出を大きく増やしたと言うが、この設備投資減少分を埋めるのが精一杯だったのである(財政出動しなければマイナス成長に陥っていた)。決して財政支出の乗数値が小さくなったという話ではない。


    もっとも総じて大蔵省時代においても「柔軟派」より「規律派」の方が力があったと感じる。「柔軟派」が発言力を持ったのは、景気が大きく後退した時に限られていたのも事実である。消費税導入前、大蔵官僚は「整備新幹線」「青函トンネル」「本四架橋」の予算を「三大バカ査定」と決め付け内輪で盛上がっていたという。おそらくこの中心はガチガチの「規律派」の大蔵官僚達であったろう。当時は、とにかく公共事業に反対することが日本でブームになっていた。

    しかし面白いことに、大蔵省内でエリートと目されていた官僚の方が「柔軟派」と見られることが多かった。05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」で述べたように、筆者は元大蔵事務次官の相沢英之衆議院議員(当時)にお会いし話をしたことがある。相沢さんは「柔軟派」を飛び越え「シニョリッジ(ヘリコプター・マネー)」を容認し、「政府が国債を発行し、それを日銀がどんどん買えば済む話じゃないか」と言っておられた。相沢さんは今日の状況を予見していたのであろう。大蔵省時代は、このような官僚こそが事務次官までに出世していたのである。


    政治家や国民は「猿」程度か?

    意外にも、安倍総理の周りで消費増税に反対する政治家やブレーンに元大蔵官僚がやたらと目立つ。16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」で紹介した山本幸三衆議院議員と宮本一三元衆議院議員は元大蔵官僚である。また高橋洋一氏(元内閣参事官)や本田悦郎スイス大使(元内閣官房参与)も同様に元大蔵官僚である。

    したがって消費税の増税については、後輩の現財務官僚が強力に推進し、先輩であるこれらの元大蔵官僚が猛反対するという図式になっている。これも彼等が財務官僚の行動パターンを熟知しているからと筆者は理解している。ただこれらの元大蔵官僚が、相沢さんのように「シニョリッジ(ヘリコプター・マネー)」までを容認しているかは不明である。ともかくこれらの人々の言動がどこまで安倍政権の経済運営に影響を与えられるかが今後の「カギ」となっている。


    「文書改竄事件」と「事務次官のセクハラ事件」が連続して明るみになり、連日、財務官僚をメディアが大々的に取上げている。この際決まって、日本で最優秀な人材である財務官僚の不祥事という話から始まる。特にテレビでは、難関の公務員試験合格の上位者しか大蔵省には採用されないと言った話が必ず出る。その財務官僚が間違いを犯したのだから大変というのが日本のマスコミの論調である。しかし筆者はこれに強い違和感を持つ。

    筆者は、財務官僚の中には本当に優秀な人もいれば、そうではない者もいると思っている。これは当たり前の話であり、他の組織(他の役所や民間企業)でも事情は同じであろう。難しい試験を通ったからといって、その人物が必ずしも優秀とは限らない。単に試験問題を解くのが得意に過ぎない可能性がある。ところがマスコミは、最優秀のはずの財務官僚が、常識がなく世間の感覚と大きくズレていると今頃になって大騒ぎしているのである。


    ただ財務官僚が「策に溺れる」という点を筆者は指摘したい。典型例として、消費税を増税する前に意図的に財政支出を拡大し経済を持上げるといったことをやる。前段で述べたように、表向きには財政が経済に与える力はなくなったと言いながら、矛盾した政策を平気で行うのである。

    16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」で述べたように、14年度の消費増税の前にも国債整理基金を7兆円取崩すなどして、10兆円以上の補正予算を組み日本経済の底上げを図った。しかしこれは明らかに消費増税を実施するための見え透いた「餌」であった(財務官僚は政治家や国民を「猿」程度と見下しているのであろう)。増税後は、一転して補正予算を大幅に減額し、さらに増税分の8〜9割を財政再建に回すといった無茶な財政運営を行った。当然のことながら、これによって日本経済は急降下し、財務省は完全に信用を失った。


    せっかく日銀が異次元の金融緩和政策を行っているのに、不思議なことに財務省は一向に国債発行政策を変えない。金利がゼロないしマイナスになっているのだから、今のうちに国債を大量に発行することを考えるのが普通であろう。特に償還期限のより長い国債を発行することが有利なことは誰(猿)でも分る(慢性的な財政危機国であるアルゼンチンさえ100年債を発行した)。ところが財務省は全く動かない。

    このように財政や金融を取巻く環境は激変しているのに、財政に関する財務省のスタンスは全く変わっていない。いまだに財政再建を増税で行うという方針は微動だにしていない。ちなみに事務次官を代行している矢野官房長はガチガチの「増税派」という話である。教科書秀才の財務官僚は、教科書に載っていない新しい状況に全く対応できないのであろうか。また「柔軟派」が追放された後の財務省では、柔軟な発想が無くなったのであろうか。


    日銀が異次元の金融緩和に伴い国債の保有限度枠を撤廃したことによって、日本の財政再建問題は完全に終わったということを財務官僚は理解していないようだ。もっとも分かっていてもこれを認めたくないとも考えられる。またPB(プライマリーバランス)もどうでも良い話になった。

    05/6/20(第394号)「公的年金とセイニアーリッジ」で述べたように、相沢英之衆議院議員が「政府が国債を発行し、それを日銀がどんどん買えば済む話じゃないか」とおっしゃったのに対し、生意気にも筆者は「日銀がどんどん買うと言っても、日銀は内規で国債の保有額に限度を設定している」と指摘した(当時で70兆円程度)。すると相沢さんは「うんそうなんだ、それは私も知っているよ」と答えられた。障害となっていたこの保有限度枠が撤廃されたのである。



来週も今週の話を続けたいところであるが、北朝鮮情勢に動きがあり加計問題も進展しているので来週はこれらを取上げることにする。



18/4/30(第984号)「「ノーパンしゃぶしゃぶ」事件の顛末」
18/4/23(第983号)「日米主脳会議に対する筆者の感想」
18/4/16(第982号)「通商摩擦は中国の敗北」
18/4/9(第981号)「米中の通商摩擦の行方」
18/4/2(第980号)「森友学園問題の真相」
18/3/26(第979号)「米中貿易戦争」
18/3/19(第978号)「米朝主脳会談を推理」
18/3/12(第977号)「トランプ政権の脆弱な経済スタッフ」
18/3/5(第976号)「米国でのシニョリッジ政策」
18/2/26(第975号)「世界的な「金余り」の実態」
18/2/19(第974号)「VIX指数の不正操作」
18/2/12(第973号)「VIX指数暴落か」
18/2/5(第972号)「日本政府の貸借対照表」
18/1/29(第971号)「日本の経済論壇の病根」
18/1/22(第970号)「再びノストラダムスの大予言」
18/1/15(第969号)「今年のキーワードは「渾沌」」
17/12/25(第968号)「狙いは需要創出政策の阻止」
17/12/18(第967号)「経済論議混迷の根源はNAIRU」
17/12/11(第966号)「日本の経済の専門家はおかしい」
17/12/4(第965号)「需要で日本の経済成長は決まる」
17/11/27(第964号)「続・「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
17/11/20(第963号)「PB黒字化は本当に国際公約か」
17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
17/7/24(第948号)「加計問題と日本のマスコミ」
17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
17/6/26(第944号)「加計学園の獣医学部新設騒動」
17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
17/5/15(第938号)「朝鮮半島の非核化」
17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
17/4/17(第935号)「シムズ理論と「バカの壁」」
17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
17/4/3(第933号)「シムズ理論の裏」
17/3/27(第932号)「シムズ理論とシムズ教授」
17/3/20(第931号)「シムズ理論とアベノミクス」
17/3/13(第930号)「アメリカの分断を考える」
17/3/6(第929号)「移民と経済成長」
17/2/27(第928号)「トランプ大統領のパリ協定離脱宣言」
17/2/20(第927号)「トランプ現象の研究」
17/2/13(第926号)「為替管理ルールの話」
17/2/6(第925号)「日米主脳会議への対策はアラスカ原油輸入」
17/1/30(第924号)「そんなに変ではないトランプ大統領」
17/1/16(第923号)「今年の展望と昨年暮れの出来事」


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