経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




18/3/5(976号)
米国でのシニョリッジ政策

    FRBの国庫納付金は毎年9〜10兆円

    先週号で、世間の常識に反し米国の長期金利はなかなか上がらないと予想した。まず長期金利の上昇要因として、FRBの継続的な利上げが挙げられている。しかし筆者は、FRBが利上げを続け短期金利が上がっても、長期金利の方は上がり方が鈍いのではと先週号で述べた。

    したがって米国では長短金利の接近が起ると予想する(長短金利の逆転まで起るかは不明であるが)。そしてこの主な原因は世界的な「金余り」と指摘した。一時的に米長期金利が上昇しても、これによって各方面(含海外)から資金が流入し米長期国債が買われると筆者は予想する。


    そして政策金利の引上げ以外で、長期金利の上昇要因とされるのがFRBの資産縮小政策である。FRBはQE(量的緩和政策)の出口戦略の一環として、買入れて保有している債券(国債や住宅担保証券)の減額を決定している。実際、昨年の10月からこれが実施されている。FRBは満期になった債券の一部の買い換えを止めており、これが長期金利の上昇圧力になると言われている。

    ところがこの資産の減額は、わずか一ヶ月で100億ドル、つまり年間で1,200億ドル程度である。FRBが保有している資産は、QE(量的緩和政策)によって4.5兆ドルと昔より3.5兆ドルほど増えている。したがって今の減額ペースでは、元の1兆ドルに戻るのに30年ほどの長期間を要することになる。つまり減額ペースを大きくしない限り、当分の間、FRBの資産額はほとんど変りがない額で推移することになる。

    一方で世界の余剰資金の増加ペースは、FRBの資産の減額ペースをかなり上回っていると見て良い。この金余りの状況では、米長期金利は簡単には上がらない。つまりFRBの出口戦略によって米国の長期金利が高騰するとは、現実離れした話と筆者は言いたいのである。

    また筆者は、余剰資金が増えるということは、その裏返しとしてそれだけ有効需要が不足することを意味すると本誌で指摘してきた。したがってむしろ政府は国債を増発して余剰資金を吸上げ、それを財政支出に回すべきと主張してきた。ただこの金融と経済のメカニズムが理解されるまでには、まだ時間を要すると筆者は覚悟している。むしろ未だに世の中では「出口戦略=金融の正常化=良識派(正義派)の考え方」という間違った見方が「常識」になっている。


    FRBなど中央銀行が通貨を発行し、資産(国債などの債券)を買入れることはまさに「シニョリッジ政策」である。15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」で説明したように、通貨発行益をいつの時点で認識するかの違いはあるが、堂々と米国でも「シニョリッジ政策」は実施されているのである。ところが一部の者を除き、人々にはこの認識がない。むしろ「シニョリッジ政策」や「ヘリコプターマネー政策」は邪悪なものと未だに見なされている(既に実施されているのに)。特に共和党の政治家は、これを忌み嫌うと思われる。

    しかしFRBが4.5兆ドルもの債券を保有しているのだから、この「シニョリッジ政策」によって米国でもかなりの収益が毎年生まれている。そしてこの収益から諸経費を差引いたものが、日本と同様に米連邦政府に国庫納付金として納められている。毎年の金額を列記すると13年796億ドル、14年987億ドル、15年977億ドル、16年920億ドル、17年807億ドルである。つまり毎年、この「シニョリッジ政策」によって9〜10兆円の収入が米政府に入っている。米国の金利は日本より高く、この米国の国庫納付金は日銀の国庫納付金よりずっと大きい。ちなみにQEが始まる前までは、この額は毎年100〜200億ドル程度であった。

    また最近この国庫納付金が少し減っているが、その原因は短期金利が少し上がっているからと見られる。FRBは金融機関から2兆ドルの超過準備を受入れ、これに対して短期金利による付利を行っている(これに対し日銀の超過準備は当座預金であり原則として付利は行わない・・一部に0.1%の付利)。この短期金利が、近年のFRBの利上げによって少し上がっているのでである。


    ポールソン財務長官の話

    ともあれ米国政府にとって、この「シニョリッジ政策」による毎年9〜10兆円の収入は決して小さくはない。例えばトランプ政権は、今後10年間で1.5兆ドルのインフラ投資を計画している。年間で1,500億ドルになるが、連邦政府の負担はその1〜2割と言われている(わずか200億ドル程度)。つまり「シニョリッジ政策」による収入は、インフラ投資の政府負担額よりずっと大きいのである。またトランプ政権は、インフラ投資や減税の財源としてガソリン税の増税を検討している。その増税額が650億ドル程度と見積られている。

    さすがに大型減税の額には及ばないが、このようにFRBの国庫納付金はトランプ政権にとっては結構大きい。この国庫納付金が、FRBの資産縮小によって少しずつではあるが減って行くことは由々しい事態と、トランプ政権の誰かが気付くのではと筆者は見ている。もしこれに気付けば、場合によってはFRBの資産縮小にストップが掛ることも有り得ると筆者は憶測している。


    FRBなど中央銀行は、政府から独立しているべきと主張する観念論者が世間に跋扈している。特に共和党に多くいそうなタイプである。しかしいざとなれば政府に協力して行動するのが、中央銀行としてのFRBの本来の役目という考え方がある。リーマンショック後のFRBは、QE(量的緩和政策)などによってこれを立派に果したと筆者は見ている。

    ところでいざとなった時の財源に関する問題は、以前の共和党政権からあった。子ブッシュ大統領政権で財務長官を務めたヘンリー・ポールソン(在任期間2006年7月〜2009年1月)は、リーマンショック後の金融危機に際し、中国に米国債の購入や米銀行への出資を懇請している。民主党には中国に近い政治家は多いが、共和党ではこのポールソン財務長官の親中の度合は際立っていた(キッシンジャーの親中派振りは別格)。


    しかし中国に米国債の購入を要請する必要は全くなく、FRBに頼めば済む話であった。リーマンショック後の金融危機は非常事態であり、米国全体で取組む問題であった。それをいきなり中国に頼むなんて考えられない行動である。中国の国債保有額が仮に1兆ドルとしても、1兆ドルなんて4.5兆ドルまで資産を増やしたFRBにとっては小さな話である。

    ポールソン財務長官がFRBに頭を下げたくなかったのか、あるいはそのような手段があることに気付かなかったのか不明である。たしかにポールソン氏が、中央銀行は政府から独立しているべきという観念論者だった可能性はある。それにしても回顧録で「友人である中国が米国債を買ってくれて助かった」と書いているというのだからはあきれる。


    筆者は、ポールソン財務長官のこの行動が、中国にとんだ誤解を与えたのでないかと考える。この出来事をきっかけに、中国は米国に対等に近い大国と勘違いを始めたと見られるのである。また中国は最大の米国債の保有国であり、中国が米国債の売却を始めたら大変なことになるという話がよく聞かれるようになった。中国もこの話を真に受けているふしがある。

    しかしこのばかげた話は「デマ」である。仮に中国が保有する米国債を全て売ったとしても、FRBがこの全てを買えば良いのである。これまでQE(量的緩和政策)を実施してきたFRBにとって簡単なことである。

    ところが未だに「米国債を売るぞ」というセリフが脅し文句になると誤解している者が多い。3月3日の日経新聞の1面の記事では、トランプ政権の鉄・アルミ輸入制限の方針に対して、中国が報復として大豆の輸入制限を行う可能性を示唆している。それに加え、この記事で中国は最大の米国債の保有国と解説している(筆者は、それがどうしたと思っているが)。筆者は、中国が勘違いをして「報復として米国債を売る」と言い出すのではと密かに注目している。



来週は今週の続きである。

一旦落着いたと見られる金融市場であるが、27日から再び大きく動いている。来週はこれも取上げる。



18/2/26(第975号)「世界的な「金余り」の実態」
18/2/19(第974号)「VIX指数の不正操作」
18/2/12(第973号)「VIX指数暴落か」
18/2/5(第972号)「日本政府の貸借対照表」
18/1/29(第971号)「日本の経済論壇の病根」
18/1/22(第970号)「再びノストラダムスの大予言」
18/1/15(第969号)「今年のキーワードは「渾沌」」
17/12/25(第968号)「狙いは需要創出政策の阻止」
17/12/18(第967号)「経済論議混迷の根源はNAIRU」
17/12/11(第966号)「日本の経済の専門家はおかしい」
17/12/4(第965号)「需要で日本の経済成長は決まる」
17/11/27(第964号)「続・「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
17/11/20(第963号)「PB黒字化は本当に国際公約か」
17/11/13(第962号)「これからの重大な政治課題」
17/11/6(第961号)「旧民進党の研究」
17/10/26(第960号)「48回衆議員選の分析」
17/10/16(第959号)「北朝鮮の国営メディアと同じ」
17/10/9(第958号)「総選挙の結果の予想」
17/10/2(第957号)「総選挙と消費増税」」
17/9/25(第956号)「解散は早い方が良い」」
17/9/18(第955号)「制裁の狙いと効果」」
17/9/11(第954号)「北朝鮮への「圧力と対話」」
17/9/4(第953号)「北朝鮮の核を考える」
17/8/28(第952号)「日本のテレビ局をBPOに告発」
17/8/14(第951号)「日本の構造改革派の変遷」
17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
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17/7/17(第947号)「消化不良の参考人招致の質議」
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