経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




17/9/11(954号)
北朝鮮への「圧力と対話」

    観念的平和主義者の発想

    先週号で何事も無かったら今週は別のテーマと言っていたが、本誌をアップした2時間後に6回目の核実験が行われた。またミサイルを移動させているというから、近々発射実験が行われると思われる。したがって今週も北朝鮮に関連することを取上げる。

    まず核実験は今後も実施されると考える。報道によれば最初の核実験が行われたのは一番坑道であった。そして2回目から今回の6回目までは二番坑道が使われた。ところが二番坑道は今回の規模の大きい核実験で壊れたようである。しかし三番坑道は既に完成していて、いつでも使えるという。さらに四番坑道も工事中という話である。つまり北朝鮮はまだまだ核実験を続けるつもりでいる。


    現在、北朝鮮への経済制裁が実施されている。しかし北朝鮮は、これに影響されず核とミサイルの実験を続けている。しかも実験の頻度が明らかに上がっている。これを見て経済制裁は効果がないという声が出ている。たしかにこれまでの制裁が限定的であり、かつ抜け穴があることは事実である。

    筆者も、経済制裁で北朝鮮が実験を止めるとは考えない。ただ北朝鮮の経済力を削ぐといった観点からは十分意味がある。このことが重要である。また抜け穴を次々と埋めて行けば、当然、効果はもっと上がると思われる。

    たしかに影響力のあるロシアや中国などは経済制裁に乗り気ではない。これは経済制裁が効果がないと言うより、両国はやりたくないのである。だいたい経済制裁を行うとなれば、実施するのは主にロシアと中国ということになる。これによって北朝鮮の恨みを買うなんてとんでもないと思っている。ましてや制裁強化によって北朝鮮が暴発すれば大変である。特にロシアは、西側でウクライナと揉めているのに、東側の北朝鮮で有事が起ってはとても手が回らなくなる。


    今日、世界のいたるところから「圧力(制裁)より対話」という声が上がっている。上述のロシアや中国だけでない。米国ではオバマ政権の高官達が「制裁などの圧力は効果がない。北朝鮮の核保有を一旦認め、その上で核兵器の制限などについて交渉すべき」ともっともらしいことを言っている。北朝鮮という国のことをほとんど知らない者達の典型的な発言である。彼等には8年間のオバマ政権の無策が、今日の事態を招いていることの自覚がまるでない。

    スイスとスウェーデンは中立国として、米国と北朝鮮の対話の仲介を申し出ている。韓国の文大統領は少し前まで北朝鮮に対話を呼び掛けていた。しかし6回目の核実験を見て、対話の呼び掛けが無意味だったことをやっと悟ったのである。明らかに北朝鮮は自分達のペースで軍拡を行っているのである。仮に米韓が共同軍事訓練を止めても、核とミサイルの開発を中断するはずがない。


    日本でも「圧力(制裁)より対話」という声を聞く。メディアにも「とことん対話する必要がある」と発言する者がよく登場する。政党としては日本共産党がはっきりとこれを主張している。2年前の安保法制改正国会では、戦争に巻込まれると野党は足並みを揃えて改正に大反対した。しかしあれだけ改正に抵抗した最大野党の民進党(当時民主党)の内部は分裂状態である。今日、民進党は「圧力(制裁)より対話」といった平和路線を明確に打出すことができない。

    日本には「対話」重視の観念的平和主義者がかなりいる。このような人々の一部は、曖昧な民進党から離れ日本共産党に支持を変えている。これもあって先の都議選で共産党は議席を伸した。

    観念的平和主義者の発想の根底には「ヤバイ人には近付かない(目を合わせない)」といった庶民感覚の「生活の知恵」がある。まさに「触らぬ神に祟りなし」の発想である。この観念的平和主義者から見れば、安倍総理の行動は「日本に飛ばっちりが来ることをしている」「余計なことをしている」と写る。安倍政権に対する女性の支持率の低下はこのことが関係していると筆者は見る。もっとも少し前まで日本共産党が北朝鮮の労働党と友党関係を構築しようと模索していたという話がある。


    意味不明の「対話」

    筆者が分らないのは「圧力(制裁)より対話」と言った場合の「対話」の意味である。この「対話」のイメージが全く浮かばないのである。これを主張する者のほとんどは「対話」の具体的な内容を言わない。とにかく話合えば揉め事は解決するといった「空気」を演出するだけである。たしかに彼等の発言を聞いている人々はそんな気がして来るかもしれない。少なくとも観念的平和主義者の賛同は得られるであろう。

    オバマ政権の高官達の「北朝鮮の核保有を一旦認め、その上で核兵器の制限などについて交渉すべき」は筆者が知る唯一具体的な「対話」の姿である(ロシアのロードマップは論外)。しかし北朝鮮の核とミサイルの開発が今日のように進んだのは、オバマ政権の「戦略的忍耐」に大きな責任がある。オバマ政権が何もしなかったのは、「そのうち北朝鮮は内部崩壊する」といった自分達にとって都合が良いが誤った観測を信じていたからと筆者には感じられる。

    このオバマ政権の北朝鮮への甘いスタンスの背景には「米国は世界の警察官から降りる」というオバマ大統領の宣言があったと筆者は見ている。また北朝鮮の指導者が金正日からスイス留学の経験がある金正恩に代わり、これまでの軍拡路線が良い方向に変るといった希望的な観測があったとも思われる。ところが事態は正反対に進んでいるのである。


    ところで就任前後のトランプ大統領は、今日のような「圧力」一辺倒ではなかった。むしろ米国は東アジアから手を引くべきと考えていた節がある。このような「米国は世界の警察官から降りる」という発想は、オバマ大統領だけでなく最初の頃のトランプ大統領も持っていたと筆者は思う。だから「日韓に核保有を認めよ」と言っていたのである。これはトランプ大統領が「一国平和主義」のバノン前主席戦略官の影響を強く受けていたからと筆者は解釈している。

    何がきっかけでトランプ大統領の考えが変ったのかはっきりとは言えない。大統領の引継ぎの時にオバマ前大統領が「実は北朝鮮情勢が一番深刻な問題」と伝えたという話がある。それが本当なら、オバマ前大統領は自分達が誤っていたと認めたことになる。

    もちろん軍関係者から北朝鮮について詳しく説明を受けている。また安倍総理の話も影響しているかもしれない。しかし北朝鮮が核やミサイルの実験を繰返している現実を見れば、北朝鮮が極めて危険な国とトランプ大統領が認識するのは当たり前である。特に米国に届くICBMを保有するとなると悪夢である。


    トランプ大統領の「圧力と対話」と言った場合の「対話」は、北朝鮮の核放棄が条件になると筆者は思っている。もっと言えばミサイルや科学兵器の廃棄も念頭にある。具体的には北朝鮮がNPT(核拡散防止条約)に復帰し、IAEA(国際原子力機関)の査察を受入れなければ話合いには応じないということである。

    もちろん北朝鮮が望んでいるのは核保有をしたままでの米国との話合いである。だいたい北朝鮮が核を放棄するとは考えられない。したがって米国と北朝鮮の間で「対話」は今のところ有り得ないことである(非公式の接触はあるかもしれないが)。


    これまでと同様、北朝鮮は核とミサイルの開発を続けるはずである。したがって「圧力(制裁)」のレベルは極限まで上がることになる。チキンゲームといった陳腐な表現があるが、米国と北朝鮮はまさにこのチキンゲームをやっている。我々は近くでそれを眺めているのである。

    トランプ大統領の信念がどの程度のものなのか不明な点がある。しかし「一国平和主義」のバノン前主席戦略官を更迭したことを見ても、トランプ大統領はこの問題では妥協しないという決意を固めたと感じる。今回の6回目の核実験でこれが決定的になったと筆者は考える。



来週のテーマは未定である。



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17/8/7(第950号)「今回の内閣改造について」
17/7/31(第949号)「加計問題の教訓」
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17/7/10(第946号)「前川前事務次官の参考人招致」
17/7/3(第945号)「官邸への報復」
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17/6/19(第943号)「小池都知事の不安煽り政治」
17/6/12(第942号)「米国のパリ協定離脱」
17/6/5(第941号)「テロ等準備罪(共謀罪)の話」
17/5/29(第940号)「安倍総理の憲法改正の提案」
17/5/22(第939号)「半島有事への日本の備え」
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17/5/1(第937号)「予備自衛官の大幅増員を」
17/4/24(第936号)「理解されないシムズ理論の本質」
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17/4/10(第934号)「経済再生政策提言フォーラムとシムズ理論」
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