- 相場に依存した経済
米国経済は先週号で述べた通り、社会的ニーズが米国が得意とする分野に移行しており、今後多少の波乱があっても、それを乗り越え当分順調に推移すると筆者は見ている。と言っても波乱要因が全くないわけではない。米国経済の影としていくつかの波乱要因が指摘できる。多くの識者が指摘する波乱要因の筆頭は「高くなり過ぎている株価」である。つまり株価が大幅に下落し、実体経済にも影響する事態である。多くの人々は現在の米国の株価は高いと考えている。グリーンスパン議長も再三「根拠なき熱狂」と評して株高を牽制してきた。 では株価がどれ位の水準なら妥当なのかを検討してみる必要がある。ところが株価の適正値も人によって大きく異なるのである。筆者は基本的には株価は企業の価値を反映したものであり、その企業の価値の測定には、M&Aで用いられていると言う手法が有効と考えている。これは3/31(第9号)「日本の株式を考える」で説明した方法で、将来の予想収益と利子率、そして現在の解散価値で算出する。しかし、この手法で全企業の価値を計算し、適正な株価を算出することは膨大な作業となる。そこで筆者は、簡便的な方法としてPERを用い、適正な株価水準を考えてみる。PER、つまり株価収益率は株価を収益で割返した数値である。現在の米国の主要企業のPERは30倍と歴史的な高水準にある。問題は適正なPERをどれ程度に見るかで、適正な株価も変わってくる。適正なPERが15倍とすれば適正なダウ平均は4,500ドルであり、適正なPERを20倍と見ると6,000ドルが適正と言うことになる。実際、PERは95年には15倍くらいで推移していたが、徐々に大きくなっているのである。筆者もこの15倍から20倍くらいのPERが適正なゾーンと考えている。たしかに今後の経済の動向にPERの適正値も影響を受けると考えられる。かりにこれから景気が拡大し、企業収益が伸びることが予想されれば、PERも大きくなるのはそれほど不自然ではないのである。しかしPERで30倍と言う数値は、米国経済が今後もものすごいスピードで拡大をすることを前提にすると言う無理な数字である。 ところで適正な株価を考える場合に忘れてはいけない要素がある。それは利子率の動向である。前述した企業の価値の計算でも利子率は重要なファクターとなっていた。その利子率が徐々に下がっており、株価の適正値は上がることになる。95年に比べても長期金利は1 %くらい下がっている。PERが15倍から20倍が適正であったとすれば、利子率の低下によってこの適正値も修正する必要がある。これによってダウ平均の適正なゾーンは大体5,500ドルから7,000ドルに修正される。しかしこれでも現在の株価が高過ぎることは明らかである。 投資家の立場からも現在の株価は高い。株を所有する動機は、配当などのインカムゲインと値上がり益、つまりキャピタルゲインを得ることである。もっともこれだけ株価が高ければインカムゲインを目的に新規に株式を購入することは考えられない。債券で運用した方が明らかに有利である。つまり新規に流入してくる資金はキャピタルゲインを得ることが目的である。したがって株価がこれ以上上がらないと言う判断がなされれば、株式市場に流入する資金は急速にしぼむはずである。実際、現在の平均株価は8ケ月前の水準と同じである。つまり平均的には8ケ月間キャピタルゲインはゼロであり、この「株価の上昇がないこと自体」が株価の下げ要因になるのである。 たしかに現在の株価の適正ゾーンは、筆者が以前に考えていた水準より高くなっている。これは米国の企業がリストラなどで生産性が向上したからと言う説明があるが、筆者は他の要素についても検討すべきと考える。当然まず景気が良く、企業業績が良くなったと言うことがある。しかしこの他に労働分配率の低下状況と市場の寡占化の進行状況などについても検証すべきと考える。ところで株式オプションの株式の買い戻し費用は人件費と見ることもでき、この場合には企業収益を修正して解釈すべきと考えている。 筆者が米国経済で問題と考えることは、あまりにも大きな部分がこの株式市場に依存していることである。個人も将来の年金を株式や株式投信で運用している。米国の運命が大きく株価に左右されているのである。勤め人も毎日、自分の保有している株の株価や株式投信の運用成績を確認してからでないと落ち着いて仕事にもとりかかれないのが現状ではないかと思われる。 株価相場と言うものは常に動くものである。必ずしも適正なゾーンの中にあるとは限らない。反対に時にはこれを大きく下回ることさえあるのだ。社会全体があまりにも相場の行方に左右されること自体が問題である。米国の貯蓄率はついにマイナスとなった。これも株価上昇による資産効果の影響と考えられる。貯蓄率の低下はバブル期に日本でも見られた現象である。政府も株価を暴落させると、支持率が大幅に落ちることを理解しているはずである。FRBも巧みに金利を操作し、株価の大幅下落を回避している。しかし、反面あまりにも巧みに運営しているから、株価が高くなり過ぎているとも言えるのである。市場のグリーンスパン議長への信頼は絶大である。したがってグリーンスパン議長が引退すると言ったことだけで市場が大きく反応すると言った事態も有り得るのである。 株式市場には新しい参加者も多い。つまり10年前の「ブラックマンデー」のような暴落を経験した者が少ないのである。ほとんどの参加者は上げ相場しか経験していないのである。バブル期までの日本の地価みたいなものである。筆者は相場にあまりにも依存した米国経済の「あやうさ」を感じるのである。
- 社会の緊張の増大
日本にいながら、米国の経済や社会について語るのは難しい。このような状況で米国経済をできる限り正確に理解するには、伝えられる経済の数字や指標をたんねんに読むしか手段はないのである。その中で意外な数字がある。「自己破産の件数」である。この件数は昨年までも増え続けていたが、今年はさらに急増しているのである。昨年の100万件がなんと今年は140万件くらいになりそうだと言うのである。日本でも「自己破産の件数」は増えているが、米国の増え方は異常である。日本の自己破産の申し立て件数は約7万件であるから、米国のそれは人口比で約10倍である。 これが異常なのは、米国の景気が良く、失業率が歴史的に低い水準にありながら急増していると言う事実である。これが大変な数字と言うことは次の計算をご覧になれば解る。人生75年とすれば、140万人×75年=10,500万人・年となる。米国の人口を2億4千万とすれば、米国民は一生のうちに44%の者が自己破産する計算である。もっとも同一人物が複数回破産することもあるので、この数字は多少大き過ぎるかもしれない。しかし、5人家族ならそのうち二人が一生に一度は自己破産をすると言うのはすざましい。同級生が40名いたら、そのうち14,5名は破産するのである。さらにこの数値は増加の傾向にある。とにかく日米では破産に対する考え方が違うのかもしれないが、この数値は驚きである。 筆者は、好調な米国経済にあっても、富める者とそうではない者との二分化が想像以上に進んでいることがこの背景にあるのではと考えている。したがって筆者は、失業率の低下にかかわらず、社会の緊張はむしろ増大傾向にあるのではないかと考えているくらいである。もしこれが本当ならこれも米国経済や社会の影の部分と言える。 マスコミは、ニユーヨーク市なども好景気を背景に犯罪も大幅に減少していることを伝えている。しかしこれは景気の良い都市に限られることかもしれない。もっとも以前からニユーヨーク市は警察官の数が極端に少なく、このことが犯罪が多い理由として知られていた。つまり、本当に景気が良く、失業率が低くなったから犯罪が減ったのか、それとも単に警察官の数を増やしたから減ったのか、調べてみる必要があるのである。 社会の緊張の増大は潜在的であり、まだ表面にははっきりと現われていないのかもしれない。また米国は「成功者」を賛える社会でもある。また寄付行為などを通じて「成功者」の利益の還元が自然に行われている。こう言った行為が社会の緊張を和らげているとも考えられる。そして下院で弾劾が可決されたが、クリントン大統領の支持率も最近まで比較的高く推移していた。とにかく今のところ、米国経済は影よりも光の方が目立っているのである。
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