経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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17/1/30(924号)
そんなに変ではないトランプ大統領

  • アメリカ・ファーストは当たり前

    トランプ大統領の就任を受け、連日メディアは色々な分析と解説を行っている。しかしこれらに対し総じて混乱しているという印象を筆者は持つ。これもトランプという人物が極めて独特なパーソナリティーの持ち主ということが影響している。しかし大統領が変わり者であっても、米国が今後どのように動いて行くのか見極めることは重要である

    まず世界的に大きなショックを与えているのが「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」という表現である。しかしこれを「国益」と解釈するなら、トランプ発言はそんなに異常ではないと筆者には感じられる。むしろどの国の政治家も国益を第一に考えることは望ましいことであろう。ただ露骨に「アメリカ・ファースト」ばかりで、他国への配慮が全くなかった大統領就任演説に「品」がなかったのは事実である。


    「アメリカ・ファースト」に関連し、トランプ大統領は米国の貿易赤字を雇用喪失の原因として問題にしている。この理屈が正しいかどうかを別にして、たしかにオバマ大領領を含め米国の毎年の大きな貿易赤字を問題にしない大統領が続いて来た。むしろこちらの方が異常なことであった。ただし対日だけは例外で、30年以上前、対日貿易赤字が政治的な大問題になったことがあった(その後、急激な円高や自動車メーカの工場移転などによってかなり是正された)。ところが不思議なことに近年の米国の大きな対中貿易赤字に対しては、ほとんど対策が施されてこなかったのである。

    トランプ大統領が問題にする中国の為替操作が活発になったのは、05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」の表で示したように94年からで、20年以上も前の話である。また購買力平価と著しく乖離した異常な人民元安を本誌が大問題と初めて取上げたのが01/5/28(第209号)「中国との通商問題」であり、これも15年以上も前の話である。たしかにこれまで人民元安は米政界でも時たま問題になったが、どう言う訳か対応策はいつも腰砕けとなっていた。これに関し筆者は10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」で述べたように、ずっと米政界への中国や多国籍企業のロビー活動を疑ってきた。


    中国の軍拡など覇権主義的行動の経済的裏付けとなっているのが、毎年続く膨大な貿易黒字であると筆者は認識している。ある意味では、今日の異形な中国を育てたのは中国製品を野方図に輸入し続けてきた米国などであると筆者は思っている。同盟国である日本の対米黒字をあれだけ問題にした米国が、中国の巨額の対米黒字に何ら有効な手を打ってこなかったのである。

    しかし中国に対して甘かったのは、民主党だけでなく共和党の政権下でも見られた共通の現象である。トランプ大統領がこのような「ワシントン」を目の敵にするのもなんとなく分る。


    トランプ大統領は中国だけでなく、日本など他の対米貿易黒字国も問題にしていると言う。要するに日本もトバッチリを受ける可能性があるという話である。これについてはまだはっきりしないが、来週号で取上げるが日本はうまく対応すべきとしか言えない。

    たしかに習近平主席と親しい元オハイオ州知事が中国大使になり、また中国に近いキッシンジャー氏がトランプ大統領に盛んに接近しているという話がある。最悪のケース、日本が梯子を外されるのではないかという観測まである。しかしこの可能性は小さいと筆者は感じるが、まだ確かなことは言えない。

    このように先が読みにくいのがトランプ政権の特徴である。筆者は、このような状況に到っては「全体の底流に流ているもの」を掴む他はないと考える。米国の巨額の貿易赤字問題もその一つである。


  • シェール革命を踏まえた政策

    筆者の「全体の底流に流ているもの」とは長期的な米国の国益や重要な政治課題と解釈してもらって良い。ここで米国にとっての国益や政治課題の歴史を簡単に振返ってみる。第二次大戦後の米国にとっての最大の政治課題は、共産主義勢力の拡大を防ぐことであった。ソ連との軍拡競争が始まり、朝鮮やベトナムでは代理戦争が起った。第二次大戦で敵国であった日本やドイツと同盟を結びソ連や中国といった共産勢力と対峙する冷戦が長く続いた。

    しかし米ソは冷戦の膠着状態はソ連崩壊で一応終着し、米一強時代が始まった。しかし冷戦時代の終盤の頃からエネルギーの確保が新たに重要な政治課題として浮上した。第4次中東戦争を発端に73年にオイルショックが起り、一躍、石油が戦略物資として脚光を浴びることになったのである。ところが産油国である米国の原油産出量は頭打ちになり、米国は原油の輸入国に転落した。


    石油の確保こそが米国の大きな政治課題となったのである。これ以降、米国の中東への関与が非常に大きくなった。90年のイラクのクウェートへの侵攻をきっかけに湾岸戦争が起った。当然、これは米国のエネルギー戦略の一環と考えられる。

    03年のイラク戦争も石油の確保といった隠れた政治課題が背景にあったと筆者は睨んでいる。イラクにはいまだにコストがバーレル10ドル未満の原油が眠っていると信じられていた。15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」で述べたように、特にブッシュ政権幹部には石油産業に関係が深い者が多かった。


    ところがシェール革命によって、状況は一変した。シェールオイルとシェールガスの登場によって、米国は将来のエネルギーの確保に見通しがついたのである。近いうちに米国は石油の輸入国から輸出国に変わると見られる。もはや中東への軍事的関与の必要性がなくなったのである。

    オバマ前大統領の「もう世界の警察官から降りる」発言の背景にもこのシェール革命が有ったと筆者は考える。トランプ大統領のイスラエルへの過度の肩入れもこの延長線上にある。以前のように中東の産油国の顔色を窺う必要がなくなったのである。

    また石油が戦略物資の地位に駆け上がった背景には、石油供給のピークアウト説(30年で油田は涸れるという当時の常識)があった。ところがシェールオイルやオイルサンドの登場がこの構図を覆した。それどころか逆に石油需要のピークアウト説が囁かれ始めている。とうとうトランプ大統領は15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」で取上げた「キーストンXL」というパイプラインの建設に許可を出した(議会は賛成していたがオバマ大統領が環境保護団体の反対を受け許可を出さなかった案件)。このパイプラインはカナダのオイルサンドからの抽出油をメキシコ湾岸に送るものである。


    トランプ大統領の言動は一見常軌を逸していると報道されている。しかしトランプ大統領の発言は、これまで説明して来たように今のところ状況の大きな変化を踏まえたものである。「一つの中国」論に対する疑義も同様であると筆者は捉えている。

    大体、台湾と中国は別の国であり「一つの中国」なんて有り得ないことである。「一つの中国」論を飲んだのは米国がソ連との冷戦が激しくなり中国を取込もうと焦ったからである。そのため米中国交回復を行ったニクソン大統領とキッシンジャーは必要以上に中国に譲歩した。要するにニクソン政権は中国に足元を見られたのである。しかし冷戦が終わり、当然、「一つの中国」論も見直される必要があった

    ところが不思議なことに冷戦が終わったのにどの大統領もこの方針を変えることはなかった。筆者に言わせると、この「一つの中国」と「ドル高は米国の利益」という言葉は虚言・妄言の類である。これらにトランプ大統領が異議を唱えるのは、トランプ氏が「ワシントン」から遠い存在だからである。



今週は中国関連のテーマを取上げるつもりでいたが、やはりトランプ大統領のことを優先した。まだトランプ大統領による今後の米国の具体的な政策がどうなるかはっきりしないが、日本が採るべき政策はなんとなく分る。来週はこれを取上げる。



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