- 福田ドクトリン
あるテレビ番組に自民党の池田政調会長が出演し、景気対策としての公共投資についてかなり具体的な話をしていた。持ち込まれたあるプロジェクトを拒否したと言うことである。そして「そのプロジェクトの費用の大きな部分が土地代」と言うのがその拒否の理由であった。不思議なことであるが景気対策を作成する場合にはこのような考えが重視されるのである。この考え方は、自民党の幹部だけではなく、財政当局の官僚も同じである。土地代として支出された部分のほとんどは貯蓄され、それ以降の経済的な波及がストップすると考えられるからである。これについては本誌の先々週号の乗数効果の説明を参照願いたい。つまり同じ額の予算を使った公共事業でも、土地の購入金額の大小によって、その経済効果は異なることになる。一方、貯蓄が増えることにより、金利が下がり、投資が活発になると言う反論はあるが、金利が下がっても簡単には投資が増えないのが日本経済の現状であり、たしかにこの反論には説得力がない。 したがってこのような考えに縛られて景気対策としての公共事業を行なうとするので、どうしても既に土地が確保されている学校の建て替えや国有地に道路を通すような事業ばかりになってしまうのである。まさに今非難の対象である「従来型の公共投資」である。たしかに乗数効果だけで評価するなら「従来型の公共投資」の効果を一概には否定できない。また景気対策としては、その予算が速く消化される必要があり、この点でも「従来型の公共投資」は優位ではある。 筆者は、景気対策としての「公共投資」の方法論がこのように確立したのは、福田元総理の時代からと考えている。オイルショックで石油が高騰し、購買力が産油国に移転し、世界は同時不況となった。先進国の首脳は急遽集まり、その対策を検討したのである。いわゆる「サミット」の始まりである。先進各国は、貿易収支が黒字で余裕のある西独と日本に内需拡大を行なって、世界経済の機関車になるよう要請したのである。福田元総理はこれを承知し、帰国するなりとにかく多くの公共事業を行ない、内需を拡大することを指示したのである。ただし「土地代がかかる事業は避ける」ことを付け加えたのである。筆者はこの「土地購入を避けた公共事業の推進」を「福田ドクトリン」と呼んでいるが、池田政調会長のセリフから判断すると、20年も過ぎた現在でもこの方針がりっぱに生きているのである。 公共投資の経済効果を乗数効果に限定するならこの「福田ドクトリン」は正しい。しかし、公共投資には投資を誘発すると言う効果が別にある。単純に考えた場合でも、公共事業が増えた場合、建築土木関係の機械の需要が増えることになる。建設重機の需要増は公共事業の直接的な効果と言える。ただし、近年ではこれらの建設重機類はレンタルが増えており、以前のように公共事業の増加が建設会社の設備投資の増加に直ぐに結び付くケースは少なくなった。 しかし公共投資には、出来上がった公共施設によって投資を誘発することが考えられる。わかりやすい例は、都会に新しい道路が完成した場合である。このロードサイドにはスーパーマーケットや外食産業が進出して来ることが考えられる。また新しい道路ができることにより新しく宅地が開発されることもある。新幹線が新たに開通することによって地方の中堅都市に各種の研究所ができたり、沿線の観光地にホテルが建設されることもあろう。これらが公共投資による誘発投資である。ただしこれらの投資によって、既存のスーパーマーケットが閉店するケースなども考えられる。つまり広く考えると、公共投資にはマイナスの効果もあると言うことである。しかし、筆者は、これらのプラスとマイナスを合計しても、なおプラスの効果の方が大きいと考えている。 「福田ドクトリン」ではこのような誘発投資を考慮しない。かりに「土地代」がかかっても、その公共施設ができることによって民間の投資が活発なれば、実際は経済効果が期待できるはずである。筆者は、公共投資の経済効果を乗数効果とこの誘発投資効果を合計したものと考えている。「福田ドクトリン」はあまりにも乗数効果だけに重きを置いているのである。ところで公共投資が行なわれ、この乗数効果で所得が増える。この所得の増加によって消費が増え、設備投資が誘発されることもありうるが、ここではその話は取り敢えず省略する。 日本経済は、オイルショック後も何回も不況を経験した。その度に公共投資を中心に景気対策を行なってきたのである。しかし、この公共投資は今まで説明してきた「福田ドクトリン」に基ずく公共投資である。たしかに即効性の点ではこのような公共投資は優れているが、今後はもっと誘発投資が生まれるような公共投資にシフトすべきと筆者は考えている。たしかにこのような公共事業を行なうには関係者の利害が絡んだり、土地の買収に手間取ることが多いのが事実である。そこでこれらを解決する方法の一つとしては、大都市における公共施設の建設には、本誌でも何回か取り上げた大深度地下の利用が考えられる。これについてはさらに後日述べたい。
- 経済通の政治家
筆者の感想では、日本においては経済通の政治家は少ない。筆者が考える経済通の政治家は故渡辺美智雄氏と宮沢大蔵大臣、そして今週号で取り上げた福田元総理くらいのものである。これらの人々の共通点は自分の影響力を強めることが苦手で、なかなか政権に就けなかったことである。特に渡辺美智雄氏は残念ながら総理の座の一歩手前で死去したのである。政治の世界では、逆に権力闘争には強いが経済のことは分からないと言うタイプが多いのである。また経済を理解していると思われる政治家は、概して年寄りに多いのが現実である。 ところで福田元総理は不思議な政治家であった。福田氏は、元々は「財政均衡主義者」であり、「緊縮財政主義者」であった。当時の「所得倍増計画」の池田総理の政策にはむしろ批判的な立場であった。ところが本人は、戦後始めて「赤字国債」を発行したり、さらにサミット後には積極財政主義に転換したのである。ところで福田氏が「均衡財政」を唱えていた時代は、日本の貿易収支は慢性的な赤字であった。日本には「金」がなかったのである。当時、東京に首都高建設が計画された時「二車線にするか三車線」で議論になったが、結局「二車線」で建設することになった。これも日本に「金」がなかったからである。また当時、近隣諸国に戦争の賠償を行なった。ところがこの賠償については、今日でも各国からクレームがつくことがある。これも当時日本には「外貨」がなかったからである。当時としては精一杯の賠償を行なったつもりでも、不十分と思われるケースもあるのであろう。 ところが、その後日本は一転して貿易の黒字国になったのである。福田総理が積極財政論に転換するのもその頃からである。つまり福田氏は状況の変化に合わせて発想を柔軟に転換させたのである。 ASEAN諸国は昨年来経済危機に陥っている。この原因は色々考えられるが、経常収支が赤字にも拘わらず、財政支出を拡大させていたこともその一つと考えられる。もし福田総理のような人物がしかるポストにいて、財政を引き締めておれば、このようなことはなく、ASEAN諸国も「投機筋のえじき」になりにくかったと考えられる。 福田氏は日本経済の状況に応じて政策を変えられる、思考の柔軟性の持ち主であった。ここが普通の経済通の政治家と違うところである。今日、エコノミストやマスコミに限らず、政治家や官僚にも「小さな政府」の信奉者が蔓延している。財政をなるべく小さくして、政府の関与を小さくした方が経済はスムースに運営され、経済も発展すると言う思想である。この考えは単純なだけに、人々には浸透しやすいのである。たしかに「小さな政府」的な経済政策が有効な国もあるかもしれないが、日本は状況が違う。筆者は、日本は経済の発展段階では、世界の中で一番先頭を走っていると考えている。バブルの発生したのも一番だったし、金利が低下したのも一番である。筆者は、金利低下は今後先進国で一般的に起こる現象と考えている。また高齢化の進行も一番である。その日本において、後を追いかけている「米国」の経済思想である「小さな政府」的な政策を行なおうとすることが間違いなのである。また、慢性的な経常収支の赤字国である米国の経済政策が、慢性的な黒字国である日本に適応するはずがない。今日、政治家には福田元総理が示した柔軟性が要求されているのである。
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