経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/11/21(917号)
ヘリコプター・マネーに関するQ&A集(基本編)

  • 政府貨幣発行によるヘリコプター・マネー

    ヘリコプター・マネー、つまりシニョリッジに関する世間の関心は高まっているが、これに関してもっと易しい説明がほしいという声がある。そこで今週から、筆者はヘリコプター・マネーに関するQ&A集を特集し提示する。ところでシニョリッジ政策の一つとして「(1)政府紙幣(貨幣)」がある。これについては09/2/9(第557号)「政府紙幣(貨幣)論の急な盛上がり」09/2/23(第558号)「政府紙幣(貨幣)への巧妙な反対論」で同様にQ&A集を掲載しており、今回はこれも参考にする。

    ただQ&A集だけを提示するだけでは、読む人の理解は十分進まないと考える。しかし丁寧な説明をするとやたら話が長く成り過ぎる。そこで本コラムにおいては、適宜、Q&A集の本文に簡潔な解説を挟んで行こうと思っている。


    〈解説〉まずシニョリッジ政策には、今日世間で話題になっている「(2)日銀が関与した形のヘリコプター・マネー」の他に、政府が独自に実施する「(1)政府紙幣(貨幣)」がある(筆者の考えでは政府紙幣(貨幣)もヘリコプター・マネーである)。また後者の方が仕組みが簡単であり理解され易いと考える。しかしせっかく日銀が既に400兆円も国債を購入しているのだから、これを元にしたヘリコプター・マネー政策の方が実現の可能性は高いと筆者は思っている。Q&A集は後者の「(1)政府紙幣(貨幣)」から始める。

    Q1:そもそもヘリコプター・マネーとは何ですか

    A:元々は、権力者が独自に通貨(貨幣や紙幣)を作り、これを世間に流通させることです。権力者とは、もちろん今日では各国の政府のことです。これまでも深刻な不況の時にこの政策は検討されて来ました。紙幣をどんどん刷ってヘリコプターからばら撒くことによって、これを拾った人々がこれを使えば景気は良くなるという政策です。ここで大切な点は通貨の発行主体に通貨発行益が生まれることです。したがって無償で財源が得られ、国は新たな借金をしたり増税を行わなくても済むことになります。

    Q2:まさか政府が、本当にヘリコプターからお金をばら撒くなんてことは行わないでしょう

    A:もちろんこれは比喩です。現実的は、政府が紙幣を刷りこれを通常の財政支出の財源に充てます。したがってこれで得られた財源を公共投資や社会保障費、教育費、防衛費などの歳出に使います。

    Q3:ヘリコプター・マネーの方法はこれだけですか

    A:今まで説明して来たのは、政府(国)による政府貨幣(紙幣)の発行という方法です。もう一つ、国が国債を発行し中央銀行である日銀がこれを買うという方法が有ります。通常、日銀による国債の直接引受けと呼ばれています。この場合、日銀は、国債購入代金を国が日銀に持っている口座、つまり国庫に振込みます。政府(国)はこの国庫に振込まれたお金を自由に財政支出に使います。この日銀が国債を引受けるという形のヘリコプター・マネーは後ほど説明します。

    Q4:まず日銀ではなく政府が、貨幣や紙幣を勝手に発行できるとは知りませんでした

    A:「政府貨幣」の発行は、独立国家固有の権限です。日本現行法では「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」(昭和62年6月1日、法律第四二号)で定められています。同法の第四条には「貨幣の製造および発行の権能は、政府に属する」と明記されています。また同法によれば「貨幣」の素材や形式などは政令で定めることになっています。

    今日使用されている、一円玉、100円玉などの補助貨幣もこの法律に基づいて発行されています。記念コインの発行も同様です。また「貨幣」の素材や形式などは政令で定めることになっていますから、コインの形ではなく紙幣でも構わないわけです。ともわれ日本では既に政府貨幣は流通しているのです。

    さらに同法には、政府貨幣発行に関しては、発行額の制限や担保の規定はありません。発行は政府の自由なのです。ちなみに政府貨幣の額面から製造コストを差引いた額が、貨幣鋳造益、つまり通貨発行益となり、政府の収入になります。

    Q5:高額の政府貨幣や政府紙幣を発行することは可能ですか。

    A:発行額に上限は有りませんが、上記「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」によって貨幣の種類は、以下の通りに制限されています。
    「第五条  貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。」
    2 「国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。」
    3  「前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という。)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。」

    しかし最高額の500円硬貨でも、10兆円の政府貨幣発行となれば200億枚の鋳造が必要になり、とても現実的な話とは言えません。つまり現実の政策として実行するには、法律の改正が必要になると考えます。この点は政治的に難しい話になりますが、もし法律を改正すれば高額の貨幣や紙幣の発行は可能です。

    Q6:新しい貨幣や紙幣が発行されると混乱が起りそうですが

    A:もちろん新しく貨幣や紙幣を発行してもかまいませんが、政府貨幣の発行権を日銀に売却し(政府紙幣を日銀に入金するという表現の方が適切か)、日銀の小切手を受取る方法があります。この場合には、新しい紙幣などを印刷する必要はないのです。つまり現実に流通する紙幣は、現行と同様に日銀券のみで済ますことができ、複数紙幣の流通という混乱は避けられます。


  • 日銀が関与したヘリコプター・マネー

    〈解説〉ヘリコプター・マネー政策、つまりシニョリッジ政策の一つである政府紙幣(貨幣)は説明したように仕組は単純で分かりやすい。しかし法改正が必要など、この方式での実現は難しいのが現状である。もし実現するとしたなら、やはりもう一つの日銀が関与した形のヘリコプター・マネーと筆者は考える。次はこれについて説明する。

    Q7:日銀が国債の代金を国庫に振込むもう一つのヘリコプター・マネーは法律に違反していませんか

    A:たしかに国が発行した国債を、日銀が直接引受けることは財政法5条で禁止されています。もっとも財政法5条には「特別の事由がある場合、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りではない」という但し書きがあります。ただ「特別の事由」や「範囲内」についての解釈が一定ではなく、但し書きに基づき日銀が直接引受する場合は大いに揉めると考えます。いずれにしても日銀の直接引受ということになれば、財政法の改正などが必要になり、こちらもハードルは高くなると考えた方が良いでしょう。

    Q8:でも日銀は市場から多額の国債を買っています。これはヘリコプター・マネーではないのですか

    A:まずこれは解釈が別れるところです。日銀は金融緩和政策の一つとして市中から民間金融機関が保有する国債を買っています。たしかに日銀が市中から国債を買入れることを見越して、政府が国債発行を増やせば極めてヘリコプター・マネーに近い形になります。

    〈解説〉ちなみに以前は、日銀の内規で国債の買入れに日銀券の発行残高という限度額があった。しかし黒田日銀体制が発足した時この枠を撤廃した。現在この国債買入れ残高は400兆円程度になっている。

    Q9:市中から国債を買っても、実質的に違法である日銀の直接引受けと変らないのでは

    A:直接引受けの場合、日銀は代金を国が日銀に持っている口座、つまり国庫に振込みます。これに対して市中から買入れた場合には、代金を金融機関が日銀に持っている当座に振込みます。たしかに代金の振込先が異なるだけで、日銀にとって実質は変りません。

    ご質問に戻れば、たしかに日銀の国債の市中買上げに対し疑義が提示されているのは事実です。実際、民主党(当時)の大久保勉参議院議員から「今日の日銀の量的・質的金融緩和は財政法の第5条に抵触するのでは」という主旨の質問書が政府に寄せられています。これに対して「財政法には抵触しない」という答弁書を今年2月27日に政府は閣議決定しています。あくまでもこれは日銀の金融政策の一環というのが日本政府の見解です。

    Q10:市中から日銀が国債を買入れた場合、国の民間金融機関への債務が日銀への債務に振変わるだけでは

    A:形としてはその通りです。国は日銀が保有している国債に対しても利息を払います。しかし日銀は、この国債利息を含めた全収入から経費(日銀運営経費や準備金など)を差引いた純利益を、国庫納付金として国に納付することになっています。つまり民間金融機関が保有する国債に対して支払う国債利息は財政負担となりますが、これが日銀保有となれば実質的な財政負担は無くなります。

    また国と日銀の関係は、国が親会社、日銀が子会社ということになります。日銀が保有する国債は国に対する債権であり、国とって日銀に対する債務となります。しかし政府と日銀には統合政府という概念があり両者を連結決算すれば、親会社(国)と子会社(日銀)の債券・債務は相殺されます。つまり日銀が市中から国債を買えば、その額の国の債務が実質的に減ることになります。

    Q11:日銀が市中から国債を買った時、日銀の債務は増えるのではないのですか

    A:日銀が国債を買った場合、日銀券を発行してこれに充てることができます。つまりこれは日銀券の増刷であり、たしかに発行した日銀券は日銀のバランスシート上の債務勘定に計上されます。しかし日銀券は、誰からも返済を要求されたり(不換紙幣)、利息を付けません。したがって会計学上、これには債務性がなく、むしろ利益(つまり通貨発行益)と認識すべきです。

    もっとも日銀が現金(日銀券)で市中から国債を買うということはありません。通常、代金を金融機関の日銀当座預金口座に振込みます。たしかに日銀当座預金口座は日銀にとって債務勘定ですが、もし口座を保有している金融機関から出金の要求があれば日銀券を刷ってこれに充てれば済みます。つまり国債を市中から国債を買う度に、日銀に利益(通貨発行益)が発生すると考えて良いのです。また統合政府の考えから、子会社(日銀)の利益は親会社(国)の利益と見なされます。

    Q12:金融機関の日銀当座預金も実質的に債務性は無いという話ですが、何故、0.1%の付利を行っているのですか

    A:通常、金融機関が持つ日銀の口座は当座預金なので利息は付けません。しかし白川総裁時代の08年から0.1%の付利を行っています。これはゼロ金利政策によって短期金利が下がり過ぎ、短期金融市場が機能しなくなるのを防止するためと聞いています。つまりこれは日銀の金融行政上の措置であり、決して日銀当座預金が金融機関への債務(借金)という認識からではありません。

    〈解説〉ちなみにマイナス金利を導入した今年の2月からは、40兆円の法定準備金相当額(マクロ加算残高)対するこれまでの0.1%の付利は止めゼロにした。ただ所要準備を超える210兆円の超過準備額(基礎残高)に対しては、従来通りの0.1%の付利を続けている。そして今後の追加的な当座預金残高(政策金利残高)にはマイナス0.1%の金利を適用している。



来週はQ&A集の続きで、ヘリコプター・マネーによるインフレや物価上昇について言及する。



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16/10/24(第913号)「落日の構造改革派」
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16/10/10(第911号)「事実上のヘリコプター・マネー政策」
16/10/3(第910号)「財政均衡主義の呪縛からの覚醒」
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