経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/10/3(910号)
財政均衡主義の呪縛からの覚醒

  • 金融緩和政策の限界

    先週号で述べたように、どの先進国(日・米・欧)の経済もどん詰まり状態である。特に日・欧はマイナス金利といった極限的な金融緩和政策を採っているが、実態経済へのプラス効果は限定的である。むしろマイナス金利による金融機関経営への悪影響が現れている。

    日本だけでなく他の先進国も「消費年齢世代」の人口減少という問題に直面している。つまりこれによる消費不足とそれに起因する国内の投資不足によって経済は低迷したままである。さすがに金融緩和政策が限界に来ていることを人々は薄々察している。


    企業は有望な投資案件がないので内部留保が増え続けている。これについては16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」で日本の企業の内部留保の増加を取上げた。しかし欧米の大企業も事情は同じである。米国の多国籍企業は国外(主にタックスヘイブン)に2兆ドルもの留保金を持っている。中でもアップル社はアイルランドに2,000億ドルもの内部留保を保有していて、EUとアイルランド、そして米国の当局同士がアップル社への課税を巡って対立している。

    日本だけでなく、先進国の企業は株主からROE(株主資本利益率)を最大にする経営が求められている。しかし国内外ともめぼしい投資案件は減っている。したがって企業の預金の形で保有される内部留保だけが積み上がっているのである。


    ところがここで企業はジレンマに落ち入る。内部留保が増えることは株主資本が増えることを意味し、これによってROE(株主資本利益率)は低下するのである。これを避けるには配当や役員賞与を増やすということが考えられるが、これらには株主から必ずしも賛同は得られない。残るのは他の企業の買収(M&A)ということになる。しかしどれだけ盛んに企業買収(M&A)が行われても、一国の経済の経済成長にはほとんど影響はない。

    このように企業(特に大手多国籍企業)は極限的な金融緩和が行われても、需要が見込めないので設備投資など経済実態に影響を及すような新規の大型投資に踏出すことに躊躇している(つまり古典派経済学なんて本当にお呼びでない)。企業買収(M&A)を除けば、投資で増えているのは不動産投資だけである。たしかに大都市(NYやロンドンなど)での不動産投資は増えていて、不動産価格が上昇している。しかしこれもそろそろピークであろう。


    先週号で今日の低成長率、低金利、低物価上昇率は先進各国の共通した現象と指摘した(先週号で「ニューノーマル」と筆者は呼んだ)。しかし子細に見ると先進国(日・米・欧)で事情が微妙に異なる。一番軽症なのが米国である。

    米国はヒスパニック系などの移民が多く、経済の状態は新興国に似ていてまだ需要が増える余地がある。本誌は07/11/5(第503号)「米国のサブプライム問題」で、これを「内なる新興国」と指摘した。したがって日・欧とは違い、米国は低い水準であるが金利はまだマイナスになっていない。反対に昨年の12月に利上げし、今年の12月にも利上げが噂されている。しかし利上げ回数の予想は年3〜4回であったが、せいぜい1回が限界である。このように経済の成熟という点で、米国も日・欧に近付いていると筆者は見ている。

    一方、日・欧はともに米国より難しい状況に落ち入っている。金融緩和政策はほぼ限界まで来ているが、まるで経済の低迷から脱する気配がない。ただ日本に比べ欧州の方がより深刻と筆者は思っている(ましなのはユーロ安で輸出が伸びているドイツぐらいである)。特に問題なのは若年層の高い失業率である。この欧州の雇用問題にはほぼ打つ手がない。


  • 財政均衡主義に対する新しい動き

    経済不調に見舞われている先進国(日・米・欧)は、まず金融政策として金利低下政策を行った。ところがこれが限界まで来たため、次に量的緩和に踏出さざるを得ないことになった。しかしさらにこれも限界に達し、とうとう日・欧はマイナス金利という極端な金融政策に突入した。ちなみにこの極端な金融政策は為替安競争に通じるところがあるが、国際協調を唱う当事者達はあまり口に出せない。

    いずれにしても先進国の金融政策は出尽くし感がある。つまり経済政策は万策尽きたように見える。しかし経済政策には、もう一つ財政政策という柱がある。ところが先進国ではこの財政政策は少なからずタブー視され、今日まで政策の選択肢から外されてきた。


    先進国(日・米・欧)では、財政政策どころか財政の赤字でさえ度々大きな政治問題になる。米国では13/1/14(第739号)「年頭にあたり」で取上げたように、2012年暮には「財政の崖」問題が起り財政赤字が政争の具に使われた。この背景には1985年に成立した財政均衡法(グラム=ラドマン=ホリングス法)があった。

    主要な欧州の国家には昔から財政均衡主義の素地が根強く有り、財政赤字を嫌う。10/7/5(第622号)「サミットの変質」で取上げたように、リーマンショックから2年も経っていないのに、欧州各国はやや積極的な財政政策から緊縮財政に大転換した。ギリシャの財政危機を発端に英国などが付加価値税の増税に踏切ったのである。また財政赤字をGDP比3%以内に抑えるというEUの取決めを守れない南欧諸国には、いつもペナルティーが課せられている。

    日本でも13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」で取上げたように、橋本政権下で「財政構造改革法」が成立した。だが財政均衡を目的としたこの法律と関連法は次の小渕政権が辛うじて停止した。しかしプライマリーバランス回復の絶対視や14年度の消費税増税分の9割を目立たない形で財政再建に回すなど、日本ではこの「財政構造改革法」の精神みたいなものが脈々と受継がれている


    先進国(日・米・欧)は、共通して「消費年齢世代」の人口減少と所得が増えないことによって家計の消費は増えない。また前述したように企業は需要が増えないので、内部留保を増やしGDPを増やすような投資を控えている。さらに金融政策も効かなくなった。これらは経済学が想定していなかったことである。残るは内需不振の各国は輸出に活路を見い出すだけになっているが、これに対しても米国が各国の為替安政策を強く牽制している。

    冒頭に述べたように、先進国(日・米・欧)の経済はどん詰まり状態に落ち入っている。しかしどの国も経済成長によって解決すべき大きな問題を抱えている。ところが期待していた金融緩和政策の効果に限界がはっきりと見えてきた今日この頃である。


    さすがに先進国(日・米・欧)の中で、財政均衡主義の呪縛から脱しようとする国が現れるようになった。まさに新しい動きである。最初に動いたのはアベノミクスの日本であった。安倍政権は1年目に大型の補正予算を組み、さらに日銀の異次元の金融緩和が加わり成果を収めた。ただ2年目以降は消費税増税などによってアベノミクスは頓挫している。今日、新経済対策によってアベノミクスの巻き返しを図っているところである。

    欧州ではイタリアなど特に南欧諸国が財政政策に軸足を置き始めた。ここで障害となるのが「財政赤字のGDP比3%基準」である。もちろんドイツなどはこの動きに猛反発するであろう。しかし英国のEU離脱決定によって欧州全体が今日動揺しているので、チェックが甘くなり南欧諸国の財政拡大政策は案外すんなりと実施される可能性が出てきた。

    米国では大統領候補が共に財政政策を堂々と公約に盛込んでいる。まずクリントン候補が大型のインフラ投資計画を掲げている。そもそも米国では公共投資は州政府の管轄であり、連邦政府がこれを主導するという話は異例である。トランプ候補も負けじと企業減税を訴えている。何か先進国(日・米・欧)全体が財政均衡主義の呪縛から覚醒を始めたと感じられる。



来週は今週号の続きで、ヘリコプターマネーにも話は及ぶ。



16/9/26(第909号)「日本経済こそが「ニューノーマル」」
16/9/19(第908号)「プライマリーバランスの回復は危険」
16/9/12(第907号)「労働分配率と内部留保」
16/9/5(第906号)「経済学者の討論の仕方」
16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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