経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/9/12(907号)
労働分配率と内部留保

  • 増えている内部留保

    9月3日の日経新聞に労働分配率と内部留保(財務省の法人企業統計から算出)の推移を示すグラフとその解説が掲載されている。労働分配率はピークの08年の72%程度から下がり始め15年度は66%程度になった。一方、内部留保は2001年の150兆円程度から毎年増え続け昨年度(15年度)は377兆円に達した。


    労働分配率が下がり続けている原因は、企業の利益が伸びている割に人件費が増えていないからである。しかし人件費の増加が極めて穏やかなのは、従業員の賃金が引下げられているからではない。むしろ大企業の正社員の給料はボーナスを始め増えている。また非正規労働者の単価(時給など)も上がっている。ちなみに労働分配率の過去の大体の推移は、資本金10億円以上の企業が60%、同1〜10億円が70%、同1億円以下が80%程度である(平均値は資本金1〜10億円の企業とほぼ同程度で推移(つまり70%程度))。

    おそらくここのところ、給料の高い正社員が引退し(団塊の世代が中心)、極めて賃金が安い非正規労働者が増えたことが労働分配率低下に繋がったと筆者は分析する。つまり労働者の構成が変ったことが原因と筆者は考える。この流れはもう少し続くので、この労働分配率の低下はまだある程度続く可能性が強い(ただし不況になれば多少上がる可能性はある・・理由は後ほど説明)。もしこれ以上の労働分配率の低下を阻止することが必要と考えるなら、本誌が主張しているように最低賃金の大幅なアップなどの政策(外国人労働者の制限も有効)が必要になる。


    内部留保はほぼ毎年伸びている(ただしリーマンショック後の09年度のように、わずかに減少した年度も数度ある)。01年度から15年度まで毎年10〜20兆円程度増えている。ちなみに昨年度は対前年度で23兆円と6.6%も増えている。また1988年の累積が100兆円だったことを考えると、たしかに2000年代に入ってからの内部留保の増え方はかなり大きくなった。

    ところが内部留保が増えている原因は色々と考えられるが、はっきりとした定説がない。まず考えられる原因は、当たり前であるが企業の利益(当期利益)が増えていることである。そして企業の利益が増えている理由としては様々なことが考えられる。まず企業全般に言えることは、株主からROE(株主資本利益率)を最大にする経営が求められるようになったことが挙げられる。つまり株主の企業経営に対するプレッシャーが強くなったのである。このため企業は利益指向を強め、投資を選別しまたリストラなどの合理化を押し進めて来た。

    経営に対するプレッシャーの背景として、バブル経済崩壊後、不良債権の処理を行う過程で、大企業の株式の持合い解消が進んだことが挙げられる。特に新たに株主となった外資などは、日本の企業経営陣に利益を上げるよう厳しく迫っている(株式を持合ったなあなあ的な経営が難しくなった)。株主のこの厳しい要求に耐えられなくなった企業の中には、決算を粉飾して株主の経営責任を問う声をかわして来た大企業もある。

    内部留保と労働分配率の推移の関係ははっきりしない。労働分配率が下がったから内部留保が増えたとは単純には言えない。たしかに労働分配率はここ数年下がり続けているが、一旦不況に落ち入る(リーマンショック後など)と逆にハネ上がる傾向にある。これはやはり人件費が固定費的な要素が強いからと考えられる。ただ最近の団塊の世代の引退に伴う労働者の構成の変化による人件費削減で、企業の利益は多少増えていると言えるかもしれない。


    筆者が注目するのは、内部留保の凄い増え方である。内部留保は80年代、90年代は毎年5兆円程度の増加であった。ところが2000年代に入り、これが年平均で15兆円程度に増えている。しかし内部留保が増えている理由は、上述した「企業利益の増加」を除くとはっきりしない(個々の企業によって内部留保が増えている事情は異なると見られる)。

    他には不良債権処理時代の銀行の貸し渋りを見て、企業が内部留保を厚くしようとしていることが考えられる。また配当金は増やしているが、利益の伸びほどには増えていないことも挙げられる(配当率の低下)。そもそも金融関係の企業の内部留保の増え方が特に大きいという声がある(巨額の不良債権を償却していたので長い間法人税を払っていない可能性がある。つまり税前利益がそっくり当期利益になっている)。もしそれが本当なら一般の事業企業を調べても原因はよく分らないことになる。


  • 内部留保の大幅増は経済に影響

    直近のように内部留保が毎年20兆円以上増える状況が続くと、これのマクロ経済に与える影響を考える必要が出てくる。政府やマスコミも巨額の企業の内部留保を問題にし始めている。麻生財務相が内部留保を増やしている企業を「守銭奴」と罵っているほどである。

    たしかに企業が内部留保の増え方を抑えて、従業員の給料を増やしたり下請け企業からの仕入れ単価を上げることが考えられる。また日本でデフレ経済が続く原因がこの内部留保の増加という声まである。たしかにそういう一面があることを筆者も認識している。しかし日本のデフレ経済は企業が内部留保を大きく増やす前から始まっていたのである(つまりデフレの要因は他にも有る)。


    ただ内部留保という言葉を誤解している人々も多い(麻生財務相も怪しい)。内部留保という言葉の印象から、これが企業が溜込んでいる現金・預金と思っている者がいる。したがって彼等は内部留保が増えることを、使う予定のない企業の手持ち資金が増えるだけと思い込んでいる。実際は、内部留保のほぼ3分の1が現金・預金の形で保有されている。

    残りの3分の2は他の資産、例えば投融資に充てられている。企業が投資を行う場合、資金を外部からの借入れるか(一般的に銀行からの借入)、あるいは内部留保を使うか選択することになる。一般的に投資資金を回収するまで時間を要する案件やリスクが高いものは内部留保の方が使われやすいと考えられる。


    とにかく企業の内部留保が増えていることに対して批難が出ている。中には内部留保に課税しろという声さえ出ている。しかし内部留保は税引後の利益であり、もし内部留保に課税ということになれば二重課税ということになる。世界的にも内部留保に課税するケースは極めて稀である。日本の同族会社の留保金への課税はこの稀なケースの一つである。

    内部留保に課税といっても企業側は頑として受付けないであろう。それどころか法人税の減税など、企業への負担を減らすことの方が世界の潮流になっている。また企業は、内部留保を厚くすることによって経営が安定し、これによって安定した雇用を維持できると主張するであろう。これに反論できる者はほとんどいないであろう。


    ただ内部留保がここまで大きくなると経済の循環にも影響が出る。一旦内部留保は経済循環の漏出ということになる。ただそのうち国内の設備投資に回された部分は注入(再注入)となる。ただし同じ投資でも有価証券投資や海外へのものは漏出のままということになる。また同様に借入返済や現金・預金に回った分も漏出のままである。筆者の推計では内部留保の半分程度は経済循環から漏れたままである。

    企業が投資資金を銀行から借入れなくなった。一つの原因は設備投資額が伸びないからである。以前、企業の投資額はGDP比で15%以上であったが、今日では13%前後まで減っている。この程度なら減価償却費と内部留保で十分賄え、それでも余る内部留保は借入返済や貯蓄(現金・預金の増加)に回っている。つまり企業がとうとう貯蓄の黒字主体となっている。


    昔は教科書通り家計が貯蓄の黒字主体であり、これが銀行を仲介して貯蓄の赤字主体の企業に貸付けられ投資が実行されていた。ところが最近では逆に家計の貯蓄率はゼロないし若干マイナスまで低下している。これは一般の勤労世帯は依然貯蓄を行っているが、高齢の無職層が貯蓄を取崩しているからである(つまり年金を超える支出を行っている・・子・孫への出費も考えられる)。この傾向は今後も続くものと見られる。

    最後にここ数年の経済循環における注入と漏出の増減を大雑把に見る。消費増税による漏出増と補正予算減額による注入の減少、漏出のままとなる企業の内部留保(内部留保−経済循環へ再注入された経済循環)があり、一方、家計の若干の注入増(貯蓄の取崩し)、輸出増加(円安により)による若干の注入増、石油などの資源価格の下落によって輸入が減り漏出の大きな減少があった。これらに実際の数字を当てはめ、また民間非営利団体勘定の動きを省略すると、これらのプラスマイナスの合計はGDPの増減(つまり経済成長)に近い動きをしていると筆者は見ている(14年度のようにマイナスが大きかった年度はマイナス成長)。



来週は今週の続きである。今日検討されている成長戦略がいかに的外れかを説明する。



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