経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/9/5(906号)
経済学者の討論の仕方

  • 表にしない認識の相違

    先週に続き日経に掲載された「吉川教授と竹中教授の討論」にまつわる話をする。まず筆者は、討論の内容より両者の討論の進め方に興味を持った。もっとも両者はいつも同じことを言っているのだから、討論の内容は両者が登場した時点で想像がついた。今回も両者は、いつもの持論を展開するだけで何も目新しい話をしていない。

    むしろ筆者が注目したのは、討論の中でかなり重要な事柄の認識に相違が生じているのに、両者はそれを無視し平気で話を先に進めていることである。先週号で取上げた税の弾性値の話もその一つである。「税の弾性値はほぼ1、つまりGDPが1%増えれば税収も1%増える(吉川)」「GDPが1%増えれば税収は3〜4%増える(竹中)」と両者の見解に大きな隔たりがある。ところが両者はこの重大な違いを放ったまま議論を進める。

    もし税の弾性値が3〜4もあるのなら、当面は財政の赤字幅を大きくし財政支出を拡大し経済成長を促した方が、財政にとっても得策ということになり得る。このような大事な話に発展しそうなことが素っ飛ばされている。まことに両者とも学者としての誠実さに疑いを抱かせる展開である。


    両者は国の借金、つまり債務を問題にしている。しかし両者が問題にしている債務の基準が違う。このことは討論の内容を読めばすぐ分る。ところが両者は意図的にこの違いを表にしない形で話を進めている。

    竹中氏が重視しているのは明らかに「プライマリーバランス(基礎的財政収支)」である。これに対し吉川氏が問題にしているのは総債務残高である。吉川氏は討論の中で「日本の債務残高のGDP比が232%と最悪」を基にした話をずっと続けている。しかし同じ日本の債務を問題にするにしても「プライマリーバランス」と「総債務残高」とでは大違いである。


    特に吉川氏が問題にしているのは、何故か債務残高と言っても純債務残高ではなく総債務残高である。しかし吉川氏が純債務残高ではなく総債務残高だけを問題にする理由ははっきりしている。日本の債務残高を不当に大きく見せたいからである。

    大きな債務の一方、日本には莫大な金融資産がある。したがって総債務残高からこの金融資産額を差引いたところの純債務残高はかなり小さくなり、日本の純債務残高のGDP比は他の先進国の数字にぐっと近付く。特に日本政府の金融資産は他の先進諸国に比べずっと巨額である。この点は本誌でも10/1/25(第600号)「日本の財政構造」などで何回も説明した。


    さらに日本には他の先進国に比べ突出して大きい公的年金の積立金(厚生・国民年金、公務員共済年金)がある。OECDの財政状態を見る基準では、これも総債務残高から差引くことになっている。これを差引いた日本の純債務残高の水準は他の先進国と全く遜色がなくなる。つまり元々日本には際立った財政問題なんて存在していない(日銀の異次元の金融緩和以前から日本の金利が世界一低かったことからもはっきりしている)のである。

    しかし討論の相手である竹中氏は、吉川氏が総債務残高だけを取上げ純債務残高に触れないことに不思議にも全く疑義を挟まない。ひょっとすると純債務残高に話が進めば、日本の財政に問題がないことがバレることを危惧したとも考えられる。日本の財政に問題がないのなら、竹中氏が「プライマリーバランス」に固執していることも奇妙なことになる。

    総債務残高と純債務残高の関係は、ここに来て重要になっている。政府が財政投融資(財投)を補正予算の財源にしようとしているからである。財投は国の借金で総債務残高に加算されるのだから吉川氏の立場からは問題になる。しかし一方で同額の金融資産が増えるので純債務残高は変らない。また竹中氏が問題にしている「プライマリーバランス」にも影響はない(小泉改革で財投潰しに奔走した竹中氏にとって複雑な思いとなるが)。両者が討論で財投の話に全く触れないのも、両者ともにとばっちりが来ると思ったからと筆者は憶測する。


  • 互いに相手を責めないという暗黙の了解

    財投と同様に吉川・竹中の両者がほとんどスルーしているのが日銀の国債の買入れの話である。既に300兆円以上も日銀が買っているのに何の話も出ない。わずかに吉川氏が「いずれはそれ(国債買入れ)ができなくなる」と根拠や条件を全く示さない話をしている。それにしてもこれはとても経済学者の発言とは思われない(せめて物価がどの程度上昇し問題を招くとか言わないと話にならないだろう)。

    この日銀の国債の買入額を差引いた日本の純債務残高は既に100〜300兆円になっている。さらにこのままのペースで日銀が国債を買い続けるなら、数年後には日本は実質的に無借金になる。つまり日本の財政問題は既に解決済みなのである。それにもかかわらず「消費増税が無理なら、法人税や所得税の増税を模索する」といった頑迷な財政再建至上主義者がいるのである(吉川氏もその一人であろう)。


    「プライマリーバランス」と「総債務残高」の間の矛盾は為替介入でも起る。為替介入を行う時には、政府短期証券を発行して資金を調達する。政府短期証券は国の借金であり総債務残高に加算される。一方、為替介入で得たドル資金で主に米国債を購入する。

    米国債は金融資産である。したがって純債務残高を算出する場合、総債務残高から米国債という金融資産の金額を差引くことになる。これはまさに常識であり誰でも理解できる。ところが吉川教授のようなガチガチの財政再建論者は、これをも許さない。彼等が問題にするのは、純債務残高ではなくあくまでも総債務残高なのである。

    日本が保有する外貨準備高は、130兆円(直近の為替レートで換算)にもなる。しかし総債務残高から吉川氏等は、この130兆円を差引いて財政を見ることを拒否していることになる(口には出さないが)。しかし一方、プライマリーバランスの算出には為替介入は全く関係しない。


    小泉政権時代、03年、04年に35兆円という常軌を逸した為替介入が行われた。ただ既に円安の水準での為替介入であったので、さほどの円安にはならなかった(円安を維持する働きはあった)。しかしサブプライムローン問題の発覚前であり世界的に好景気が続いていたお陰で、日本の輸出は順調で高いレベルの貿易黒字(10兆円を超える黒字)を毎年続けていた。これには円安維持のための為替介入(35兆円)の効果もあったと見られる。

    内需は不振であったが(特に地方の経済は不振で後の参議員選で自民党は大敗)、輸出企業の業績は絶好調で法人税も5兆円ほど増えた。小泉政権は緊縮気味の財政を敷いたが、輸出は好調だったのでたしかに景気が腰折れすることはなかった。当時の政権の一角にいた竹中氏は、討論の中で小泉政権時にプライマリーバランスが急速に良化したことを強調している(これが日本経済にとってむしろ危険なことを来週取上げる)。

    小泉政権は新規国債の発行額を30兆円に制限し、地方交付金や社会保障費などの歳出を削った。ところが一方では35兆円もの為替介入を行っているのである。実際、緊縮財政のはずの小泉政権下で国の借金は急増している(もちろん為替介入の35兆円の影響がある)。当然、総債務残高を問題にする吉川氏から一言あってしかるべきである。ところが不思議なことに吉川氏はこれについては何も言わないのである。


    このように吉川氏・竹中氏は、相手の言っていることの間違いや矛盾については沈黙を守っている。どうも互いの痛いところは責めないという暗黙の了解があるとしか思う他はない。筆者が注目するのは、この時期に日経新聞がなぜこのような内容の薄い討論を紙面に載せたかということである。筆者は、ヘリコプターマネーの話で世間が盛上がっているので、ひょっとするとこれを牽制したかったからと勝手に憶測している。



民間の貯蓄が増える中で、新規国債の発行額を制限したりプライマリーバランスの黒字化を目指すことは日本経済にとってむしろ危険なことと筆者は認識している。来週はこれを取上げる。



16/8/29(第905号)「吉川教授と竹中教授の討論」
16/8/22(第904号)「芥川賞受賞作「コンビニ人間」」
16/8/8(第903号)「新経済対策への評価」
16/8/1(第902号)「大きな車はゆっくり回る」
16/7/25(第901号)「アベノミクス下における注入と漏出」
16/7/18(第900号)「経済循環における注入と漏出」
16/7/13(第899号)「16年参議員選の結果」
16/7/4(第898号)「奇異な話二題」
16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
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15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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