- 景気対策の乗数効果
世間では今、景気対策でどのような「減税」が効果があるか議論がなされているが、「商品券」だ「消費税減税」だと、予想通り混乱している。10/26(第87号)「景気対策論議を考える」で述べたように、経済企画庁のマクロモデルに示している数字は、「公共投資」を除けば、「減税」などの対策の効果は極めて小さいこと物語っている。景気対策の効果を検討するには、まず各対策の経済に及ぼす効果を科学的に点検する必要がある。今週号では、このやや退屈な作業から始める。そしてこのことによって、どのような形で減税が行なわれても、理論面でもいかに経済効果が小さく、これだけ需給ギャップが大きくなった今日では、景気対策はやはり公共投資を中心にせざるを得ないことを理解されると考える。さらに同じ「公共投資」であっても、その実行のされ方によって、経済効果に違いが出てくることが解ると思われる。 「公共投資」や「設備投資」が増加すると経済効果があることは理解できる。そしてこの効果をまず二つに分けて説明する。一つは乗数効果である。「公共投資」が10,000円増加すると、まず10,000円の所得が追加発生する。これが第一次波及である。さらにこの10,000円の所得の発生により消費と貯蓄が新たになされる。消費性向が0.8とすれば、10,000円の所得は8,000円の消費と2,000円の貯蓄に分かれる。この8,000円の消費は同額の所得を発生させる。この8,000円の所得は第二次波及である。さらにこの8,000円の所得の発生は、消費性向が0.8であるから、6,400円の消費と1,600円の貯蓄を生むことになる。そしてこの6,400円の消費は6,400円の新たな所得を生み、これが第三次波及となる。そしてこの波及は無限に続くことになる。つまり「公共投資」の10,000円増加には、このような乗数効果があるのである。そして効果の合計は、計算の上では無限等比級数の総和である。消費性向が0.8とすれば、貯蓄性向は0.2となる。計算上では無限等比級数の総和、つまり乗数は貯蓄性向の逆数の倍数になり、この場合には0.2の逆数である5が乗数となる。ただとりあえずこの値を求める計算式はここでは省略する。つまり最初の10,000円の「公共投資」は、最終的に合計で元の金額の5倍である50,000円の所得を発生させることになる。 参考までに「減税」の乗数効果を説明する。「減税」の場合には上の例を使えば第二次波及から始まるのと同じである。10,000円の「減税」が行なわれた場合には、消費性向が同じく0.8であるから、8,000円の消費がなされる。以下、「公共投資」で説明したような波及が無限に続くことになる。計算上は「減税」の乗数は「公共投資」の乗数より1だけ小さくなる。つまり消費性向が0.8の場合は「公共投資」の乗数は5であり、「減税」は4となる。つまり10,000円の「減税」が行なわれたなら、その4倍である40,000円の所得が新たに発生することになる。 「公共投資」や「減税」の乗数効果の大きさを決定するのは消費性向であり貯蓄性向である。貯蓄性向が小さいと乗数効果は大きくなり、反対に貯蓄性向が大きいと乗数効果は小さくなる。貯蓄性向が0.4と大きくなると乗数効果は、「公共投資」の場合には2.5であり、「減税」の場合にはそれより1小さい1.5になる。極端なケースとして、貯蓄性向が1、つまり所得の全てを貯蓄する社会では、「公共投資」の場合には1であり、「減税」の場合には0となってしまう。この場合には「公共投資」は第一次波及の所得の発生だけは生まれるが、「減税」は全てが貯蓄されるのだから、実体経済には全く影響がないことになる。議論を厳密に行なうとすれば乗数効果を計算する場合の貯蓄性向は平均貯蓄性向ではなく、限界貯蓄性向である。通常は平均貯蓄性向と限界貯蓄性向はほぼ同じはずであるが、経済不安などによって限界貯蓄性向が小さくなることは十分考えられる。一定の所得がある人が、所得が増えても、この増加分について今までのように消費を行なわないことがありうるのである。昨年の「拓銀」「山一」の破綻などにより、社会不安が増している。それ以降行なわれた2回の「特別減税」はほとんど効果がなかった。これには社会不安により限界貯蓄性向がかなり大きくなっている影響もあると筆者は考えている。 逆に限界貯蓄性向が小さい場合には「公共投資」と「減税」の乗数効果の違いが目立たない。ちなみに限界貯蓄性向が0.1の場合には、「公共投資」の10に対して「減税」の9である。そして米国のように極端に貯蓄性向が小さい国では、「公共投資」と「減税」の乗数効果にあまり違いがないことになる。反対に限界貯蓄性向が大きくなると「減税」の乗数効果の低下が目立つことになる。限界貯蓄性向の大きさによっては、乗数効果はほとんどゼロになるケースもありうるのである。この場合には減税を行なっても、効果がほとんどないことになる。 このように「減税」は理論面でも景気浮揚効果がないことを証明できるが、これは経済企画庁のマクロモデルの結果と一致する。このような状況にもかかわらず、「減税」にこだわる一部のエコノミストは、「減税の場合にはたしかに貯蓄に回る金額は大きいが、これによって貯蓄額の累積が増え、将来の消費に繋がる可能性がある」となさけない主張を繰り返している。筆者は、貯蓄の累積効果は仮にあるとしても極めて小さいものと考えている。これについてはまた別の機会に述べたい。
- 実際の乗数効果
ここまで述べてきた乗数は、あくまでも計算上の数値であり、実際の数字はもっと小さくなる。ここまで「公共投資」や「減税」がなされた場合、効果が次々に波及する前提で述べてきた。しかしこれは経済に遊休生産要素、つまり商品やサービスを提供する側に供給能力が余っている場合である。具体的には機械の稼働率が低く、失業者がいる状態である。不況の日本では取り敢えずこの条件を満たしていると考えるが、乗数の波及過程でボトルネックがある場合には、そこで波及はストップすることになる。 また計算通の乗数効果があるためには、波及過程において所得が発生すれば、次々に消費の発生が波及する必要がある。これには追加的に発生した所得よって追加的な消費がなされることが前提になる。しかし失業していた人が「公共投資」が行なわれることによって職を得、所得が発生しても必ずしも、実際に消費を増やす保証はないのである。収入がこれまでゼロだった失業者が10万円の所得を得て8万円の消費を行なうとしても、最終的に消費が8万円増えることにはならない。もしこの失業者が以前の収入がゼロであった時から8万円の消費を行なっていたなら、所得増加による次の波及は起こらないのである。このような事態は日本では十分考えられる。失業者は所得がなくても、雇用保険金を受け取っている場合や親類知人から経済援助を受けている場合があり、失業中も一定の消費を行なっているのである。また消費者金融からの借入や、もちろんこれまでの貯蓄を取り崩して消費を行なっているケースもある。したがって職を得、所得が新たに生まれても、消費額を新たな所得の増加に合わせて増やすとは限らないのである。 日本ではこれらの事情によって景気対策の効果は小さくなっている。しかし反面、これらの社会保障制度や過去の蓄積が社会の安定に役だっていることも事実である。さらに景気がこれだけ悪くなっても、GDPの落ち込みは非常に小さいのもこれらのおかげである。また、政治家やマスコミが、のんきに効果もあまり期待できない「減税」を景気対策の柱として議論していられるのも、これらがあるからである。一方、個人の蓄えがなく、社会保障制度のない発展途上国の場合は深刻である。一旦景気が落ち込むと10パーセントの単位で経済が収縮するのである。不景気が暴動に発展しても不思議はないのである。 ここまで乗数効果の波及の話は国内に限定して行なってきた。しかし、この波及が海外に及ぶ場合には乗数はその分小さくなる。「公共投資」が行なわれ、建設資材の需要が増えても、輸入品で賄われる場合には、国内における乗数効果の波及はその前でストップしてしまう。つまり国内の生産が増えない事態となり、所得も増えないことになる。このことは「減税」についても同様である。ところで「景気対策」を行なっても、海外にある程度需要が逃げるからと言って、景気対策を行なわないと言うことにはならない。日本の輸入が増えることによって、これらの地域の経済活動が活発になれば、回り回って日本経済にもプラスになるはずである。また、特に経常収支が慢性的に黒字の日本は、景気を立て直し、発展途上国からの輸入を増やすことが使命となっている。 乗数効果の波及が瞬時になされない現実を別にしても、以上述べてきたように、現実の乗数は机上の計算値よりかなり小さくなるはずである。しかし「公共投資」の場合の経済効果には、この乗数効果の他に誘発投資が考えられる。いま「公共投資」の効果については「都市型」か「従来型」かで議論されている。これにはこの誘発投資の存在が重要になる。来週号ではこれを中心に述べることにしたい。今週号はコラムとしては多少理屈が先行したが、これらのことを理解しておくことが、景気対策の効果を考える時に大切なことである。またこれらの理解がないため、今日の景気対策論議が混乱しているのである。
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