経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/7/4(898号)
奇異な話二題

  • 財務省の新設ポスト

    6月22日の日経新聞によれば、財務省がマクロ経済政策の企画・立案を担う課長級のポストを新設する。筆者はこのニュースは極めて奇異なものと捉えた。本来、政府内ではマクロ経済政策は内閣府(旧経済企画庁)が主に担っていることになっている。

    2001年の省庁再編によって、大蔵省は財務省に改変された。これに伴い大蔵省が担っていたマクロ経済政策の統括業務(大臣官房調査企画課・・官調)は内閣府に移管されることになったと筆者は認識していた。これは金融庁設立と同様、巨大な権力を持つ大蔵省の力を削ぐことが一つの目的であった筆者は理解している。この背景には98年の大蔵省の過剰接待問題などがあった。


    そして大蔵省から改変された財務省はマクロ経済への興味を完全に失い、財務官僚の関心事は財政再建だけになった。これに伴い財務官僚の発想も複式簿記から単式簿記になったのである。したがって消費増税を強力に推進するあまり、増税が及すマクロ経済へのマイナス効果は管轄外とほぼ無視して来た。

    経済企画庁が編入された内閣府は大蔵省に代わりマクロ経済政策を担うことになった。しかしこの頃には内閣府(旧経済企画庁)は、奇妙な新古典派経済学の信奉者の巣窟になっていて、役に立たなくなっていた。彼等は「経済成長には構造改革しかない」という迷信を固く信じる。ちなみに経済白書は経済財政白書になり、当初のサブタイトルは「改革なくして成長なし」と言った間抜けなものであった。実際のところ、日本のような生産力が余っている国は需要があればどれだけでも経済は成長する。


    2001年の内閣府発足に伴い、マクロ経済分析のシミュレーションモデルは11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」で述べたようにケインズモデル(旧モデルと呼ばれるようになった)から新古典派一般均衡モデルに代わった。ところが新たに導入した内閣府のシミュレーションモデルはポンコツそのものであり、経済予測は全く当らなくなった。

    また15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」で述べたように、宍戸駿太郎筑波大名誉教授は内閣府が導入したこのIMFのモデルを発展途上国の財政再建計画策定を目的に作られたものと指摘している。つまりIMFが資金を貸し込んだ生産力の乏しい発展途上国から融資金を回収するための財政再建計画(当然、緊縮財政)を策定することがこのIMFモデルの目的である。たぶんこのモデルを導入したメンバーは、発展途上国の財政再建も日本の財政再建も同じことといった間違った認識を持っていたのであろう。しかし生産力の乏しい発展途上国に対して、日本は生産力が余っているのである。つまりこんなモデルを慢性的なデフレ経済に苦しむ日本に導入したことは、犯罪に近い大失態である。


    アベノミクスと言われているが、機能したのは第二次安倍政権発足からの一年間だけであった。この原因は16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」で取上げたように、2年目(14年度)からの緊縮財政への転換である。ここでこの時使った表を再び掲げる。
    国の歳出と税収の推移(単位:兆円)
    年 度歳  出(A)税  収(B)差引((A)−(B))
    12年度97.143.953.2
    13年度105.747.058.7
    14年度101.354.047.3
    15年度99.456.443.0


    14年度からの消費増税や企業業績好転で税収が大きく伸びているのに対して、反対に歳出は減っている。これは明らかに極めて厳しい緊縮財政への転換を示している。特に13年度から14年度にかけ、財政は差引((A)−(B))で11兆円以上(58.7−47.3=11.4兆円)の超緊縮型になっている。これではアベノミクスが頓挫するのは当然と言える。


  • 20兆円の大型の補正予算

    最近、もう一つ奇異な話が出ている。自民党の中から秋に大型の補正予算を組むという声が頻繁に出ている。しかもその額が半端でなく、最低でも10兆円、場合によっては20兆円になるというから驚く。上表で歳出(A)が毎年減額され続けている現実の流れを見れば、奇異と感じて当然である。

    自民党内に何事かが起っていると筆者は憶測する。筆者は、おそらく自民党内から財務省に対する不満が急激に巻き起こっていると見ている。これまでも官邸が財務省に強い不信感を持っていた。しかし今は官邸だけでなく、主だった自民党議員も財務省はおかしいと気付いたのであろう。


    この原因を筆者は「大きな嘘」が最近バレたからと憶測している。消費増税を推進する財政再建派や財務当局は「税と社会保障の一体改革」を唱えてきた。自民党の一般の政治家も「消費税を増税するが、増税分はそっくり社会保障費に充てる」と支持者や有権者を説得してきた。ところがこの話は真っ赤な嘘で、政治家達は誤解していたのである。

    三党合意で消費税を5%上げることを決定した。しかし真相は、このうちたった1%を年金などの社会保障に使い(まさに子供騙し)、残りの4%は財政赤字の削減に使うことになっていたのである。とんでもない話である。おそらくこのことを知っている国民は皆無に近いであろう。ところが増税分の8割が黙って財政再建に回されて来たのである。特に14年度は9割が財政再建に使われた。たしかに筆者もそのような話をチラッと聞いた記憶があるが、そんなバカげたことは絶対にやるはずがないと思っていた(これをやれば財務当局にとっての自殺行為となるが、本当にやっていたのである)。


    この事実を国民が知らないだけでなく、ほとんどの政治家や官僚さえもこのことが決定された経緯を知らない。おそらく安倍政権発足前、財政再建派の三党の幹部と財務・厚労官僚でこっそりと決めたと思われる。たしかに消費増税分のほとんどが財政赤字削減に使われるというこの話を聞いていた閣僚や自民党幹部は少しはいたと思われる。しかしこれらの経済オンチの政治家はこれが日本経済にどれほどのダメージになるかイメージが浮かばなかったのであろう。

    しかし先週号で取上げたようにここが最も重要なポイントである。もし増税分をそっくり財政支出に充てれば問題はなく、経済理論上は小さいがむしろ国民所得は増える(ホーベルモ効果。ただし消費税の場合はこれが極めて小さいと考える)。ところが消費増税分の8割以上も財政赤字の削減に使ったら、大きな有効需要の不足が間違いなく発生し経済は大幅に縮小する。しかしマクロ経済の循環に全く知識のない財政再建派の政治家と財務官僚がとうとうこれをやってしまったのである。つまりデフレ脱却を目指す安倍政権に対しまさに真正面から弓を引いた形になった。

    ところが財務官僚にはこの自覚がなかったと感じられる。おそらく財務官僚は回りを取囲む間抜けな財政学者や御用学者の「消費増税の影響は軽微、そのうち景気はV字回復する」といういい加減な言葉の方を信じたのであろう(財務官僚の本質は経済に疎い法律家)。そしてやっと事の重大性に気付いた財務省は、慌てて冒頭のマクロ経済政策の企画・立案を担うポストを新設したと筆者は思っている(既に手遅れのような気がするが)。


    ここ2年間の自民党も奇妙であった。14年の消費増税に伴って、経済がマイナス成長になるなど深刻な事態に陥ったのに何の対策も打たなかった。筆者は、本誌で14年度、15年度に、何故、第二次補正予算を組まないのか不思議と指摘してきた。これも自民党の政治家の経済問題に対処する能力が著しく低下しているからと筆者は思っている。

    筆者はこれは郵政民営化騒動で多くの積極財政派の有力政治家が追出されたことが大きな原因と認識している。これ以降、自民党ではマクロ経済に関心を持つ政治家が極めて少数になった。したがって自民党のほとんどの政治家は、14年度の消費増税のマクロ経済に対する悪影響を軽く見ていたのであろう。これも郵政民営化騒動の後遺症と言える。


    それにしても20兆円もの補正予算とは唐突であり尋常ではない。ただでさえ消費増税を延期したのである。それほど今の自民党の関係者は「騙された」と本当に怒っているのであろう(昔の自民党ならもっと前に気付いていたはず)。おそらく20兆円は消費増税のうち財政再建に回してきた金額の合計を意識した数字と筆者は考える。財務省はマクロ経済政策の企画・立案を担うポストを新設し事実上「白旗」を挙げた形を採ったが、これで済むのか今秋以降が注目される。



来週は参議員選の結果の分析を行う。したがって本誌のアップは12日以降になる。

今週号は奇異な話を取上げたが、ヘリコプター・マネーの話が急に盛上がっていることも奇異に感じる。ひょっとするとこれも今週取上げた奇異な話に関連しているのではないかと筆者には思われる。

テレビ東京の女性キヤスターの構造改革派エコノミストに対する態度が一変している。先日は「また成長戦略ですか」と鋭く突っ込んでいた。日経新聞系メディアも変身中である。間抜けなエコノミストや経済学者は近いうち相手にされなくなるであろう。




16/6/27(第897号)「ヘリコプター・マネーと国民所得」
16/6/20(第896号)「ヘリコプター・マネーと物価上昇」
16/6/13(第895号)「ヘリコプター・マネーと消費増税の比較」
16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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