経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/6/13(895号)
ヘリコプター・マネーと消費増税の比較

  • 従来の基本路線が一変する徴候

    消費税の再増税が2年半延期されたが、これはかなり大きな事と筆者は受止めている。特にこのことによって考えるための時間的な余裕が生まれたことが重要である。ちょうど政治家を含め人々が、疑うことさえ躊躇われていた現行の基本的な枠組み(「2020年のプライマリーバランス回復」や「社会保障と税の一体改革」)がおかしいのではないかと思い始めた矢先である。

    これまで世間で「常識」と思われていたことが、次々と「本当は間違っているのでは」という認識に変って行くと筆者は予想する。しかし人々が固く信じていた「常識」が一気に変るとは考えにくい。つまり変って行くにしても時間を要する。したがって2年半という猶予期間は大変助けになると筆者は思っている。


    まず「2020年のプライマリーバランス回復」が本当に日本にとって大切な目標になり得るかという疑問を持つ人は増えている。日本は財政赤字が増え過ぎて、そのうちどれだけ金利を高くしても国債を買う者がいなくなるとずっと脅されて来た。しかしこの話が嘘とかなりの人々が知ることとなっている。実際、金利がマイナスになっているにも拘らず国債は購入され、日本の国債が投売りされるという話はない。

    ところで程度の差はあるが、これからの日本では社会保障費を増やす必要があることをほとんどの人が理解している。そしてこれまでの常識は「社会保障と税の一体改革」に見られるようにこの費用を消費増税で賄うことであった。ところが消費増税を行ったが、消費が低迷し日本経済が落込むといった事態に直面した。したがって「社会保障と税の一体改革」が無理筋の政策と人々は段々と気付き始めたと筆者は見ている。


    しかし「2020年のプライマリーバランス回復」や「社会保障と税の一体改革」といったこれまでの基本路線に代わる次の基本方針が新たに打出さたわけではない。したがって人々も何となく不安を抱いているのも事実であろう。

    各種の世論調査では今回の増税延期に6割程度の人々が賛成している。しかし3割ほどの人々が反対している。おそらく反対している人々のほとんどは「では将来の社会保障の財源はどうするのだ」という不安を持っていると筆者は推察する。たしかにもっともな意見ではある。


    ただプライマリーバランスの回復や社会保障の財源に関し、磐石と思われた従来の基本路線が一変する徴候があちこちに現れている。先週号でテレビのワイドショーである政治評論家が「これまで財務官僚が作った日本の財政が悪いといった虚構に我々は踊らせられて来たのではないか」と発言した話を紹介した。これもその一つと筆者は思っている。

    また筆者が注目したのは、先々週号16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」で取上げた岡田民進党代表の「再増税は19年まで延期し、必要な社会保障費は赤字国債で賄う」という発言である。これは明らかに三党合意の「社会保障と税の一体改革」を否定するものである。つまり三党合意は事実上崩壊したのである。したがって三党合意で完成を見た従来の基本路線が壊れて行くのは、自然の成行きと筆者は認識している。ただこのことにまだ気付いていない政治家が多いのである。


    そして一番大きい徴候は、ヘリコプター・マネー(筆者達がシニョリッジ政策と言っているもの)の話題である。賛否を別にして、最近、ヘリコプター・マネーが頻繁に取上げられている。このテーマは日本のマスコミで過去にも取上げられたことはあるが、散発的であり後が続かなかった。

    ところが日経新聞の「経済教室」でも二日に渡り(6月7、8日)大きく取上げられているように様子が違って来ている。今回こそこの動きは本物なのか筆者も多少戸惑っているほどである。ただ日本経済が復活するにはこの「ヘリコプター・マネー」しかないと筆者は思っている。


  • ヘリコプター・マネーによる財政支出増

    筆者は、「ヘリコプター・マネー」が注目されるとしても興味本意で取上げられることに多少抵抗を感じる。ヘリコプター・マネーはマクロ経済全体への影響という観点で捉えられるべきと筆者は考える。またヘリコプター・マネーはプラスの効果がある反面、たしかにマイナスの効果も有り得る。しかしプラスがマイナスよりずっと大きいのならばやってみる価値はあると筆者は思う。


    日本は増える社会保障費の財源を何に求めるかという問題に直面している。そこでこの財源を消費税で賄うといったこれまでのコンセンサスを元に消費増税を実施した。ところがこれが日本経済に想定以上のダメージを与えたのである。今日、取り敢えず次の消費増税を延期し、新たな政策の枠組みを構築しようという段階に日本はある。

    そこに急浮上して来たのがヘリコプター・マネーであると筆者は認識している。もちろん筆者はヘリコプター・マネーが政策としてすんなり採用されるとは思っていない。ただこれが話題になり議論されることによって、政治家を始め国民が日本の財政について本当の姿を知るきっかけになると考える。正しく日本の財政の実情を知れば、財政再建派が言ってきた「日本の財政は最悪」といった話が真っ赤な嘘であることに人々も気付くはずである。このように日本の財政に対する正しい認識が広まることが大切と筆者は思う。

    ヘリコプター・マネーの話がうまく広まれば、次の論点はヘリコプター・マネーと消費増税の比較になると筆者は考える。つまり社会保障費の財源をヘリコプター・マネーで捻出するか、それとも従来の方針である消費増税で賄うかという話に集約される。もしヘリコプター・マネーの方が優れていると解れば、日本でこれが採用される可能性が出てくる。


    両者は財源の確保という点で目的は同じであるが、物価と国民所得に及す影響は大きく異なる。まず消費税増税の場合、確実に物価は上昇する。13/4/29(第754号)「国民一律の年金」他で述べたように、5%の消費増税で物価は3.5〜4.0%上昇する。

    一方、ヘリコプター・マネーを財源に社会保障などの財政支出を行う場合は消費増税と異なり、物価上昇率を計量的に予測することが難しい。日本のデフレギャップが大きいと思っている人は、ほとんど物価は上昇しないと考えるであろう。反対に日本にはデフレギャップがほとんどないと思っている人は、わずか数兆円のヘリコプター・マネーでも物価は高騰すると強く主張するであろう。


    筆者は、日本のデフレギャップが大きいので、ヘリコプター・マネーによって総需要が増えてもほとんど物価は上昇しないと見ている。また近年の消費の動向を見ると、需要が増えるとむしろ価格が下落する物への消費の割合が大きくなっている。例えば携帯電話などの通信費やIT機器の購入費などである。このことも物価はあまり上がらないという説を補強する。

    そこで一つの妥協案として、一定の物価上昇率を見るまでヘリコプター・マネーによって社会保障などの財政支出の増額を行うといった政策を筆者は提案する。一定の物価上昇率としては、3.5〜4.0%(5%の消費増税による物価上昇率に見合う数字)でも良い。また日銀の物価目標が2%というのだから少なくともこれ以上の数値が適切と考えられる。そして3.5〜4.0%までの物価上昇率内で所定の財政支出増が実現できるのなら、ヘリコプター・マネーは他に比べようもなく優れた政策と断言できる。



来週は今週の続きである。消費増税とヘリコプター・マネーの国民所得への影響も取上げる。




16/6/6(第894号)「消費増税問題の決着」
16/5/30(第893号)「安倍政権の次のハードル」
16/5/23(第892号)「アベノミクス停滞の理由」
16/5/16(第891号)「ヘリコプターマネーは日本の救世主か」
16/5/2(第890号)「毎年1,000件もの新製品」
16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
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15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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