経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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ゴールデンウィークにつき来週は休刊、次回号は5月16日を予定

16/5/2(890号)
毎年1,000件もの新製品

  • ゼロ・サム的な発想からの脱却

    日本の「財政」に関わる話は嘘ばかりである。まず本誌で何度も取上げてきたように「日本の財政は最悪」は大嘘である。先週号で述べたように実質的な純債務は100〜300兆円まで既に減少している。

    また日本の消費税(付加価値税)の負担が欧州に比べ小さいという話は非常に悪質な嘘である。先週号の表で説明したように、消費税の国税に占める割合は欧州の主要国と比べ日本は既にトップクラスになっている。それにも拘らず、10%への増税を模索する人々がいるのだから驚く。さらに日本のマスコミがこの重要な事実を全く伝えないので、日本国民は日本の消費税の負担はまだ小さいと誤解している。


    大嘘の「日本の財政は最悪」を前提に動いているので、ほとんどの日本の政策はちぐはぐである。政治家達は予算額や歳出額には限度があると思い込まされ、彼等の政策論議はとても窮屈なものになっている。したがって限度を越える歳出を行うには、既に極めて重くなっているのに消費税の増税しかないと追込まれている(彼等のほとんどは日本の消費税の負担はまだ小さいと勘違いをしている)。

    ただ消費税増税に対する国民の反発が強いことを政治家も承知している。出来る事なら増税は避けたい。したがって残る選択肢として何かの歳出を削り、それを新しい政策の財源にする他はないと政治家は思い込んでいる(思い込まされている)。これを筆者は「ゼロ・サム的発想」と呼んでいる。


    民主党政権時代の「コンクリートから人へ」という基本方針もこの延長線上の発想である。したがってマスコミなどで無駄の象徴としてヤリ玉に上がる公共投資を削って、それを社会保障に充てようという政策が民主党政権下で執られた。この方針に沿って民主党政権時代に公共投資はかなり減った。

    筆者は、無駄な公共投資を止めることに大賛成であるが、必要な公共投資は実施すべきと考える。社会保障の財源を捻出するために必要な公共投資までも削るとはとんでもない発想である。また必要な社会保障費は、公共投資とは関わりなく支出すべきである。つまり「コンクリートから人へ」ではなく「コンクリートも人も」である。

    「日本の財政は最悪」という大嘘が元になって似たようなゼロ・サム的な発想が様々なところで幅を利かしている。今回の熊本の地震で古い市庁舎が壊れた。これも耐震化工事では、市庁舎より学校などが優先されてきたからである。耐震化工事は「学校も市庁舎も」というのが筆者の考えである。


    残念ながらこのゼロ・サム的な発想は政治家の隅々まで行渡っている。自民党の若手代議士は、日本の社会保障は老人だけに手厚いと批難する。あたかも高齢者に対する社会保障費を削り、それを若者に回せと聞こえる。

    ただ高齢者への社会保障費が増えるのは、日本人の平均寿命が伸び高齢者の人口が増えたことが大きい。決して全ての高齢者に十分な社会保障が行渡っていることを意味しない。もちろん若者への財政措置が必要なことは分っている。しかしこれを主張するのなら高齢者への社会保障費とは切離して行うべきである。このようなゼロ・サム的な発想で世代間の争いを始めることは財務当局の思う壷である。


    16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」で、安倍総理に対して国際金融経済分析会合でポール・クルーグマン教授が「日本は2〜3年は財政収支を気にしないで財政出動すべきだ。ギリシャのような債務危機は起きない」と述べた話を紹介した。教授は、日銀が国債を買うだけでなく、それを財源に財政出動を行うべきと提言しているのだ。これは明らかにシニョリッジ政策ということになる。しかし日本ではシニョリッジ政策と言うとまだ抵抗が強いので、「2〜3年の財政出動」という言葉で濁したと筆者は思っている。ともあれ教授が言っているように、まず財政出動に関してゼロ・サム的な発想から脱却すべきである。


  • 需要さえあれば経済は成長する

    安倍政権発足後の1年を除き、ここ数十年間、日本経済はずっと低迷してきた。この大きな原因は、筆者が主張してきたように需要不足である。

    そしてこの需要不足は13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」などで述べたように、主に日本の少子化が原因で起っている。日本では、一番消費を行う30才台、40才台の人口が減っているのである。これに対して人口比では大きい50才台、60才台になると消費は極端に落ちる(総務省統計局のHPを見れば分る)。たしかにローンを組んで住宅や車といった大型消費を行うのは30〜50才の消費年齢の人々である。


    ところが間抜けな日本の経済学者やエコノミストは、同じ30〜50才の人々を消費年齢ではなく生産年齢という捉え方をする。つまり30〜50才の人口が減り、思うように生産が出来ないから日本は低成長が続くといった事実ではないことを言う。したがって生産力を確保するため、外国人労働者を入れろと彼等は完全に間違った主張をする(彼等に支払われた賃金のかなり部分が本国に送金されるので、日本国内に需要は起らない)。

    また彼等は経済が成長しないのは、日本経済の構造に問題があると信じている。つまり日本の需要サイドではなく供給サイドに問題があると彼等は主張する。彼等のこのデタラメな発想の根底には「作った物は全て売れる」というセイの法則がある。たしかにこれは生産力が乏しかった18世紀、19世紀の時代、あるいは生産設備が徹底的に破壊された大戦後の日本ではある程度正しかったかもしれない(今日でも中南米や中東などの発展途上国ならば適合するかもしれない)。しかしこのような経済理論は今日の日本で全く通用しない。


    筆者は、日本経済は供給サイドに問題はなく需要さえあればどれだけでも対応できると言ってきた。このことは民間で事業を行っている者や働いている者なら誰でも分ることである。

    むしろ日本の供給サイドはどこに需要があるのか日夜必死に探している。例えば一つのコンビニチェーンは毎年1,000件もの新製品を創っている。しかしこのうち生残って定番となるのはわずか2〜3件という。このように日本の全ての産業が需要を求めている。

    もし仮に日本の供給サイドに問題があるのなら1,000件もの新製品を産み出せるはずがない。ところが日本の経済学者やエコノミストが言っていることは、新製品を1,000件ではなく2,000件や3,000件に増やせと言っているのと同じである。つまり新製品を1,000件しか出せないのは、彼等は日本に規制があるから(つまり構造改革が必要)と決め付けているようなものである。このように彼等は本当にバカげたことをずっと主張している。


    筆者は、日本人の所得を増やし需要が増えればいくらでも経済は成長すると言ってきた。例えば、公的年金に加え国民一律の年金を支給するという政策を行えば良い。当然、年金を受給した者はこれを使う。これによってコンビニだけでなく、スーパーやデパートの売上は増え、またこれに応じて日本のメーカの生産も増える。このように日本の供給サイドは需要増に容易に対応し、これによって日本経済は成長する(したがって安倍政権の目標である2020年の名目GDP600兆円は達成可能)。

    またコンビニやスーパーの売上が伸びても、日本の物価が簡単には上昇しないことは現実の経済に携わる者なら皆知ってる(むしろ需要が増えれば値段が下がるものもある)。ところが世間知らずの経済学者やエコノミストは、こんなことをやればハイパーインフレが起るといい加減なことをいまだに言っている。

    日本の経済学者やエコノミスト、そして官僚は部屋に籠って18世紀、19世紀の経済学の教科書をひも解いている場合ではない。自ら社会に飛込んで現実の経済を自分の眼で見ることが重要と筆者は考える。現実の経済を知れば、自分達の言ってきたことがいかに現実離れしバカげているか実感するはずである。同様のことは日本の政治家にも言える。



ゴールデンウィークにつき来週は休刊、次回号は5月16日を予定している。テーマは未定である。




16/4/25(第889号)「日本は消費税の重税国家」
16/4/18(第888号)「財政問題に対する考えが大きく変る前夜」
16/4/11(第887号)「民進党が消費税増税を推進する背景」
16/4/4(第886号)「財政問題が解決済みということの理解」
16/3/28(第885号)「終わっている日本の経済学者」
16/3/21(第884号)「国際金融経済分析会合の影響」
16/3/14(第883号)「信用を完全に失った財務省」
16/3/7(第882号)「「政界」がおかしい」
16/2/29(第881号)「一向に醸成されない「空気」」
16/2/22(第880号)「緊縮財政からの脱却」
16/2/15(第879号)「超低金利の今こそ国債発行を」
16/2/8(第878号)「日銀の「マイナス金利」政策の実態」
16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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