経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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16/2/8(878号)
日銀の「マイナス金利」政策の実態

  • わずか0.02%の利下げ

    先日(1月29日)の日銀の「マイナス金利」導入について述べる。まず衝撃的な「マイナス金利」に市場は翻弄された。このニュースが発せられ株価は急上昇し為替は円安になった。しかし先週号の欄外で述べたように「明らかに市場の反応は行過ぎ」と筆者は思っていた。中には一般の人々の銀行預金の金利がマイナスになると誤解した人もいたようである。


    今回の「マイナス金利政策」の話を進める前に、まず日銀当座預金口座について説明する必要がある。日銀は金融機関から国債などを購入した場合、その代金を金融機関が日銀に持っている当座預金口座に振込む。この日銀の口座には、本来、法律で定められた一定額を各金融機関は準備金として積立てて置く必要がある。

    もし日本の経済活動が活発で資金需要があるなら、利息の付かない日銀の当座預金口座には最低限の法定準備金だけを残し、他は貸し出しなどの運用に回すことなる。つまり日銀は国債を買うことで、日本経済への資金供給を増やす金融緩和政策を実施することができる。

    ところが市中の資金需要が乏しく、金融機関は国債などの売却代金のほとんどをこの当座預金口座に眠らせている。その金額は250兆円もある。法定準備金(所要準備金)が40兆円であるから、残りの210兆円は余計な当座預金ということになる(これをブタ積みと呼ぶ人もいる)。


    日銀の口座は当座預金なのだから、本来、金利はゼロである。しかしこれまで日銀の当座預金の250兆円には0.1%の金利が付いていた。これは15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」で述べたように、日本のコール市場などの短期金融市場の機能を維持することが目的である。以前、ゼロ金利政策によって本当に短期金利がゼロになり、長い間コール市場が機能しなかったことがあった。

    したがって今回のゼロ金利政策においては、日銀は当座預金に0.1%の付利をすることによって短期金融市場の金利がゼロにならない措置を講じてきた。実際、これによってこれまで翌日物のコールレート(無担保)は0.075%程度で安定的に推移してきた。そしてこの金利水準(コールレート)によって、コール資金の出し手はブローカ(短資会社)に支払う手数料を賄ってきた。


    だから「マイナス金利」導入というニュースを聞いた時、筆者は短期金融市場は一体どうなるのかと思った。しかしよく調べてみると、真相はメディアから受けた最初の印象とかなり違っていた。日本のマスコミも、「マイナス金利」という事態をよく消化せずこれらのニュースを流していたと筆者は感じる。

    まず日銀は、当座預金口座を三つに分け、各々の金利に差をつけることにしたのである。一つは40兆円の法定準備金相当額(マクロ加算残高)であり、これに対するこれまでの0.1%の付利は止めゼロにした。二つ目の所要準備を超える210兆円の超過準備額(基礎残高)に対しては、従来通りの0.1%の付利を続ける。最後は、今後の追加的な当座預金残高(政策金利残高)にはマイナス0.1%の金利、つまり預ける金融機関から利息を取ることにした(しかし後ほど説明するが、日銀は全ての追加的な当座預金をマイナス金利の対象にするわけではない)。そしてこの仕組が大騒ぎした「マイナス金利」導入の真相である。


    したがって、今後、新規に金融機関が日銀に国債を売った代金を日銀に置いておくと逆に利息を取られるケースがある(ただしマイナス金利の対象となるのは一部)。しかし当然、金融機関の方も考えるので、売却代金のほとんどをこれまでのように機械的に日銀の当座預金に積み増すとは考えにくい。また日銀の方もマイナス金利適用の当座預金の増大を抑制する方針である。このため日銀は40兆円のゼロ金利適用の法定準備金相当分と同じように、ゼロ金利適用枠を新たに設定する方向である。

    したがってマイナス金利が適用される当座預金は、当初、せいぜい10兆円程度と日銀は予想している(将来的には30兆円程度まで増える可能性があると日銀は予想)。つまりこれまで全体に0.1%の付利がなされてきたが、現時点では過重平均して0.084%(0.1%の210兆円とゼロ金利の40兆円の過重平均)まで下がる。今後はマイナス金利適用預金の登場とゼロ金利適用預金の増加によって、0.080%程度まで下がると試算される。このわずか0.02%の利下げ(筆者の試算)を反映し、0.075%程度で推移していた翌日物のコールレート(無担保)は0.066%程度まで下がった。


  • 金融政策の限界

    「マイナス金利」と大騒ぎしたが、実態はこれまでの短期金利の基準値が0.1%(建前はゼロ金利)から0.02%低い0.08%程度になるという話である。つまり端的に言えば0.02%の利下げということになる。過去の日銀の金利政策では、一回の金利変更は1%とか0.5%が普通であった。ところがその後の金利低下に伴いそれが0.25%になり、さらに下げる余地が小さくなると最後には0.125%となった。

    しかしただでさえ金利政策の効果は小さいのに、0.25%や0.125%で本当に効果があるのかという声が当時からあった。ところが今回の「マイナス金利」導入は実質的にたった0.02%の利下げということである。つまり「マイナス金利」という言葉のインパクトは強烈であったが、実態は極めて小さな利下げであった。

    しかし「マイナス金利」導入のニュースで市場は過剰に反応し日経平均は1,000円以上上昇し、為替も121円と5円程度円安になった。ところが一週間で株価と為替は元の水準に戻った。これも市場が「マイナス金利」の本当の姿を理解したからと筆者は思っている。それにしてもたった一週間しか効かなかったと筆者も少々驚いている。


    今回の「マイナス金利」に対しては、評価は割れている。当初は「日銀はよくやった」という声が多かった。また量的緩和政策に限界が見られる今日、日銀が新たな金利政策の手段を持ったことを評価する声がある。

    しかし利鞘がさらに小さくなることを危惧する金融界からは不満の声が出ている。しかし一方には、行っても無駄と分かっていたことを強行したと日銀を批難する声がある。たしかに株価と為替が元の水準に戻ったことを見て、このような意見は多くなっている。


    元々、金利がゼロとなり金利政策が限界に達し、量的緩和政策というものを始めたのである。しかし量的緩和政策は株価や為替に一定の効果を示したとされているが(もちろん日本の経常収支がずっと赤字であったことの影響もあった)、これだけでは今年の正月明けからの株価下落や急速な円高に対抗できない状態に陥っていた。今回の金融政策決定会合を前にして、市場には「日銀は何とかしてくれる」という大きな期待があったことも事実である。筆者は、「マイナス金利」はこのような日銀へのプレッシャーの元で実施されたと理解している。

    つまり市場の安定を狙ってやれることはやるといった切羽詰った政策が今回の「マイナス金利」であったと筆者は理解している。しかしこの手の金利政策にも限界がある。コールレートが0.066%程度まで下がり、既に仲介業者の手数料が確保が難しいと見られる水準まで来ている。したがって、今後、もし今回のような方法で金利低下政策が採られるのなら、コール市場が機能不全に陥ることも考えられる。

    たしかに仲介業者(短資会社)の合理化による手数料の引下げが考えられる。またコール市場での取引方法の革新も有り得る。しかしこれらについては今日の状況では考えている余裕はないと筆者は思う。またこれらが仮に実現し金利をさらに引下げても効果のほどは定かではない。おそらく今回の引下げ効果の結果を見ても分るように、単独で金利引下げを行ってもほとんど効果はないものと筆者は見ている。


    しかし筆者は、効果が限定的であっても今回の日銀の「マイナス金利」政策を評価している。とにかく「やれることはやる」という日銀の姿勢が大事である。以前から「マイナス金利」政策を行えば、画期的な効果があるという声が燻っていた。しかし今回、日銀は金融システムが壊れないギリギリの範囲でこれを実施したのである。結果として効果が小さいことがはっきりしたことが重要である。

    これまでも「量的緩和政策をもっと大胆に行えば効果がある」という声があった。そして「マイナス金利は効果がある」もその種の話の一つであった。このように金融政策は万能という発想が根強くあった。そして金融政策万能主義者は、むしろこれまでは財政政策に否定的であった。しかし日銀がそのような政策を実際に次々と実施したことによって、彼等が主張している金融政策の効果が限定的であることがはっきりして来たのである。

    筆者は、金融政策を単独で行っても効果は限定的とずっと主張してきた。また補正予算額の推移を見ても分るように、逆に日本の財政の方は緊縮財政に転換している。財政を緊縮型にしておきながら、日銀の金融緩和だけに頼るといった異常な状態にある。さすがに金融政策万能主義者達も最近では雰囲気が変り(自信を失い)、財政政策を否定しなくなった。中には消費税増税の再延期を唱える者も出ている。このように日銀が「やれることはやる」を実際に実施してくれたたことに意義があったのである(実施しないままでは「効果がある」「効果がない」といった不毛な議論だけが永遠に続いていたと見られる・・効果は限定的というのが筆者の感想)。



来週は「マイナス金利」政策導入を踏まえた政策提言を行う。予定していた原油価格の三番底の話などは、もう少し後にする。

読者の方から16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」に関連し、日本の潜在成長率と需給ギャップの関係をもっと詳しく説明してくれというメールがあった。というのはこの方は仕事の関係で各種の中小企業と付合いがあり、「5%の注文増なら喜んで、また10%の注文増にも対応できる」という声をよく聞くという。つまり内閣府の「日本の潜在成長率が0.5%」はおかしいとこの方は言っておられる。もちろん潜在成長率0.5%は大嘘である。
これらについては、本誌で何回も取上げてきたことであり、そのうちまた言及することにする。取り敢えず06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」を参考にしていただきたい。とんでもない方法で日本の潜在成長率と需給ギャップが算出されていることに驚かれるはずである。本当に、ほとんどの日本の経済学者、エコノミスト(日経の論説委員を含む)、経済官僚は頭がおかしくなっているのである。




16/2/1(第877号)「CTAヘッジファンドの話」
16/1/25(第876号)「今後の原油価格の動きは「売り投機筋」に聞いてくれ」
16/1/18(第875号)「日本の経済論壇は新興宗教の世界」
16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


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