経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




16/1/18(875号)
日本の経済論壇は新興宗教の世界

  • 小林慶一郎慶大学教授の文章

    アベノミクスの成否について、色々な経済学者やエコノミストが論評している。今週は、その代表として文芸春秋12月号に掲載された小林慶一郎慶応大学教授の「データで見た「三本の矢」の的中率」という15ページ渡る文章を取上げる。しかし同じ主旨の論評は他にも沢山ある。

    例えば土居丈朗慶応大学教授は昨年10月25日の日経新聞「経済論壇から」で、宮川努学習院大学教授などの「「供給」重視に転換を」という説を紹介している。また12月21日付日経新聞に日経コラムニストの平田育夫氏が「供給改革遅れ成長率低迷」という文章を書いている。つまり小林教授の文章に似た経済評論は日本に溢れている。しかしこれらの論評には共通したネタ元がある。内閣府が公表している「日本の潜在成長率が0.5%」という数字である。

    これを元に日本の需給ギャップ(デフレギャップ)は既に解消していると彼等は決め付ける。したがってこれ以上の経済成長を実現するには供給サイドを重視した改革を行う他はないという結論になっている。


    これらのことをまとめて説明していると思われるのが、やはり冒頭の文芸春秋12月号に掲載された小林教授の文章である。まずこれは最初にアべノミクスのシナリオを説明している。第一の矢の「大胆な金融政策」と第二の矢の「機動的な財政政策」によって国民の間にインフレ期待を作り上げる。これらによって「デフレからの脱却を目指す」という解説である。

    ただしこれらは短期的な政策目標と小林教授は解説している。むしろ長期的な経済成長のための第三の矢、つまり「民間投資を喚起する成長戦略」が重要と教授は諭す。新しい成長産業の育成や規制改革を達成する政策である。具体的にはTPPによる貿易自由化や岩盤規制の改革となる。


    しかし消費税増税後、日本経済の状態は思わしくない。これに対して教授は日本経済の低迷、つまりアベノミクスの足踏みは、なんと需要が日本の供給能力の天井に達しているからという説明を数々の図を使って行っている(誤解を与えると見られる図もある)。たしかに潜在成長率が0.5%ということになれば、需給ギャップはたった約2.5兆円に縮小している計算になる(GDP500兆円×0.5%=2.5兆円)。

    特に労働市場での完全失業率の低下や有効求人倍率の上昇(1倍を越えている)していることを教授は指摘している。つまり第一の矢と第二の矢で、既に需給ギャップが解消しているので、どれだけ需要を増やしてもこれ以上は経済成長が困難と言っている。


    小林教授は、これまで安倍政権が行ってきたことは第一の矢と第二の矢による需要を増やすといった短期的な政策だけであると言う。しかしこれらの政策だけでは、企業家は投資を行わない。政府は短期的な楽観論を振りまくが、国民や企業家は踊らないと教授は指摘する。つまり供給力を増やし潜在成長率を大きくすることに失敗していると言うのである。

    教授は、アベノミクスの前に立ちはだかる大きな障害として「財政問題」と「小子化」を挙げている(小子化がデフレの原因という他のエコノミストの説を引用・・これについては筆者も興味があるので余裕が出来たら取上げたい)。この長期的な問題をあいまいにしていては、企業の投資を呼込み供給能力を増やし潜在成長率を大きくするということは無理と説明している。したがって安倍政権が「デフレ脱却」を強調すればするほど財政と小子化に手を付けられず、むしろこれらの障害となっている問題はますます悪化すると教授は結論付けている。


    また小子化対策が盛込まれたので新三本の矢政策には、教授は一定の理解を示している。しかしGDP600兆円達成による「希望を生み出す強い経済」という新第一の矢には強い警戒感を示している。もしこのために財政出動ということになれば、財政問題の解決は遠のき企業家の投資マインドを委縮させると指摘している。どうも将来の財政破綻を心配し企業家が投資を控えると小林教授は真剣に思い込んでいるようである(そんな間抜けな企業家は100人のうち一体何人いるかと思われるが)。


  • 「潜在成長率」も「今から嘘をつくぞ」の決まり文句

    前段で紹介した文芸春秋の小林教授の文章は読むのに苦労した(頭が痛くなった)。筆者は、非論理的で非科学的な記述にぶつかるとなかなか先に進めなくなる。本来、経済学者であり論理的であるはずの教授の文章が非論理的なのである。経済論議には論理性が必要と筆者は思っている。

    論議を進めるにあたり、一番重要なことは10/5/31(第617号)「議論の前提条件」で指摘したように、議論の前提条件を明らかにすることである。もし前提条件が怪しい場合は、まず最初に前提条件の検証を行って論議を進める必要がある。学者の仕事(研究)の大半はこの前提条件の検証と筆者は考える。また前提条件の検証が困難な場合は、ケース分けを行って論議を進めることになる。


    小林教授の文章で一番重要でかつ問題なのは、前提条件として潜在成長率を0.5%、つまり需給ギャップ(デフレギャップ)をたった約2.5兆円としていることである。もしこの前提条件が間違っていて、デフレギャップがもっと大きければ小林教授の文章は、前提条件が崩れ虚言・妄言の類になる。ところが教授は、これには全く触れず議論を進めている。

    教授が前提にしている潜在成長率0.5%は明らかに内閣府の数字であり、彼はこれを鵜のみしている。しかしこれは先週号16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」で述べたように、2001年に導入されたIMFの欠陥シミュレーションモデルから導き出されたものである。つまり完全にデタラメの数字である。


    日本だけでなく、経済が成熟した大半の先進国のデフレギャップは大きいと筆者達は考える。つまりこれを前提条件にすれば、需要さえがあればどの国でも経済は成長すると思っている。供給力の天井によって経済成長ができない事態なんて、少なくとも日本では到底考えられない。また日本経済が足踏み状態になったのは、明らかに財政が緊縮型(補正予算の大幅減額と消費税増税)に転換したからである。

    さらに慢性的に需要が不足している日本経済にとっては、正確な需給ギャップ(デフレギャップ)の額を算出することさえ意味がないと筆者達は思っている。またもし仮に需要が増えることが見込めるのなら、企業は新規投資を行うのだから供給力の天井は上がる。


    デフレギャップがたった約2.5兆円ということなら、乗数効果を考慮すれば中国観光客の1兆円の爆買いで簡単に埋まる規模である。また本当にデフレギャップがたった約2.5兆円ならば、ほとんどの業界ではそれこそ深刻な供給力不足が起っていることを意味し、空前の投資ブームが起っているはずである。それが現実に起っていないのは、内閣府が公表しているデフレギャップが過小だからである(率直に言えばインチキ)

    米国でもIMFのシミュレーションモデルを元に潜在成長率は2〜3%と極めて低く算出されている。しかし14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」などで述べたように、元財務長官のサマーズ教授は少なくとも米国のデフレギャップは10%はあるとこれに反論している。筆者は米国が10%ならば日本は20%はあると思う。そしてこれだけデフレギャップが大きいのなら、上記で述べたようにデフレギャップの額を算出することさえ意味がない(もちろん潜在成長率や生産関数も意味がない)

    実際のところ日本の経済成長率の実績分析や予測は、全て需要サイドで行われている。ところが経済論議になると、何故か途端に小林教授のように供給サイド重視という奇妙な考えが幅を利かすのである。


    このように日本の経済学界は異常な状態に陥っていて、まさに新興宗教の世界になっている。小林教授のように発展途上国を対象にしたIMFモデルを金科玉条のものにして議論を進める「ヤカラ」ばかりになっているのである。一方、論理的で良心的な経済学者(例えば消費税増税に反対した経済学者など)は片隅に追いやられている。

    筆者は14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」で、財務省のパシリ(使い走り)となっているエコノミストや財政学者達が「今から嘘をつくぞ」という時の決まり文句として「国の債務(借金)は1,000兆円を超えている」という言葉を繰出すと指摘した。そして今週に取上げた「潜在成長率」も全く同類の言葉と見ている。この言葉に出くわすと、筆者は「また虚言・妄言が始まった」と文章を読むのを止める。ただ気になった文章は切抜き「虚言・妄言集」としてクリップし保存している。土居丈朗慶応大学教授や平田育夫氏の文章もこの中にあった。

    このように「潜在成長率」という言葉もまさに「今から嘘をつくぞ」といった時の決まり文句である。筆者は「潜在成長率」という言葉が登場すると身構える。また「潜在成長率」という言葉を頻繁に見かけるようになったのも、内閣府が2001年にIMFのインチキモデルを導入した頃からである。ちなみに小林教授はこの文章の最後に「一千兆円を超す公的債務を持続可能な状態に持っていく」といったお馴染みのセリフを吐いている。筆者は憤りを通り越し呆れ果てている。



来週も今週号の続きを続けたいところであるが(小林教授の文章に対しては言い足りないことがまだまだある)、原油価格の動きが不安定になっているようで来週はこれを臨時的に取上げる。それにしてもマスコミに登場する解説のほとんどはかなり幼稚である。筆者が取上げるポイントの一つは「サウジがイランと断交した時に原油価格が上昇せず、何故、反対に下落したか」である(筆者は案の定と思ったが)。またマスコミの原油価格下落のリスクに対する考えが甘いと感じる。




16/1/11(第874号)「日本のデフレギャップは資産(財産)」
15/12/21(第873号)「敬虔なクリスチャンの感覚が日本を沈没させる」
15/12/14(第872号)「「名目GDP600兆円」達成のシナリオ」
15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」


14年のバックナンバー

13年のバックナンバー

12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー