経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/12/14(872号)
「名目GDP600兆円」達成のシナリオ

  • シニョリッジによる財政政策

    今週は、安倍政権が掲げる「5年内の名目GDP600兆円」を達成するためのシナリオを提案する。黒田日銀は異次元の金融緩和、つまり量的緩和によってほぼ300兆円(正確には280兆円程度)もの日本国債を買入れた。しかし量的緩和さえ行えば日本は経済成長するという目論みは、今のところ外れている。

    筆者は、決して量的緩和政策に反対ではないが、量的緩和だけでは経済への影響は限られると言ってきた。これは15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」で述べたように、前回の量的緩和政策(2001〜2006年)にさしたる効果がなかったことが一つの根拠である。ただ前回の量的緩和のピークが35兆円だったのに対して、今回は既に300兆円に達している。筆者も、たしかに35兆円を超える量的緩和は未知の世界と注目してきたが、やはり効果は限定的であった。また危惧されていた資産バブルもほとんど見られない。

    たしかに量的緩和が影響してか、為替は円安となり貿易収支は多少改善している(輸出企業は好決算)。しかしこれを除くと、300兆円も量的緩和を行っているのにはっきりとした効果はいまだ現れていない。それどころか消費税増税や補正予算の緊縮型への転換によって、この効果さえ吹き消され日本経済はほぼゼロ成長に陥っている。


    また「第三の矢」ともてはやされた「成長戦略」は、予想通り何の効果も示していない。このように今残るのは量的緩和政策だけであり、これだけで「名目GDP600兆円」を目指すことになる。しかしこれは無理な話であろう。

    やはり筆者は、「名目GDP600兆円」達成の「カギ」は15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」で述べたように、「所得を生むマネーサプライ増大」政策と考える。たしかに日銀は国債を買上げマネーサプライを増やしているが、民間ではそれほどの資金需要がない。したがって日銀の預金口座の残高が増えるだけである。


    筆者達は、せっかく日銀が国債を買っているのだから政府は国債を増発し、それを財源に財政政策を行うことを提言する。財政支出という形をとることによって直接的に国民の所得は増え、当然、増えた所得から消費が生まれる。また消費の増加を見て民間も少しは投資を増やすと考えられる。ただし日本経済は成熟しておりデフレギャツプも大きく、民間企業は多少消費が増えても稼働率のアップで対処しようとするので、当面は設備投資が劇的に増えるということは考えにくい。

    しかしもし安定して財政支出が増えることがはっきりすれば、民間投資はある程度活発化すると思われる(これを誘発的投資と呼ぼう)。先行きが読めなくて躊躇していた設備の更新や商業施設の改装などが起ってくる可能性がある。むしろここ何十年も名目GDPが500兆円で足踏みしていながらも、日本の民間企業が一定水準以上の設備投資を行ってきたことの方が、不思議であり「奇跡」と筆者は思っている。


    財政政策の財源は、ずっと本誌が取上げている通貨発行益(シニョリッジ)で良い。金額は毎年20兆円ほど増やす必要がある。初年度が20兆円なら次年度が40兆円という具合である。乗数効果が生まれるのは財政支出の増加分に対してである。したがってもし初年度が20兆円で次年度も20兆円なら、乗数効果が生まれるのは初年度の20兆円に対してだけである(この点がよく誤解される)

    この政策で国民の消費が増えれば民間の設備投資も多少増えるであろう(ただ上述したように誘発的投資の増加は過大に期待してはいけない)。とにかく需要である消費と投資が増えるため名目GDPは確実に増える。次にこの政策の効果を推算してみる。

    日本の(限界)消費性向が0.6(増加した所得の6割を消費)ならば乗数値は2.5となる(財政支出の増加分の2.5倍、つまり20兆円×2.5=50兆円の所得増)。また(限界)消費性向が0.5なら乗数値は2.0となる(20兆円×2.0=40兆円の所得増)。いずれにしても2〜3年で「名目GDP600兆円」は達成できそうである。ただ現実の経済循環では、所得の漏洩(輸入の増加や税負担増)や反対に誘発的投資の発生が考えられ、机上の計算とはある程度の差が生じることを筆者も承知している。またこの政策による為替などの変動も考えられるが、これは日銀の対応が課題となる。


  • 敬虔なクリスチャンの言葉「財源は」

    前段で「名目GDP600兆円」実現のシナリオを提示した。最大のハードルは政治がこれを本当に実行できるかである。政府は常にマスコミの動向などを睨みながら政策を決定している。簡単に毎年20兆円ずつ財政支出を増やすと言っても、政府は世間の反応を気にせざるを得ない。特に日本国民は何十年にも渡って「財政危機とか日本の財政は最悪」といった間違ったプロパガンダで完全に洗脳されてきた。提示した「名目GDP600兆円」実現のシナリオは、それが「嘘」だったと言うのと同じであり抵抗も大きい。

    仮に日本でこれが実現できるとしたなら、日本で未曽有の災害が起るといった異常事態が発生した場合などに限られると筆者は考える。さすがにその場合には、日本国民も「財源は後で考えることにして、まずは被災地の復旧を」と言うはずである。


    しかし平時での「名目GDP600兆円」シナリオの実現は極めて難しい。今日の状況ではほとんど不可能と見て良い。筆者達が出来ることは、せいぜい大多数の国民が納得するような財政支出を具体的に提示することと思っている。ただ筆者の具体的な「名目GDP600兆円」達成シナリオの紹介と説明は来年になる。

    通貨発行益(シニョリッジ)政策に賛同する筆者の仲間も、財政支出の中味についてアイディアを持っている。例えば先週号で取上げた日本経済復活の会の小野盛司会長の「国民に50万円ずつ配る」という構想もその一つである。別の筆者の仲間は通貨発行益(シニョリッジ)によって50万円ではなく100万円と言っている。もちろん筆者も仮にこのような政策が実現可能なら大賛成である。

    ただ小野さん達が本気で国民に金を配ることを考えているということではない。これは日本を席巻している財政再建派の「財政均衡主義」のバカバカしさを分かりやすく説明するための話である。彼等は財政政策に対して必ずばかの一つ覚えで「財源は」と責め立てる。これを打破する一つの有力な手段がシニョリッジ政策である。


    「財源は」という言葉は、万能の力を持っている。この言葉は、今日、法人税引下げや軽減税率導入で猛威を振っている。しかしもし他に財源を求めるとしたなら、法人税引下げや軽減税率導入は何の意味もなくなる。

    この言葉は財政均衡主義から発している。つまり国の財政支出は入ってくる収入(税金)で賄われるべきという観念論である。しかしこの言葉を発する人々のことを簡単には批難できない。このような人々は世間で潔癖で良識があるとされている。ちょうど敬虔なクリスチャンのようなものである。むしろ通貨発行益(シニョリッジ)とか言っている我々の方が世間では怪しい存在であろう。

    これは筆者を含め平均的な日本人は、同じ宗教人なのに日本の僧侶や仏教徒には何かしら胡散臭さを感じるのに対して、西洋の影響を受けたクリスチャンには純粋さを感じる(日本人でクリスチャンと言えば真面目で堅物という印象がある)。これも日本人と仏教との関係が極めて深く長かったからと筆者は認識している。しかし案外、逆に西洋では「クリスチャン」が日本における仏教関係者と同様に胡散臭く見られているとも考えられる。政教分離という考えが西洋で生まれたことを考えると、筆者のこの憶測は当っているかもしれない。


    ところが敬虔なクリスチャンが得意そうなこの「財源は」という言葉は、今日、日本では政争、あるいは権力闘争に使われている。ところで軽減税率を巡って、官邸と自民党が鋭く対立しているという訳の分らないマスコミ報道がある。しかし自民党の大多数の国会議員が軽減税率に反対しているとは思われない。

    ただ軽減税率の話が終始官邸と公明党のリードで行われたことに反感を持つ政治家はいる。当然、「軽減税率の適用が何故食料品だけなのか」という声が上がっても不思議はない。また各業界から支援を受けている国会議員が、これから各業界の声を代弁する可能性がある。たしかに「なぜフィレ肉は軽減税率なのに、紙おむつは標準税率なのだ」といった声が出てきそうである。

    はっきりと軽減税率に確信犯的に反対しているのは、反安倍勢力である。自民党の政治家の中では、特にこれまで安保法制や対中国政策に反対してきた議員がそれである。また安倍政権を煙たく思っている官僚はそのような政治家を焚き付けていると見られる。



来週は敬虔なクリチャンの言葉である「財源は」を再び取上げる。

読者の方から「このまま量的緩和を続けることによって日本政府が無借金になるなら、税金はもういらないのでは」と言った御質問があった。筆者は、税を否定するつもりはないが「そのようなことも有り得るのでは」と答える他はない。しかしこの話は前提条件をはっきりさせないと誤解を生む。筆者は、政府の総債務から金融資産を差引いた純債務、さらにそれから公的年金積立金を差引いた債務を元に話をしている。また「無借金」ではなく「実質無借金」という表現をした。さらに日銀が出口戦略を採らないということが重要な要件になっている。
同じ読者からビットコインの質問があった。ビットコインにはそれほど興味はないので分らないことが多い。筆者はビットコインは私設取引所に上場された株式みたいなものと見ている。これについては来年にも取上げて良い。

原油価格が下落している。この影響が有り、今回のFOMCで利上げが決定されるか注目される。本誌は15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」から9週間に渡り原油価格の動向を取上げた。中でも15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」が特に印象に残っている。どうやら筆者の予想は当ったようである。




15/12/7(第871号)「日本の経済学界の惨状」
15/11/30(第870号)「堂々と新規の国債発行を」
15/11/23(第869号)「今度こそは盛上がるかシニョリッジ」
15/11/16(第868号)「小黒教授の文章(論文)への反論」
15/11/9(第867号)「小黒一正教授の文章(論文)」
15/11/2(第866号)「シニョリッジ政策は現在進行中」
15/10/26(第865号)「避けられる物事の根本や本質」
15/10/19(第864号)「安保法案騒動に対する感想」
15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
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14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
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14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
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14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
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14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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