経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/10/19(864号)
安保法案騒動に対する感想

  • 反安保関連法案派の実態

    今回の安保法案騒動に対する筆者の感想を述べる。本誌は毎週ではなかったが、6月から安保法制改正にまつわる話を4ヶ月間も取上げてきた。しかし安保関連法案が成立してからわずか一ヶ月しか経っていないが、案の定、安保問題から人々の関心は離れている。あれだけ騒いでいた日本のマスコミも安保法制にほとんど触れなくなった。

    それにしても今回も安保法案反対派は無責任さと見苦しさを露呈した。「戦争法案」とか「徴兵制に繋がる」といった明らかなデマを飛ばし徹底的に抵抗した。もし彼等の言う通り本当に「戦争法案」とか「徴兵制」ということなら重大事ではないか。法律が通ったからいって、急に大人しくなるなんて信じられないことである。


    国会前に集っていた反対派も実に怪しかった。彼等は明らかに「普通の人々」を装った「普通ではない人々」と筆者達は認識している。後ほど説明するが昔の安保世代の活動家が多かったようであるが、抗議集団の前面には少数派の若者を出しこれを誤魔化していた。

    テレビ局のレポーターが、一生懸命に「普通」に近い人を探し回りインタビューを試みていたことが見てとれた。インタビューに対する「たどたどしい」答え方を見ると、たしかに数少ない普通に近い人々であろう。これらの人々が決まって言うセリフは「安保法案によって戦争が近くなり、将来、子供が戦争に巻込まれるのではと心配になって国会前の抗議集会にやって来ました」である。しかし筆者はこの手の話になるとコメント不能である。


    安保法案反対派陣営にはいつもの左翼系の文化人やタレントなどの有名人が加わっていた。昔、左翼思想が流行の最先端とされ、「インテリ=左翼」と見なされた時代が長く続いた。反対に保守思想は「保守反動」と格好の悪い存在であった。まさに左翼系の文化人やタレントはこの時代のアイドルであった。また当時、学生運動に参加していたと思われるミュージシャンや作家なども、今回の反対派に加わっていた。

    ところがソ連の崩壊などによって、左翼系の人々の目指していた理想国家がなくなった。むしろ共産主義・社会主義国家における人権抑圧の実態が明らかになった。その後、日本の左翼は随分と大人しくなった。しかし前にも述べたが、福島の原発事故以降、昔の左翼系活動家の動きが再び活発になって来た。2年前の特定秘密保護法制定の時には、この徴候がはっきりと現れていた。そしてこの流れの集大成が今回の反安保法案闘争である。


    今回の安保法案反対派の中心となっていた人々の平均的な人物像を、筆者なりに描いてみる。筆者は彼等の中心をやはり70年安保闘争時代の学生運動家(東大安田講堂闘争の学生運動家や赤軍派など)と見ている。年齢は65〜70才辺りであり、団塊の世代とそのちょっと上の世代である。この世代は、60年安保闘争に影響を受けた教師による教育で育っている。いわゆる極左労組の日教組の教育である。

    実際、60年安保の活動家とこの闘争に影響を受けた者達の中で教師になった者は多かったと筆者は見る。そして教師となった彼等が日本の左翼の代表である日教組の中心となったと考える。たしかに安保闘争の活動家が一般の大手民間企業に就職することは難しかった。しかし当時、団塊の世代が教育年齢に達し教師になるのは容易かった時代である(生徒数が急増し教師の需要は非常に高かった。実際、筆者の卒業した中学・高校にもこのパターンの左翼教師は一杯いた)。


    つまり60年安保闘争の活動家と、活動家ではなくとも安保闘争に影響を受けた者が、70年安保闘争の学生運動家を思想的に育てたと言える。そしてこの70年安保闘争世代は、今日、年齢的に年金生活に入り「暇」と「金」が出来た。彼等は反体制派活動家としてどこにでも出かける。「反安保法案闘争」だけでなく「反基地闘争」「反原発運動」にも同じような人々が集る。これらの集りではシュプレキコールだけでなく太鼓の叩き方も同じである。

    辺野古基地の反対闘争に毎日やって来るのは、「年金生活者のような普通の人々」とあるテレビ番組は強調していた。しかし普通の人々が、毎日、辺野古にやって来るはずがない。筆者は、彼等の多くは昔の学生運動の活動家とそのシンパと見ている。特に70年安保闘争時代の活動家達が中心である(その上の60年安保闘争の活動家は既にかなりへたっている)。彼等は定年を迎え、やたらと「暇」が出来たのである。


  • 司法試験や公務員採用試験から「憲法」は外すべき

    15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」で述べたように、日本の憲法学者は実に無様な姿を見せている。まず今回の安保関連法案の成立によって、憲法解釈の変更がなされたと考えて良い。時代が移り日本を取巻く状況や政権が変れば憲法の解釈が変ることは決して不思議ではない。

    もし憲法解釈の変更が多くの日本国民にとって不利益ならば、次の国政選挙で与党が敗れ野党が政権を担うことになる。そして新しい政権が憲法解釈を元に戻す法案を成立させれば良い話である。憲法の条文は極めて簡素に書かれている。したがって解釈に幅が生まれるのは当たり前である。

    政権与党は、安保関連法案はギリギリ日本国憲法の解釈範囲内と言っている。一方、反対派の野党は許される解釈の範囲を越え「違憲」と主張している。野党は個別的自衛権は認めるが集団的自衛権は認めないと言う立場である。ところが憲法学者のほとんどは、集団的自衛権はもちろん個別的自衛権も違憲と主張しているのである(つまり憲法学者は自衛隊も認めていない)。しかし日本のマスコミは、野党と憲法学者の主張が全く異なることをほとんど伝えなかった


    単純に表せば個別的自衛権=自衛隊、集団的自衛権=日米安保など(国連のPKO活動も集団的自衛権の一つと考えて良い)となる。ところでほとんどの日本国民は自衛隊と日米安保を支持している(しかもその支持率は年々高まっている)。つまり事実上、日本国民の大多数は個別的自衛権と集団的自衛権の両方を認めているのである。

    この状況を考えると、憲法学者は安保関連法案が違憲と言うより憲法改正を主張すべきである。ところがほとんどの憲法学者は憲法改正に大反対しているのである。つまり日本の憲法学者はいわゆる学者ではなく、一種の偏向思想集団と断じて良い。


    まず日本の憲法学者は傲慢で何の根拠もなく人々を見下している。また15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」で述べたように、宮沢教授という卑怯者の遺伝子が脈々と今日の憲法学者にも受け継がれている。先日、憲法学者の青柳幸一教授(明治大学法科大学院)による司法試験問題の漏洩が明らかになった。憲法学者の全部が似たことをやっているとは言わないが、今度の事件で宮沢教授の卑怯者の遺伝子が脈々と受け継がれている様を見せ付けられた気がする。本当に日本では、憲法学者と財政学者はやりたい放題である。

    15/6/22(第849号)「憲法は不要」で述べたように戦前は、憲法学者は「統帥権干犯」で問題を起こし、戦後は護憲派憲法学者が世間を引っ掻き回している。つまり戦前は「右」の憲法学者が、また戦後は「左」の憲法学者が間違った方向に日本を持って行こうとしたと言える。このような状況を見て、筆者は本心から「憲法は不要」と思う。


    日本国憲法の解釈が政府と憲法学者の間で大きく異なることが問題である。憲法学者は自分に都合良く憲法を解釈する。一方、政府が成立させた法律は違憲審査の対象になる。もちろん例えば今回成立した安保関連法が違憲と最高裁で裁決されることも有り得る。つまり実際の法律は司法判断という試練がある。ところが憲法学者の憲法解釈は極端に言えば誰にもチェックされない。もっともほとんどの憲法学者が一つの偏向思想集団に属しているのだからチェックなど必要ないと考えて良い。

    このような状況で「憲法」という教科が各種の資格試験(司法試験など)や公務員採用試験に出題されていることを、筆者は大問題と言い切る。出題が政治色を帯びないよう配慮されていると言い訳を言っても関係がない。安保条項であろうが人権条項であろうが、思想的に偏向している憲法学者が憲法に関する問題を出題したり監修することが大間違いと筆者は言いたい。今日の状態が続くのなら、司法試験や公務員採用試験から「憲法」は外すべきである。



来週は、物事の根本や本質を無視した議論が横行していることについて述べる。




15/10/12(第863号)「安保法制改正の必要性」
15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
15/9/28(第861号)「今回の安保騒動」
15/9/21(第860号)「数年後、中国はIMFの管理下に?」
15/9/7(第859号)「中国の為替戦略の行き詰り」
15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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