経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/10/12(863号)
安保法制改正の必要性

  • 分らない中国の軍拡の実態

    今週は、先々週号の続きとして安保法制改正の必要性について述べる。結局、必要な理由は二つに集約される。一つが「中国の軍拡」であり、二つ目が「米国の内向き指向への転換」である。二つとも当たり前のことである。しかし国会の安保法制の審議の中で、野党や左翼系メディアが一切といって良いほど触れなかった事柄である。このことは安保法制の反対派がいかに欺瞞的であるかを示している。

    「中国の軍拡」については、まずその実態がよく分らない。中国の軍事費が毎年大きく増え軍事力がかなり増強されていることは確かである。しかしその真の実力は明らかになっていない。また中国政府が公表している軍事費に信頼性がなく、公表以上の軍事支出を行っているという観測も根強い。このように中国の軍事力が、かなりのものなのか、単なるハリボテの見かけ倒しなのかの判断が難しい。


    中国の軍事費は膨大である。しかしそれを上回る予算を中国政府は公安関係に使っている。これは中国共産党体制を覆す勢力を叩き潰すことが目的である。しかし同時にこれによって中国軍関係の情報が外国に流れることを阻んでいる。

    数カ月前、中国で300人もの人権派弁護士などが一斉に拘束されたことが話題になった。これらの者を通じて中国の情報(当然、軍事情報も含め)が外国に流れることを、中国政府が警戒したからという話が流れている。それほど中国は情報の管理に神経質になっているのである。このように情報が漏れない状況では、諜報力に長けた米国でさえも正確には中国軍の実力を把握できていないようである。そしてこの分かりにくさが中国の軍事的リスクをさらに大きくしている。


    今日、米国が一番知りたい情報は中国政府と中国軍との関係と筆者は思っている。もっと端的に言えば習近平主席がどこまで軍部を掌握しているかである。たしかに汚職摘発に見られるように習近平主席の力が増しているという話がある。しかし人民解放軍がどこまで習主席に忠誠を尽くすのか判断が難しいところである。

    毛沢東やトウ小平のような革命第一世代と違い、それ以降の中国の指導者の軍への影響力は怪しい。ましてや地方勤務が長かった習近平主席は、「ポッと出」の成り上り者と軍部から軽んじられている可能性がある。表向きは習政権に従っていてもいつ刃向かうか分らない。つまり面従腹背ということである。実際、発展途上国においては軍部によるクーデターは頻繁に起っている。


    たしかに習政権は軍部高官の汚職の追求も行っている。しかし訴追されている軍人は陸軍に片寄っている。最近も陸軍の定員削減を発表している。この辺りが今後の注目点であると筆者は見ている。

    ただ習主席が海軍や空軍を掌握しているかも怪しい。先月9月24日の習主席訪米の直前に中国軍機が米軍機に異常接近している。また中国海軍の艦船がオバマ大統領のアラスカ訪問中に、ベーリング海峡の米国領海を通過した。両方とも米国に対する挑発と受取られてもしょうがない。しかしこれらを習主席の指示で行ったとは考えにくいのである(もし習主席の指示によるものなら大事である)。むしろ米国への挑発と同時に習主席への牽制という風に捉えることができる。


    15/5/11(第843号)「中国との付合い方」で取上げたように、地政学者のミアシャイマー教授は「中国の強圧的な姿勢は、指導者の個性や性格というより国力の増大が原因」と指摘している。さらに教授は戦前の日本も同様だったと重要な指摘をしている。

    ところで戦前の日本の軍部は、中央政府の統制がよく効かなかった。満州国の関東軍は勝手に動き、若手将校は2.26事件というクーデターを起こした。一歩間違えれば、今日の中国でも似たことが起る可能性を筆者は否定できない。

    先月の米中首脳会談で、米国は中国に「サイバー攻撃」を止めるよう要求を突き付けている。しかし筆者は「サイバー攻撃中止要求」を首脳会談で取上げるなんて非常に奇妙だと思った。自国のシステムやデータの防護に関する事柄は、他国に申し入れるような性質のものでない。その国自らが対策を講じる他はないのである。どうも米国は人民解放軍が行っている「サイバー攻撃」を、習政権がどれだけ抑えられるか試しているのではないかと筆者は勘ぐる。とにかく統制の取れていない軍隊ほど危険なものはない


  • 「シェール革命」によって状況が一変

    二つ目の「米国の内向き指向への転換」も深刻なテーマである。湾岸戦争やアフガン・イラク戦争で米軍が見せた勇ましさは完全に消えている。米国は軍事費を削減し国際紛争への関わり方が急速に消極的になった。特に中東への関与には後ろ向きになっている。

    世界の警察官を辞めることは、オバマ大統領の考えであると同時に米国民の総意でもある。むしろ孤立主義は米国の昔からの伝統である。ただ米国が急速に内向き指向に転換したのはここ数年の話と筆者は考える。

    TPP交渉の合意に5年間も掛ったのも米国が内向き指向に転換したからと筆者は見ている。そのTPPも米議会で承認されるか不明である。当初、TPPは軍事的同盟の色彩が強く、TPPは米国で国防省・国務省マターであった。ところが具体的な交渉が始まると、いつの間にか米通商代表部に主導権が移り通常の通商交渉に変質した。


    第二次世界大戦後、数々の戦争に米国は関わってきた。しかしそれら全てに米国にとっては合理的な理由があった。まずソ連や中共といった共産主義国家との戦いであった。朝鮮戦争とベトナム戦争がその典型である。

    ソ連崩壊後の湾岸戦争以降の戦争は目的と戦場が変った。米国の関心は圧倒的に中東に移った。米国政治に影響力のある同盟国イスラエルの存在だけでは説明できないほどに米国は中東にのめり込んだ。「テロとの戦い」がうたい文句ではあったアフガン戦争も中東の安定が目的と考えて良い。


    欧州諸国の植民地であった中東に米国の関心が移った背景を考える必要がある。筆者はこれは「石油」しかないと考える。原油の輸入国に転じた米国にとって中東の安定は死活問題である(たしかに米国の中東産原油への依存度は小さいが世界中の石油市場は繋がっている)。湾岸戦争以降の戦争の表向きの理由はどうであれ、米国の隠されたもう一つの本心は石油の確保と筆者は見ている。

    資源小国の日本の人々の発想は「石油」がなければ省エネと代替エネルギーの開発である。実際、二度のオイルショック後、日本では省エネと原子力発電所の建設が進んだ。しかし日本人とは発想が異なり、米国人はあくまでも石油を追い求めて行くところがある。

    イラク戦争も大量破壊兵器を持つという噂のフセイン政権の打倒という話の裏に、低コストのイラク原油の確保という面があったと筆者は推察する。ちなみに08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」」で「ブッシュ大統領の選挙資金のかなりの部分はテキサスの石油業者から提供されている。チェイニー副大統領の前職は、大手石油掘削機メーカのハリバートンのCEOであった。またライス国務長官の前職は、石油メジャーのシェブロンの取締役である。」と指摘したように、当時のブッシュ政権にとって石油の存在は大きかったと筆者は理解している。このように米国政治はリアリズムで動いているのである。


    ところが「シェール革命」によって状況が一変したのである。石油の大輸入国であった米国が、あと数年で輸入国から脱却できる可能性が出てきた。シェールオイルの開発コストがどんどん下がっていて(中にはバーレル25ドルという産油井戸まである)、米国の輸入原油への依存度が急速に低下している。

    これによって米国の中東に対する関心は完全に薄れた。また中東への関心が薄れるだけでなく、世界の安全保障への態度も後ろ向きになっている。しかしこの米国の孤立主義への回帰は大きな流れである。

    南シナ海での中国による岩礁埋め立てに対しても、ほとんど有効な対策を講じていない。米国がこの問題でやったことは、GNNの取材陣を軍機に乗せ現場を撮影させたことと、米中首脳会談において「口」で文句を言っただけである。たしかに米国が中国が領土と主張する南シナ海の岩礁埋め地の領海内に軍艦を航行させるという話が出ている。しかし本当にこれを実行するのか、またそんなことで効果があるのか筆者も疑問に思っている。米国も随分と変ったものである。


    さすがに「米国の内向き指向への転換」があまりにも急速過ぎるという声が、米国内でも出ている。またこれまで中国にハト派だった政治家が、中国がおかしいと気付きタカ派的になったケースもある。つまり多少の揺り戻しが起っているのである。それにしても安倍政権の安保法制の改正による日米同盟強化の動きは、かろうじて間に合ったと筆者は思っている。



来週は、今週の続きを予定している。これで安保法制に関する話は一旦終了する。




15/10/5(第862号)「フォルクスワーゲンの排ガス不正問題」
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