- 安保法制に関する10年の流れ
安保関連法が成立した後、大騒ぎをした割には世の中の安保法制への関心は急速に萎んでいる。大半のマスコミが「国民の多くが反対している」と煽った安保法案であったが、一旦成立してしまうとほとんどのマスコミはこれを扱わなくなった。予想された事態とは言え、日本のマスコミ界の軽さと無責任さを再認識したしだいである。
しかし安保関連法が成立したこの機会に、安保法制のここ10年くらいの流れを筆者なりにまとめておこうと思う。筆者は、今回の安保法制改正への動きのスタートは2013年12月成立(13年10月閣議決定)した特定秘密保護法と見ている。ここから安倍政権が憲法改正などの安保法制の改正へ動くものと察知したマスコミは、この特定秘密保護法に対して異常な反対キャンペーンを行った。
もちろん民主党など野党も反対した。しかし政権に就いていた時代、民主党自身がこれ類した法律を制定しようとしたことを皆が忘れていた。海上保安庁職員の一色氏が独自の判断で、10年の尖閣諸島沖での中国漁船の海上保安庁船への体当たりの様子を映した映像をネットに公開した。これを問題にした民主党政権が公務員の守秘義務を強化する法律を制定しようとしたのである。
特定秘密保護法は案外すんなりと成立した。それはこれに先立つ同年13年7月の参議員選で自民党が勝って、衆参のねじれ現象が解消していたからである。一連の安保法制の改正を考える場合、この衆参のねじれ現象の解消が重要なポイントになる。07年7月の参議員選での自民党の大敗から事実上の衆参のねじれは6年間も続いた(ただし民主党政権発足からの1年間だけは、国民新党・社民党との連立でかろうじてねじれは解消していた)。
国会のねじれは、政権を弱体化させるだけでなく国力をも減衰させる。米国オバマ政権の弱体化も議会とのねじれが大きく影響している。特に日本で衆参がねじれている間は、安保法制など与野党で対立するような法案の成立はほぼ絶望的であった。
しかしここ10年の間に、日本周辺の安全保障環境は大きく悪化している。まず北朝鮮の核開発への執着は止むことがない。また軍事費の異常な増大や国際常識に反する一方的な防空識別圏の設定など、中国の軍拡路線が日本周辺の安全保障を脅かしている。
さらに米国の軍事的存在の後退が顕著である。オバマ大統領は「もう米国は世界の警察官ではない」と宣言しているくらいである。そもそもオバマは米軍のイラクやアフガニスタンからの米軍撤退を公約に大統領になった人物である。また米国は財政問題を理由に軍事費を真っ先に削り、シリアやウクライナでは及び腰の対応に終始している。このように日本の同盟国である米国が急に頼りなくなっているのである。
ところが日本は、この10年間、周辺の軍事的脅威の増大に対抗する安全保障対策をほとんど実施してこなかった。もちろん防衛予算も増えていない。もっとも実施したくとも「衆参のねじれ」の元ではほぼ不可能であった。第二次安倍政権が発足し、さらに「衆参のねじれ」が解消したからこそこれが可能になったのである。
しかし当初の安倍政権は、間違った方向を目指していたと筆者は思った。まず安倍政権が勢いに乗って憲法改正に向かっていたと見られる。安倍総理自身も憲法96条(憲法改正手続)の改正にこだわっていたきらいがある。しかし14年7月に「集団的自衛権を認めた安保法制の改正」が閣議決定がなされるなど軌道は修正された。つまり憲法改正ではなく、憲法解釈の変更で行くといった現実路線に方向を転換したのである。これが今回うまく安保関連法を成立させることができたもう一つのポイントと筆者は考える。安保法案は与党内でかなりの時間をかけ調整されたが、ようやくこれが今年の5月に閣議決定された。国会の勢力を考えると、この時点で安保関連法はほぼ成立したと言える。
- 日本の「普通の人々」
安保法制改正に対する日本のマスコミの対応が非常に奇妙であったと筆者は思う。特に毎日新聞などの左翼系新聞やTBSの左翼系テレビ番組が異常であった。しかし前段で述べたように、この動きは2年前の特定秘密保護法制定前から始まったと筆者は見る。
たしかにこれらは左翼系メディアなのだから、一連の安保法案に反対するのは当たり前である。しかしその反対の仕方に、日本国民全体、あるいは一般大衆を巻込み大騒動を誘おうとする意図がはっきりと見てとれた。つまり左翼系メディアが国中を騒乱状態に持って行き、これに続く安保法案を潰そうとしていると筆者は感じた。要するにこれらのメディアは60年安保、70年安保での騒乱みたいなものを期待していたと筆者は思った。
日本のメディアは、国会周辺に大勢の安保法案に抗議する人々が大勢集っていると連日報道していた。しかも集るのは普通の人々が多いと強調していた。ところが集っているのは、普通ではなくどう見ても特殊な層の人々である。実際、ある民放テレビ局が行ったアンケート調査では、国会周辺に集った人々は日本共産党の支持者が44%など大半が党派色の強い人々ばかりであった。おそらくいわゆる普通の人々と言えるのは2〜3割程度に過ぎないと筆者は見ている。
また主催者が公表する抗議に集った人数がデタラメであった。8月30日の日曜日に集った人数がピークであり、主催者側はこれを12万人と公表している。しかし警察は3万2千人と発表している。もちろん警察発表の方が正しい(報道機関の中にはもっと少なく3万人程度としているところもあった)。これだけの「サバ」を読んでいるところを見ても、主催者の誠実さが疑われる。
しかし国民を煽っていたのは左翼系メディアだけではない。日テレ系の昼のワイドショーの女性レポーターなども、毎回、国会周辺に抗議で集っているのは若者や普通の人々が多いことを強調していた。あたかもテレビを観ている人々も、直に国会に来て抗議運動に加わるべきといった語り口のレポートを連日行っていたのである。
要するに冷静な議論や分析をするのではなく、日本のメディア全体に世の中を煽ろうという体質が染付いているのである。世間を煽り、とにかく騒ぎが大きくなることが日本のメディアの目論みであった(おそらくこれが彼等の利益に繋がるのであろう)。しかし左翼系メディアが期待したと思われる60年安保、70年安保のような騒乱は全く起らなかった。筆者も肩透かしをくらうほど、今回の反対運動はショボかった。
左翼系メディアの唯一の拠り所は「世論調査の結果は国民の大多数が安保法案に反対」であった。また「政府の説明が十分と答えた者が12〜3%」であり、またこの数字が一向に上がらなかった。あたかも日本国民が、左翼系メディアや野党と一緒に安保法案に反対しているといった印象を与えるのがこれらの世論調査の結果である。
しかし安保法制に関してはいつものことであり、国民が真剣に安保法案に反対しているわけではない。15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」で述べたように、日本国民は憲法改正(安保法制改正を含め)には抵抗を感じるが、防衛力の強化は必要と感じている。ほとんどの日本国民は、憲法違反と見られるはずの自衛隊や日米安保条約に反対するのではなく、逆に賛成しているのである(特に近年、周辺国からの軍事的脅威が増す中で自衛隊と日米安保の支持率が極限まで高まっている)。この矛盾する国民の心理を理解する必要がある。筆者は「ある意味で日本国民は非常に賢いのである・・憲法学者はバカであるが、かなりの日本国民はちょっとズルイ」と結論付けた。
安保法制に関する日本国民の心理は複雑であり、マスコミの間抜けな世論調査では正しく把握できないと筆者は思っている。また例えを使っての説明も難しい。敢て例えるなら、日本の防衛政策や自衛隊はゴミ焼却施設などの不快施設の建設とちょっと似ている(自衛隊をゴミ焼却施設に例えるなんてと抗議を受けそうであるが許してもらいたい・・他に良い例えが見つからない)。
人々はゴミ焼却施設は必要と考えている。しかし自分が住む所の近くに建設されることには反対するのである。多くの日本国民は、防衛力の整備は必要と考えこれに賛成するが、これで自分達に損害を被ることがあれば拒否したいのである。言い方を変えれば安保法制の整備は必要と思っているが、自分達は巻込まれたくないといったところが平均的な日本人の心情であろう。安保法制の整備はむしろ抑止になると安倍政権は説明するが、これの理解がもう一つ難しかったと筆者は考える。
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