経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/9/7(859号)
中国の為替戦略の行き詰り

  • 中国の為替戦略

    中国の経済発展の原動力は、明らかに工業製品輸出の大きな伸長である。そしてそれを可能にしたのが、信じられない程の人民元の切下であった。10年前、本誌は05/8/1(第400号)「中国の為替戦略」で、人民元の推移を示した。それを今日まで引き伸ばしたのが次の表である。

    人民元の対米ドルの為替レートの推移
    為替レート為替レート為替レート為替レート為替レート為替レート
    811.71873.72935.76998.28058.19116.33
    821.89883.72948.62008.28067.98126.31
    831.98893.77958.35018.28077.61136.20
    842.32904.78968.31028.28086.95146.14
    852.94915.32978.29038.28096.83156.13
    863.45925.51988.28048.28106.77  

    昔、1人民元=1米ドルだったものを、中国はピーク時の94年に8.62人民元まで切下げた。しかし中国の貿易黒字が大きくなり国際的な批難もポツポツ出るようになり、中国は人民元を多少切上げた。

    しかし切上げたと言っても8.28人民元までであり、しかも貿易黒字が増えているにも拘わらずこの水準を7〜8年間も維持したのである。ここまで人民元を切下げたため、国際比較で中国の人件費は途方もなく安くなり、中国製品の競争力は抜群に強くなった。


    率直に言って、当初、日本は中国製品の競争力を見くびっていた。しかし2000年代に入り、ネギ、しいたけ、そしてい草など、農産物の中国からの輸入が急増し、あわててセーフガードを発動した。このような中国からの輸入急増が、いずれ工業製品にも及ぶことを筆者は危惧した。

    14年前、本誌は01/5/28(第209号)「中国との通商問題」で、中国の輸出競争力が強まった原因を、購買力平価よりずっと安く人民元を設定しそのまま米ドルにペッグしていることと指摘した。これを含め上表で人民元の推移を見ると、中国の為替戦略がよく分る。


    まず80年代から振返ると中国の主なライバルは、同じ発展途上国の東南アジア諸国であった。人件費が安いアジア諸国に先進国から資金と技術(つまり外資)が流入し、この地域は経済成長を開始した(日本の高度経済成長の大半は、外資ではなく国内資金で賄った)。中国も開放・改革政策で同様に経済成長を続けていた。

    ところが89年に天安門事件が起り、中国は国際的な経済制裁を受けた。これ以降、資金と技術(外資)は中国を避けもっぱら東南アジア諸国に流れたため、当時は東南アジアの方が中国より順調に経済発展を遂げていた。これは89年から96年前後までの話である。経済制裁が緩められにつれ、中国が打出したのが思い切った人民元安政策であった。


    中国政府は外資を中国に向かわせる為替水準を模索し、人民元を徐々に切下げて行った。購買力平価を大きく下回る94年の1米ドル=8.62人民元辺りがその答えであった。さすがにそこまで人民元を切下げると中国人の人件費はタダ同然となり、先進国は生産拠点をこぞって中国に移転した(ナイキ、ウォールマート、ユニクロなど)。中国の外資を誘うセリフも「人件費がタダ同然の中国に進出しませんか」であった。

    この結果、中国の輸出競争力は飛躍的に強化され、毎年、膨大な貿易黒字を記録した。97年のアジア金融危機でも経常収支黒字国の中国は無傷であった(同様に影響が小さかったのは、経常収支黒字国の日本と台湾だけであった・・韓国は沈没した)。当時、中国が「アジア危機でも人民元は切下げない」と宣言したことを、大人の対応と誉めたたえる間抜けな論評が日本のマスコミ(日経新聞など)によく載った。しかし既に中国は異常な人民元の切下を行っていたのである。むしろアジアの金融危機の背景には、常軌を逸した人民元の切下があったと筆者は思っている。

    国際的な批難にも拘わらず、長い間、中国は1米ドル=8.28人民元の水準を頑に守った。外圧(米国などの)によって、やっと躊躇しながらもわずかな人民元高を容認したのが05年であった。そしてリーマンショック後の10〜11年から、はっきりと人民元高傾向が定着した。そして先週号で取上げたようにこの人民元高容認は、むしろ投機性を帯びた大量の外資の流入を招き、これが中国の不動産バブルに拍車をかけた。ところが、今日、不動産・株のバブル崩壊に伴い、逆に外資が一斉に逃げ出しているのである(外資が逃げることによってバブル崩壊が加速したとも言えるが)。


  • 習主席の「中華民族の偉大な復興」

    「中国」はこう考えているという話をよく聞く。しかしこの場合の「中国」とは誰を指すのか分らない場合が多い。それでも曖昧なまま「中国」と言っているので、説得力のない議論になってしまう。まさに「群盲象をなでる」状態である。

    しかし「中国」の人民元相場に対するポリシーだけははっきりしていた。「中国」の絶対的な基本方針は人民元安の継続である。この場合の「中国」とは、まさに共産党や政府など中国上層部全体を指す。この人民元安への執着は一種の信仰となっていた。実際、第一の中国経済発展の原動力はこの異常な人民元安であった。ちなみに中国の経済発展の原動力にはもう一つあるが、ここではそれに触れない(本誌の古くからの読者ならなんとなく分ると思われる)。


    これには大事な教訓がある。中国は、日本経済の推移と盛衰をよく研究している。日本経済がおかしくなったきっかけを1985年のプラザ合意以降の円高と、中国は強く思い込んでいる(日本の場合、財政再建派の台頭など実際はもっと複雑であるが)。たしかにこれ以降、日本経済はバブル経済を経て長期低迷に入ったことは事実である。したがって米国などの圧力に屈して人民元を高くすることは、絶対に避けるのが中国ではコンセンサスになっていた。

    たしかに国際的な批難によって05年から人民元高を容認した。しかし実際の人民元高への歩みは遅々たるものであった。あれだけ膨大な貿易黒字を続けながらも、何年もかけ1米ドル=8.28人民元からようやく6人民元台までしか人民元高は進んでいない。これも人民元高に対する中国の根強い抵抗感があったからと言える。


    ところがここに習近平という異質の指導者が13年に登場したのである。これまでの中国上層部が人民元安にこだわって来たのに対し、習主席個人は人民元高を容認しているフシがある。どうも人民元高によって中国のGDPを大きく見せたがっていると感じられるのである。「中華民族の偉大な復興」を唱える習主席にとって、中国が何としても名目GDPで米国を追越すことが悲願になっているのであろう。これも習近平という人物が地方勤務が長く、中央の指導層の文化(人民元は安い方が良いという認識)に馴染んでいないからという見方ができる。

    中国全体のもう一つのこだわりが「人民元のSDR採用」であり、これを目的に先月人民元切下げを行った(先週号で取上げた香港オフショア市場の人民元相場との調整)。しかし習主席の夢である「中華民族の偉大な復興」を実現するための「人民元のSDR採用」と「人民元高によるGDPのかさ上げ」は、今日、明らかに矛盾する政策になっている(前者は人民元安であり後者は人民元高である)。

    つまり中国の為替戦略は完全に行き詰っている。特に「人民元のSDR採用」のために人民元切下げを実施したところ、急激な資金流出を招くという「おまけ」まで付いた。いずれにしても色々な面で、時代錯誤の「中華民族の偉大な復興」なんかに執着しているなら、そのうち中国は大きな墓穴を掘ると筆者は思っている。


    先週号で「上海の株価の下落は、一応止まったように見られるがまだ2〜3割程度は下がる可能性がある」と述べたが、この根拠を説明する。100銘柄以上の株式が上海株式市場と香港株式市場の両方に上場している。ところが同じ銘柄なのに香港市場の株価の方が、上海市場より2割くらい安いのである。いずれこの差異は調整されるものと考えられる。

    調整方法としては、上海の株価が下落するか、香港の株価が上昇するかということになる。どうも上海の株価が下落する可能性の方が大きいと筆者は見ている。ところが調整で上海の株価が下がると、さらに香港の株価の方も一段と下がりそうである。

    昨年、上海総合株価指数は、2,000ポイントでスタートし異常な上昇を示した。本来、中国の不動産バブル崩壊に伴い株価は下落すべきところであったが、逆に急上昇したのである(今年6月の5,166ポイントがピーク)。原因は不動産市場から逃げた資金が株式市場に流れたからである。さらに当局が高株価政策を採ったため、完全に株式市場はバブル化した。しかし株価のバブルが崩壊した以上、元の水準の株価に戻るのが自然と見られる。「中華民族の偉大な復興」なんかに執着し当局が株価を支えれば、調整に余計な時間が掛かるだけと筆者は考える。



来週は、今週の続きであり、中国経済の混乱をもっと詳細に見る。




15/8/31(第858号)「唐突な人民元の切下」
15/8/24(第857号)「改めてメガ・フロートを提案」
15/8/10(第856号)「鰯の頭も信心から」
15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインパクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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