経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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夏休みにつき来週号は休刊 次回号は8月24日を予定

15/8/10(856号)
鰯の頭も信心から

  • 理想的な憲法は簡素なもの

    先週号の本文で永世中立国スイスが国連に加盟していないと述べたが、これは筆者の勘違いであり、2002年9月、とうとうスイスは国連加盟を果した。以前の国民投票では圧倒的多数の反対で加盟が否決されていた。加盟推進派の努力が実を結んだことになり、この背景にはソ連崩壊による東西冷戦の終結があった。

    しかしスイスは個別的自衛にこだわっていて、NATOへの加盟までは考えないであろう。ただ自国だけによる防衛なので、スイスは徴兵制という負担を国民に課している。ちなみに欧州にはスイス以外にもNATOに参加していない国がいくつかあり、そのほとんどの国が徴兵制を敷いている。

    つまり個別的自衛権にこだわれば、国民の軍事的負担は大きくなる。逆に他国との同盟関係を強化するほど軍事費は少なくて済む。考えてみれば当たり前のことである。実際、日本も日米安保によって、少なくともこれまでは軍事的負担を抑えて来れたのである。驚くことに日本の国会では野党が全く逆のことを言っている。


    さて今週号は、15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」から始めた安保法制の改正と憲法(憲法学者のことを含む)の話のまとめである(法案成立後にまた取上げるが)。まず本誌は、先進国の中で憲法の捉え方が異常な国は日本だけと指摘してきた。まず英米のような憲法を軽く捉え、むしろ判例の積み重ねを重視する国がある(特に英国は憲法を持たない)。

    これに対して、ドイツやフランスのように憲法を重視する大陸派(成文主義)の国がある。大陸派の国は憲法を重視するゆえ、現実社会や状況の変化に対応するため頻繁に憲法を改正している。ドイツは戦後59回も憲法改正を行っている。しかし筆者は、それほど改正をするのなら憲法はいらないという感想を持っている。

    日本の憲法学者や護憲派が異常なのは、憲法重視して「立憲主義」「安保法案は違憲」と騒ぐが(一見、大陸派の成文主義を装っている)、現行憲法の改正には絶対反対を唱えていることである。憲法学者の実に94.3%が改正に反対している(朝日のアンケート調査)。


    ところで各種のアンケート調査でも9条を含む憲法改正への国民の賛成比率は低く30%程度である。したがって議会勢力の関係だけでなく国民の意識を考えると、事実上、憲法改正は不可能である。このことを前提に安保法制を考える必要がある。

    ところがほとんどの日本国民は、憲法違反と見られるはずの自衛隊や日米安保条約に反対するのではなく、逆に賛成している(しかもこれらの賛成比率は年々大きくなっている)。この一見すると矛盾している国民の心理を理解することが重要である。どうも日本国民は憲法改正には抵抗を感じるが、防衛力の強化は必要と感じていると筆者は考える(ある意味で日本国民は非常に賢いのである・・憲法学者はバカであるが、かなりの日本国民はちょっとズルイ)。

    また砂川判決に見られるように司法(最高裁)も、日本の自衛権を合憲としている(もちろん自衛隊や日米安保を合憲と認めている)。つまり日本の行政と司法は事実上の憲法解釈の変更を行って、これらの矛盾の解消を図って来たと言える。今回の安保法案は、その憲法解釈を明確にして(これを解釈の変更と捉える人々がいるが)、日本の安全保障体制を強化しようとするものである。


    筆者はそもそも憲法なんていらないと思っている。しかしどうしても憲法を制定すると言うのなら、全国民が賛同するものであることが条件と考える。さすがに全ての国民ということは無理なので、ほとんどの人々が賛成することが憲法の最低必要条件となる。しかし同じ日本国民であっても価値観や認識などは大きく異なる。

    したがって憲法に盛り込める条項は本当に限られ、ほとんどの人々が認める常識や慣習だけになると考える。つまりほとんどの国民が賛同する理想的な憲法は極めて簡素なものにならざるを得ないと筆者は思っている。しかも表現は抽象的なものになるであろう。しかしそれならわざわざ憲法なんて制定する必要はないという考えが成立つ。敢て憲法を制定しない英国のやり方は、一つの見識を示していると筆者は思っている。


  • 憲法学者が触れたがらない事実

    世界中を見渡しても理想的な憲法を持つ国はほとんど皆無と筆者は見ている。ほとんどの国は、国が独立して精神的高揚がある時や、革命のどさくさに紛れて憲法を制定している。したがって本当に今日の国民が自国の憲法に賛同しているのか不明である。そして重要なのは、ほとんどの場合憲法は時の権力者が制定することである。したがって権力を握った者にとって都合良く作るのが普通である。日本では、大日本帝国憲法(明治憲法)は藩閥政治家にとって都合良く、また現行憲法はGHQの占領政策を遂行するためにそれぞれ制定された。

    理想的な憲法は本当に難しく、時代や状況が変ってドイツやフランスのようにこまめな改正に迫られることがある。つまり一旦、理想的な憲法を制定すれば、未来永劫、自動的に理想的な政治が行われるということはない。それどころか発展途上国の中には、反対勢力の政治的な台頭を邪魔するために憲法を使っている国さえある。

    ドイツのワイマール憲法は理想的な憲法と言われた。しかしこのワイマール憲法下でナチスは台頭したのである。このように憲法が理想的であっても、決して理想の政治を保証するものではない。常に憲法というものは理想的であり、正義であると言っている日本の護憲派・憲法学者は実に怪しい存在である。


    筆者は、日本の護憲派・憲法学者にいくつかの疑問を呈したい。一つはよく言われていることであるが、現行憲法が制定された時に国会で決議はなされたが、国民投票は実施されていないという事実である。しかし憲法96条で、憲法の改正は、両院の三分の二以上の賛成によって発議されることに加え、国民の過半数の賛成が必要とされる。このように改正が国民投票というハードルが課されているのに、新憲法の制定時には肝腎の国民投票が実施されていない。これは本当にバカげたことである。つまり現行憲法は憲法違反の憲法と言える。

    しかし卑怯者の護憲派・憲法学者は、決してこの事実に触れようとしない。これで日本の憲法学者を信用しろと言っても無理である。理想的だとか正統性があると言っても、現行憲法は必要な手続きを経て制定されたものではないと国民は気付くべきである。

    たった一行の憲法条文の改正でさえ国民投票を課しておきながら、全憲法の制定に国民投票を省くなんて考えられないことである。これに疑問を持たないないなんて、憲法学者だけでなく、政治家やマスコミ、そして日本国民もどうかしている。ちなみに憲法改正の手続きを定めた国民投票法は、やっと2007年の第一次安倍政権の時に成立した(どうしたことか民主党はこれに反対している)。


    もう一つの筆者の疑問は、現行憲法がGHQの押付けたものででありながら、護憲派・憲法学者が日本国民が自ら制定したような作り話をしていることである。たしかに敗戦の直後であり、国民の間には軍部や戦前の体制への反感があり、むしろ進駐軍を解放者と歓迎する者もいた。したがってその雰囲気の中で新憲法を歓迎した者もいた。しかしそれと戦勝国による新憲法の押付けは別問題である。

    戦勝国の敗戦国への憲法押付けは国際法違反である。日本の現行憲法は、明らかに戦勝国である米国の押付けである。米国も国際法違反であることを自覚していた。しかし日本の憲法学者はこれにも一切触れようとはしない。


    筆者のような門外漢が憲法について触れると、必ず「何を素人が」「専門外に口を出すな」と批難の声が起る。しかし素人の意見や感覚の方が物事の本質を突いていることがある。筆者は日本の護憲派・憲法学者を日本国憲法教という新興宗教の信者と認識している。教典の日本国憲法の元は、GHQがたった一週間で作った日本国憲法の原案である。しかし日本国憲法教の信者にとって教典は絶対である。

    「鰯の頭も信心から」という言葉がある。筆者は、その日本国憲法をまさに「鰯の頭」と指摘してきたのである。日本国憲法教の信者はこれに憤慨するであろうが、「鰯の頭」は所詮「鰯の頭」である。筆者が憲法の素人だからこそ、これを言い切ることができる。



夏休みにつき来週号は休刊で、次回号は8月24日を予定している。

憲法と憲法学者について、筆者は言いたいことの半分も言っていない。全ては安保法案が成立してからである。

日本は暑い日々が続いている。5年後のこの暑い時期に日本でオリンピックを開くことになっている。たしかにオリンピックは、8月の開催を前提に招致したことになっている。どうも8月のオリンピック開催は、米国のメジャースポーツの開催に重ならないことが主な理由になっているという話である。しかし北半球のほとんどの国は8月がオリンピック開催に適しているか疑問である(欧州の一部は涼しいのでかまわないであろうが)。それにしても日本の8月は絶対にオリンピックに向いていない。まだ5年もあるのだから、最低でも一ヶ月は開催を後にするよう、IOCや関係各国と交渉すべきである。米国もメジャースポーツのイベントを少しぐらいずらしても良いのではないか。




15/8/3(第855号)「個別的自衛権だけなら国連からは脱退」
15/7/27(第854号)「時代に取残された人々」
15/7/20(第853号)「宮沢俊義という変節漢」
15/7/13(第852号)「「緊縮財政路線」はジリ貧路線」
15/7/6(第851号)「議論のすり替えとデマ」
15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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