経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/7/6(851号)
議論のすり替えとデマ

  • 「立憲主義」という言葉は「死語」

    ろくでもない日本の憲法学者は議論のすり替えを行っている。ただ彼等の言うことがいつも非科学的で非論理的なため、これが分かりにくいだけである。ところが一般の人々は、憲法学者を「最高法令である憲法を研究する雲の上の存在」と勘違いしているため、彼等の言うことを疑うことなく受入れてきた(情けないことに自民党の中にも護憲派憲法学者を信奉している者がいる)。憲法学者は、これを良いことに威張り散らかしている。また護憲派・左翼は、彼等ををおだてて利用している。

    典型的な議論のすり替えが先週号で少し触れた「立憲主義」である。憲法学者はこれを憲法を逸脱すると政府(つまり安倍政権)の動きを牽制する言葉として使っている。だから先々週号15/6/22(第849号)「憲法は不要」で指摘したように「護憲論者は、今の安倍政権の暴走を止めるのが日本国憲法」だと胸を張り、むしろ「日本国民を守ることを邪魔し、中国軍の暴走を助長している」のが日本の護憲派といった妙なことになる。


    そもそも「立憲主義」は、先週号で述べたように本来「王権と民権の緊張関係から生まれた言葉」であり、「国王(君主)の自分勝手な振舞いを牽制する議会と王との間の取決めが憲法」のはずだ。つまり選挙で選出された政治家が選んだ首相(端的に言えば選挙を経て選ばれた首相)と絶対不可侵の国王(君主)を、同列に置くといった誤魔化しを日本の憲法学者が行っている。つまり安倍総理と国王(君主)と同じ立場と言い張っているのが憲法学者である。世襲を含め絶対的な地位にあるのが国王(君主)であるのに対し、次の選挙で負ければ失脚するのが日本の首相である。詐欺師の日本の憲法学者は両者を意図的に混同している。

    「立憲主義」で大いに悩んでおられたのが昭和天皇である。天皇は立憲君主制を定めた明治憲法を極力遵守することに徹しておられ、ご自分の言動が政治に影響を与えないよう用心されていた。明治憲法では「天皇は、内閣の輔弼(ほひつ)、つまり助言を受け統治権を行使する」ことになっていた。つまり明治憲法のように天皇の権限を制限することが、本来の「立憲主義」のはずである。

    戦後、天皇は日本は名実とも日本の象徴となられたのであるから、既に「立憲主義」という言葉は不要、つまりまさに「死語」となった。この「立憲主義」を選挙で国民から選ばれた安倍総理や安倍政権に対して使うとは、憲法学者の誤魔化し以外のなにものでもない。


    安倍政権は、政府提出の安保法案を「合憲の範囲内」としている。これに対して憲法学者や野党は違憲と断じている。しかし憲法学者と野党の間にも大きな溝がある。野党は、集団的自衛権は違憲と言っているが、個別的自衛権は認めている。ところが学者の中でも声が大きい護憲派・左翼系の憲法学者は、集団的自衛権だけでなく個別的自衛権も違憲とし、自衛隊も認めていない。実現不可能な憲法改正を先にすべきと訴えている憲法学者も自衛隊を認めない立場である。しかし商売に影響するのか、憲法学者達はこの点を明らかにしない(どこまでの自衛権を認めるのか)。

    一方、与党と野党の自衛権に対する考えはあまり違わないと筆者は見ている。民主党も政権の座に就いていたのだから、まず個別的自衛権や自衛隊を認めないということは有り得ない。さらに民主党は政権時代に日米安保条約を認めてきたのだから、集団的自衛権を全面的に否定することはできないと筆者は認識している。というのは日米安保条約が不完全ではあるが集団的自衛権そのものである(これについては後ほどまた述べる)。

    つまり与野党の間の論点は、集団的自衛権の容認する範囲や取り扱いに尽きるはずであった。ところが今日の民主党は党内左派が主導権を握ったため、この点が曖昧になった(よく質問に立つ辻本清美氏は自衛権そのものも否定している可能性がある)。しかしこの点を明らかにすると民主党が分裂する可能性が出てくる。だから民主党は論点をはぐらかした質問ばかり行っている。


    安倍政権は、集団的自衛権を限定的に容認する立場を明確にしている。しかし野党は自分達の考えをはっきりさせないまま国会に臨んでいる。これによって国会審議が分かりにくくなった。さらに頭のおかしい憲法学者の乱入や自民党議員の無防備な言動があって混乱を大きくしている。


  • 護憲派・左翼のデマ

    先週号で「左翼というものはどの時代でも自分達の非力を自覚している。しかしその分プロパガンダに長けているのが左翼である」と述べた。プロパガンダに使われるのが「デマ」である。民主党の左派や護憲派・左翼は、安保法案を「戦争法案」とか「徴兵制への一歩」といったデマを飛ばしている。

    しかし同様のデマは、昔の左翼全盛期にも頻繁にで飛び交っていた。もっとも言っている方もデマと認識している。このようなデマは受け流すのが一番である。デマにムキになれば相手の術中に嵌ることになる。


    与党は、世論調査における安保法案の賛成比率が低いことを気にしている。たしかに「今国会での成立に賛成」はメディアによって25〜30%程度である。しかし憲法に関わる安全保障関連の法案改正は、いつも国民の賛成比率が低い。例えば憲法第9条含みの憲法改正に賛同する者も30%程度である(だから憲法改正は不可能と筆者はずっと指摘)。また今回の安保法案に対する政府の説明が十分かという問いに対しては、「十分」が10%程度と一段と低くなる。

    しかし筆者は、これは毎度のことで与党はあまり気にする必要はないと思っている。これを新聞が悪いからと言っている政治家がいるが、とんだ勘違いである(新聞は既に色分けされている)。また政府が安保法案についてどれだけ丁寧に説明しても、これらの数字はほとんど上がらないと筆者は見ている。むしろ筆者は、安保法制一般の改正に対する支持率が、なぜいつも低いのか興味がある(PKO法案の時もそうであった・・ちなみに小泉純一郎氏は自民党議員でありながらただ一人反対した法案)。これは筆者にとっても興味深いテーマであり、そのうち取上げるつもりである。


    このような国民の賛同が少ない法案を成立させて良いのかという声がある。しかしこの種の法案を通しても、次の総選挙で与党が負けることがないのがこれまでの経験である。例えば60年の安保改正では歴史的な反対運動が起ったが、強行採決で自民党がこれを強引に通した。岸内閣が総辞職し、池田首相に代わったわずか半年後の総選挙では自民党が大勝した。70年安保の後も同様である。つまり大多数の国民は、おそらく安保法制の改正を内心では必要ということを薄々分っていると筆者は見ている。

    つまり与党は、余計なことをせず、このまま安保法案を通せば良いのである。国民への説明に「漫画のパンフレット」でも作って配布するというアイディアがあるが、それこそ逆効果である。また国民の理解が進まないからと、万が一にも法案成立を断念するようだとむしろ最悪である。だいたい60年安保で国会議事堂を取巻いた大勢の学生も、安保改正の中味をほとんど知らなかった(むしろ日本にとって有利な改正であったのに)。つまり政府の説明が「十分」という回答が10%程度という話も過度に心配する必要はない。


    護憲派・左翼のデマの話をもう一つ。彼等は、集団自衛権を認めれば、日本は米国が勝手に起こした戦争に無理矢理参戦させられるというデマを流している。しかし米国に基地を提供し、さらに日米安保条約を越え基地経費の一部を負担(おもいやり予算)しているほどなのだから、日本は既に集団的自衛権にどっぷり漬かっている。特に今のおもいやり予算額(1,800億円余り)は、民主党政権(菅政権)が5年間現状維持で米国と確約したものである。つまり今さら個別的自衛権は認めるが、集団的自衛権は認めないなんて絶対に有り得ない話である。

    また護憲派・左翼は、集団自衛権を認めれば、米国が起こす戦争、例えばベトナム戦争に韓国が参戦せざるを得なかったように、日本が引込まれるというもっともらしいデマを流している。しかし韓国のベトナム戦争参戦は、米国が引込んだのではなく、韓国が自ら参戦を申請したものである。ところがケネディ大統領は、韓国の参戦申請を何回も却下している。当時の韓国の朴政権がクーデターで生まれたものであったため、大統領が不信感を持っていたからである。ケネディ大統領が暗殺され、ジョンソン大統領に代わりようやく韓国のベトナム参戦は認められた。

    韓国がベトナム戦争参戦を切望した主な理由は、「外貨の獲得」と「米国の移民枠の確保」であった。実際、韓国はベトナム参戦で莫大な米ドルを得た。韓国は、経済発展に成功したのは日韓基本条約締結による賠償金(日本は韓国と戦争していないのに賠償金とは奇妙であるが)ではなく、このベトナム戦争参戦による外貨収入であったとしている。実際、ベトナム参戦で韓国は日本の賠償金の何倍かの外貨を得た。しかし日本は、資金だけでなく技術協力(製鉄所建設など)を行ってきた。韓国は、このような点を全て無視した言動を繰返している。とにかく集団自衛権を認めれば、米国が勝手に起こした戦争に巻込まれるという話はデマである。



憲法と安保法案の話をこのまま続けたいところであるが、ギリシャ状勢が切迫し中国株の暴落が続いている。来週は、とりあえずギリシャのユーロ離脱・残留の話をテーマにする。




15/6/29(第850号)「安倍政権に対する提言」
15/6/22(第849号)「憲法は不要」
15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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