経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




15/6/22(849号)
憲法は不要

  • 科学性がない憲法と憲法学者

    あくまでも筆者個人の見方ではあるが、無駄でつまらないと思った大学の授業は、「政治学」と「憲法(学)」であった。まず「政治学」は、その意味と意義が全く不明である。政治学者という人々がいるが、一体何を研究しているのかと思っている。ある若手の政治学の国立大教授は(この学者の学問的業績は不明で、なぜ若くして教授になれたのか全く分らない)、昔からよくテレビの討論番組に出演して意見を述べている。しかし話はいつも陳腐で昔の左翼学生とほとんど変らない。今日、この学者は野党の顧問になっている。

    「憲法(学)」はもっと酷い。受講する学生のほとんどは、日本国憲法の成立ちがデタラメということを薄々知っている。しかし講議を行う教授は一切そのことに触れず、講議の内容はほとんどが条文のつまらない解説であった。


    大学の教科は、主に人文科学、社会科学、自然科学の三つの分野に分類される。前者の二つが文科系、自然科学を理科系と分ける場合もある。自然科学(理科系)は科学性が重んじられ、研究成果や学者の業績の基準がはっきりしている。

    一方、哲学、文学、歴史学などの人文科学は、科学と言っても科学性にはさほど重きを置いていない。ただ受講する学生の方もそれを承知している。ただ近年、人文科学でも考古学などのように、自然科学の力を借りて発展している分野もある。


    問題なのが経済学などの社会科学である。特に科学性を標榜しているはずの理論経済学(特に日本の)の実態はメチャクチャである。直近でもほとんどの経済学者は消費税増税の影響は軽微と言って大間違いを犯した。また財政赤字が原因で、金利は高騰しハイパーインフレが起るという大嘘をずっと付き続けている。科学性なんて何もないのが現在の日本の理論経済学の世界である。

    社会科学の分野で同様に科学性に大きな疑問があるのが、冒頭の政治学と憲法学(法学の一部)である。人間や組織の行動を科学的に分析するのが社会科学のはずであるが、これらは単に科学を装っているだけである。そこで今週は日本の憲法学と憲法学者について、第9条を中心にもう少し話を進める。


    先週号で日本国憲法の成立過程がデタラメであったと述べた。しかしこの憲法は占領政策の終了するまでという位置付けであり、あくまでも暫定的なものと米側は認識していた。実際、日本に戦力の放棄を新憲法で迫りながら、わずか数年後には日本に防衛軍(警察予備隊や自衛隊)の創設を強要している。この時点で第9条は無効となった考えるのが自然である。

    日本も改憲を試みたが、政治状勢と日本国憲法に規定する改憲の条件(憲法96条)のハードルが高いため断念してきた。政治的にも改憲に反対する左派勢力(いわゆる護憲派)が強く改憲は容易ではなかったのである。また第二次世界大戦の敗北で国民の間にも戦争はこりごりという雰囲気があった。


    護憲派の政治勢力には日本社会党と日本共産党の二つがある。ところが共産党は新憲法草案採択の採決で反対したのである(このことはほとんど知られていない)。理由は二つある。一つは天皇条項が主権在民と矛盾するということであり、もう一つは何と他国の侵害から国を守る権利を持つことが明記されていないことであった。つまり驚く事に共産党は戦争放棄の第9条に反対していたのである(つまり再軍備を容認)。ところがその後、突然、護憲政党に変身したのである(理由は共産党に聞いてもらう他はない)。

    社会党の非武装中立という護憲論は極めてよこしまであった。これは06/10/30(第457号)「筆者の国防・防衛論」で述べたように、裏にソ連による日本占領というとんでもないシナリオがあった。ソ連軍の侵攻によって日本を社会主義化・共産主義化してもらおうと画策したのである(実際、東欧諸国はこのパターンで社会主義化)。これに邪魔なのが日米安保と自衛隊という認識である。非武装中立と平和憲法は言葉として美しいが、実態は詐欺師が使うセリフであった。当然の結果として社会党は潰れたのである(こんなことばかりやっていたから)。

    このとんでもない構想は社会党の事務局で練られていたため、長い間、表に出なかっただけである。このように日本の第9条を断固守ろうという護憲派は完全に倒錯している。ところがほとんどの日本の憲法学者は、いまだ護憲派であり、この異常な国民運動の先頭に立っているのである。


  • 憲法は不幸と混乱を招く

    憲法が国民や国家に幸せや発展をもたらすという発想は完全に幻想である。特に日本の場合、むしろ憲法は不幸と混乱を招いてきた。無い方がましなのが「憲法」と筆者は思っている。実際、英国のように憲法を制定していない国もある。

    日本で憲法(明治憲法)が制定されたのは明治23年であり、明治新政府になって20年以上、憲法はなかったのである。しかし憲法がなくとも、日本は何の不自由も感じなかった。また憲法がなくとも必要な法律は整備されて行ったと筆者は認識している。


    日本が必要もないのに憲法を制定しようとしたのは、他国から後進国と思われるを嫌ったかったからと筆者は考える。実際、日本は未開の小国と欧米列強から軽んじられ、不平等な条約を強いられた。これを跳ね返すため、一生懸命、欧米の諸制度を取入れたり風習を真似て体裁を整えた。

    その一つが鹿鳴館であろう。鹿鳴館で社交ダンスの一つも踊れないと、日本人は未開人と見られると明治政府の上層は思い込んでいた。また憲法がなければ後進国と見られると思ったのであろう。つまり社交ダンスと憲法は、明治政府にとって同レベルのものであったと筆者は思っている。しかしこの程度の浅はかな発想で穴だらけの憲法を作ったため後に問題を起こしたのである。もっとも憲法はどれだけ理想的に作っても、必ず「穴」が出来るものと筆者は思っている(したがって憲法はない方が良いと筆者は言っているのだ)。

    伊藤博文等が欧州に渡り各国の憲法を調査した。その結果、日本の憲法策定にあたり、ドイツ憲法を参考にすることにした。ドイツ憲法が、伊藤等が目指す中央集権の政権運営(要するに藩閥政治)に最もかなっていたからである。ところがドイツは第一次世界大戦に敗れ、1918年にドイツの憲法がワイマール憲法に変った。つまりせっかく日本が手本にした憲法はこの世からなくなったのである。ドイツの憲法を見ても分るように、たった一回の敗戦で全く変るのであり、憲法なんて本当に軽いものである。


    このように筆者がどうでも良いと考える大日本帝国憲法(明治憲法)であったが、突如、脚光を浴びることになる。美濃部達吉東京帝大教授の「天皇機関説」に、天皇主権説を唱える憲法学者の上杉慎吉が噛み付き激しい論争が起ったのである。この論争は、後に国会まで巻込む大騒動となった。

    上杉慎吉は1929年に亡くなったが、弟子や影響を受けた軍部は政府の1930年のロンドン軍縮条約締結に猛攻撃をかけた。その時に使われたのが「統帥権干犯」という奇妙な憲法解釈であった。たしかに明治憲法には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」(第11条)、「天皇ハ陸海軍ノ編成オヨビ常備兵額ヲ定ム」(第12条)とある。

    しかし明治政府が憲法で意図したことは、立憲君主制による天皇の権限の制限である。つまり「王は君臨すれど統治せず」であったはずである。ましてや政府が外国と結ぶ条約に天皇の権限が及ぶとは想定していなかった。しかしこの混乱の源を辿ると、美濃部・上杉論争に到る。この憲法論議の中で軍部が台頭し、また慶大教授の簑田胸喜(むねきと読む)などの天皇機関説派への攻撃が激しくなり、ついに美濃部は貴族院議員辞職に追い込まれた。


    どんな憲法でも、作成者が将来の状勢変化を完全に見通すことなんて絶対に不可能である。ところがそれが出来るかのような錯覚を基にして憲法は制定される。それならば必要な改正を行って憲法を手直しすれば良いと卑怯な憲法学者は言う。しかし簡単に改正ができないのが憲法というものである。

    ドイツは戦後58回も憲法改正を行っているが、日本はゼロ回という話をよく聞く。しかし58回も改正するのなら、ドイツには憲法なんてもともと不要だったのである。そもそもどの国にも憲法なんて全くいらないと筆者は思っている。


    前段で日本の憲法学は科学性が乏しいと述べた。つまり日本の憲法と憲法学者は非論理的と指摘したのである。また憲法の解説も実にいい加減なものばかりである。例えば憲法は為政者の暴走から国民を守るものというもっともらしい解説がある。それならGHQの暴走を止めるのが日本国憲法であり、明治政府の横暴から国民を守るのが明治憲法ということになる。しかし憲法なんて時の権力者にとって都合良く作るのが当たり前である。

    護憲論者は、今の安倍政権の暴走を止めるのが日本国憲法だと胸を張っている。しかし安倍政権の安保法制の整備は、近年の中国などの不穏な動きに備え、またこれを牽制することを意図している。つまり反対に日本国民を守ることを邪魔し、中国軍の暴走を助長しているのが日本の護憲派である。



来週は今週の続きである。ベアテ女史について触れるつもりでいたがもう少し後になる。




15/6/15(第848号)「22才のベアテが作った日本国憲法条文」
15/6/8(第847号)「中国は外貨不足?」
15/6/1(第846号)「中国は資金繰り難?」
15/5/25(第845号)「今こそ郵貯と財投をアジアに広めろ」
15/5/18(第844号)「AIIBの資金力は「ゴミ」程度」
15/5/11(第843号)「中国との付合い方」
15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


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