経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




15/5/11(843号)
中国との付合い方

  • 対中ハト派の没落

    前回号15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」で述べたように、中国は分かりにくい国である。また中国通と呼ばれる人々の間でも、接触する中国人や情報によって違った感想を持っている。まさに13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」状態である。

    したがって中国をより正確に理解するには、ある程度の幅を持って物事を見る必要がある。やたら悲観的に見ることや、反対に楽観的過ぎることは避けるべきと筆者は考える。ただ日本の国としては最悪のケースを常に念頭に対応を心掛けて置く必要がある。そしてこれが不十分で遅れているという認識から、安倍政権は必要な法整備を今夏までに仕上げようとやっきになっていると筆者は理解している。また今日、一方で憲法改正の動きがあるが、集団自衛権と離島防衛に関する法整備の方を先行させるべきと筆者は思っている(憲法に財政規律条項を入れるくらいなら筆者も憲法改正は不要とさえ考える)。


    今の中国を見る上で参考になる文章をいくつか紹介する。いずれも月刊文芸春秋に掲載されたものである。一つ目は14年12月号の作家麻生幾氏の「知られざる国境防衛の「真実」」である。ここで麻生氏は中国軍機の自衛隊機への異常接近事件を取上げている。

    まず公海上を飛行していた非武装の海自の画像情報収集機と電子偵察機への中国戦闘機の「戦闘的行動」による威嚇があった。またスクランブル発進した航空自衛隊F-15の警告に対して、中国戦闘機が臨戦体勢で挑発してきたこともあった。一年前に中国が勝手に防空識別圏を設定した後、このような一触即発の事態が日常茶飯事となっているのである。


    自衛隊と米軍は情報を共有しているので、米軍もこれらの出来事をリアルタイムで把握している。そして米軍も一連の中国機の常軌を逸したこれらの動きに驚いている。さらに米軍を驚愕させたのは、中国軍機が中国のレーダー探知外まで飛行するようになったことである。つまりこれは中国軍が文民統制(シビリアン・コントロール)がなされていないことを意味する。米軍は中国軍機のこれらの異常行動が「中国の国家の意思なのか」分析を急いでいる。

    昨年(14年)の自衛隊機のスクランブルが異常に増えた。ロシア機の領空侵犯が増えたのと、中国軍機の飛来が急増しているからである(ロシア機は一応国際ルールを守っているもよう)。しかし中国軍機のこれらの極めて危険な異常行動は、日本国内でほとんど報道されていない。これは日米の防衛機密に触れることが多いことも原因の一つである。ところが今「沖縄を非武装化することが東アジアの平和安定に繋がる」といったあきれるほど間抜けな声が出ている。これらの人々は一体何を考えているのかと筆者は思っている。


    文春3月号に「中国の野心は核でしか止められない」というタイトルで、米地政学者ジョン・ミアシャイマー氏(シカゴ大学教授)とジャーナリスト船橋洋一氏の対談が掲載されている。ミアシャイマー教授は、中国のインテリ層がずっと唱えていた「中国の国力が強大になるまで、危機に巻込まれるような行動は慎むべきだ(日本や台湾と一戦交えるのはもっと強くなってから)」という考えが覆されていると指摘している。両者はこの「平和台頭」路線が後退した時期を08年辺り(北京オリンピックの年)と見ている。

    ミアシャイマー教授はその理由として、指導者層が革命を成遂げた第一世代から正統性に疑問のある第二世代以降のエリートに代わったことを挙げている。つまり外交で強いスタンスを取ることで「愛国心」を盛り上げ現政権を維持したいと考えていると説明している。そしてこの強圧的な姿勢は、指導者の個性や性格というより国力の増大が原因と教授は指摘している(戦前の日本も同様だったと指摘)。しかし中国は国際秩序を変えようしているが、中国こそがこれまで米国主導の国際秩序で一番利益を得ていたことを忘れていると述べている。


    さらに教授は「経済的な依存関係が強くなっても武力衝突の回避は無理」とか「米国が中国が主張する大平洋分割論に乗ることはない」と地政学者らしい指摘をしている。ちなみに対談相手の船橋洋一氏は、5月号の文春の「新世界地政学」で米国の中国に好意を持つ対中ハト派がどんどん対中タカ派に転向している様子を伝えている。どうも対中ハト派は、米国の一部ジャーナリストとオバマ大統領の周辺にしか残っていないようである。


  • 日米の同盟関係がカギ

    安倍総理の議会演説が、米国で一定の評価を受けたのも対中ハト派(≒リベラル派)が退潮しているからと筆者は見ている。中国を甘く見ていた米国人も、ようやく見方を大きく変えているのである(ようやく正気になった)。しかしこれらの現実を、米国のリベラル派と通じる日本の新聞(朝日・毎日・東京など)やテレビは伝えたがらない。したがって安倍総理の演説や談話に「おわび」が入るかどうかと言った間抜けな話をいまだに続けている。

    14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」で取上げた中国軍艦のベトナム漁船体当たり事件やスプラトリー諸島(南シナ海)の埋立、さらに米国へのサイバーテロなど、中国人民解放軍の傍若無人振りはエスカレートしている。しかし前段の対談のように国力の増大(端的に言えば経済成長)に連れ中国の強圧的な姿勢が強まるとしたなら、中国の脅威の増大は止まることはないことになる。実際、ミアシャイマー教授と船橋洋一氏の対談の結論が、中国の脅威が減じるには中国経済の破綻ぐらいしかないと情けないことになっている。しかし中国は経済がマイナス成長になっても軍拡路線を変えないと筆者は思っている。国民生活を犠牲にしても軍拡を進める北朝鮮を見れば分る。不幸にも東アジアには、そのような変な国が集っているのである(日本にとってこの方角は鬼門)。


    ここまでの話では読者の心境は真っ暗になるであろう。しかし一筋の光明みたいなものがある。同じ文芸春秋の4月号に城山英巳氏(時事通信社北京特派員)の「中国知識人の新しい「対日観」」という文章である。

    まず城山氏は中国では言論統制が強化されていると指摘している。もちろん日本に対しもし公式見解から外れた言論、例えば「日本から学ぶところがある」とまともな事を言えば一斉に攻撃される。ところが「理性的に日本と向き合う必要性」を感じる中国知識人(改革派知識人)は意外と多いと城山氏は述べている。


    今「日本は本当に「軍国主義」か」ということがよく議論の対象になっているという。筆者など日本人から見れば随分と間抜けな議論であるが、言論が統制されている中国では大きな反響がある。日中関係を考えるには、この信じ難いような中国の雰囲気を考慮する必要がある。

    そんな中、昨年10月9日、驚くような対日論が飛出した。人民日報論説委員で評論家の馬立誠氏の「日本は軍国主義の古い道を再び歩むことはあり得ない」という文章が何と環球時報(人民日報の国際版)に掲載されたのである。環球時報と言えば日本に対し常に痛烈な批難を続けている中国共産党の機関紙である。そこに対日融和をほのめかす記事が載ったのである。

    これには北京特派員の城山氏も驚いている。さらにもっと驚くことに馬立誠氏のこの記事の続編の「日本認識に関する方法論の誤りから抜け出そう」という評論が10月27日の環球時報に再び載ったのである。つまり10月9日に掲載された文章は、決して事故的なものではなく中国首脳部の本音と捉えて良いと筆者は理解する。


    ここで重要なことは馬立誠氏などのような良識派が中国に現れたということではなく、環球時報にこの種の文章が掲載されたという事実である(つまり中国政権が対日融和を模索しているというシグナル)。北京でのAPEC首脳会議に出席した安倍総理は、11日10日習近平国家主席と初めての日中首脳会談を行った。そして伏線はその前月環球時報に掲載された馬立誠氏のこの文章と筆者は見ている。ところが軽薄な日本のマスコミは、習主席が仏頂面をしていたといった薄っぺらなことしか報道しなかった。

    筆者は、中国の政権がかなりの窮地に追い込まれていると思っている。一つは経済であり、もう一つは軍部が抑えられないことと筆者は思っている。経済では日本の助けを期待していると見られる(中国経済の深刻さを考えると、日本に期待してもらっても困ると筆者は思っているが)。そして中国が常に注目しているのは、日米の同盟関係と筆者は見ている。今のところ日米関係が強固になるほど、中国は対日融和に向かうという図式になっている(考えてみれば当たり前のこと)。

    したがって日米同盟を強化し中国に対処するという安倍政権の方針は本当に正しいと筆者は考える。またバンドン会議で二回目の日中首脳会談が行われたが、これには中国側から「今回は日中首脳会談を言って来ないのですか」という誘いがあったという話が出ている。このように中国の行動は予測が難しいが、日本のマスコミが報道しないような物事の底の流れに目を向けていることが重要と筆者は思っている。



来週も今週号の続きである。今週、余裕があればギリシャ政府が公務員給料を商品券で支給するという話を取上げたかったができなかった。これはまさにセーニアリッジ政策の一つである。来週号でこれもテーマにしたい。

ネットでケント・ギルバート氏のブリエアについての話(日系米兵に関する話)を見かけた。本誌05/11/14(第413号)「ブリエアの解放者たち」とほぼ同じような主旨の内容であり、筆者は同じ考えの人がいたとちょっと嬉しくなった。もっとも筆者も、文芸春秋に掲載されたドウス昌代さんの文章を元にこれを書いた。




15/4/27(第842号)「中国はマイナス成長?」
15/4/20(第841号)「ドイツ軍の敗走開始の話」
15/4/13(第840号)「反・脱原発派の陥落は近い?」
15/4/6(第839号)「「エコ」の横暴と呪縛」
15/3/30(第838号)「原油の高値時代の後始末」
15/3/23(第837号)「ドバイショック再現の可能性」
15/3/16(第836号)「価格暴落でも供給増」
15/3/9(第835号)「原油価格は二番底に向かう?」
15/3/2(第834号)「実態がない地政学的リスク」
15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」


13年のバックナンバー

12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー