経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/4/13(840号)
反・脱原発派の陥落は近い?

  • 発送電分離とクズ電力

    今週は、最近のテレビ番組から筆者が気になったことを二つ取上げる。まず先週号で言及した元通産(経済産業省)官僚の古賀茂明氏が報道ステーション(テレビ朝日系)で不規則言動を行ったところを偶然にも視た。筆者の認識では、この番組は思想的な偏向が酷く、また経済に関してもガセ・デマ情報を平気で流す(星とかいう朝日新聞出身の解説委員が特に酷い・・あまりにも目に余るので本誌も(09/8/10(第581号)「総選挙の国債増発」12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」)で取上げたことがある)。したがっていい加減な番組と思って普段はほとんど視ないが、たまに視るとこのような場面に出くわす。


    古賀茂明氏は反・脱原発の論客としてこの番組に出ていたようである。しかし古賀氏は経済産業省の改革派の一人と見られ、今週はこちらの方を取上げる。昔のことであるが、筆者は文芸春秋の「霞ヶ関コンフィデンシャル」というコーナ(官僚の人事がテーマ)で、経済産業省で改革派が一掃されたという話を読んだ。どうやら電力がらみ(おそらく発送電分離を巡って)の争いごとが省内であったようである。

    当時、発送電分離を主張する改革派が負けたという話である。筆者は、古賀氏もその改革派の一人だったと見ている。改革派は、電力会社の圧力に屈したと感じたのであろう。たしかに圧力みたいなものがあっても不思議はないと筆者も思っている。


    ただ発送電分離が、国民や国民経済にとって本当に正しい選択なのか判断は難しい。むしろ日本においては電力会社の主張の方が正しいのかもしれない。つまらない改革派の経済学者やエコノミストは、発送電分離によって競争が激しくなり消費者にメリットがあると主張する。しかし彼等は電気に関してほとんど素人である。

    今日、政府の電力システム改革専門委員会に改革派の学者が集り、発送電分離政策を推進している。対して電力会社は、福島の原発事故で体力を失い、発送電分離の動きに抵抗を示さなくなった。しかし後ほど述べるが、筆者には、発送電分離を容認するようになった電力会社の態度の方がむしろ無気味である。


    日本で送電されている電気は品質(送電量、電圧、周波数など)が安定している。対して米国などでは度々停電が起ることが示しているように不安定である(先日もワシントンで原因不明の停電が起った)。ところが先週号で述べたように古賀茂明氏などは「日本の電気は過剰品質」と妄言を吐いている。

    しかし今日の日本の国民生活や産業は電気が安定供給されることで成立っている。例えばメッキ作業などは何十時間も掛け作業を行う。途中で停電が起れば、最初からやり直しになる。何日も掛けて行うスーパーコンピュータによる計算も同様である。手術などの医療行為中の停電は決定的なダメージを与える。


    このように日本は、停電や電圧の変動などはないという前提でほぼ全てが動いている。たしかに今日の日本では、大きな地震や台風などの災害時を除けば停電はない(昔は停電がよくあった)。発電と送電が一つの電力会社で行っていることでこれが可能になっていると筆者は見ている。

    古賀氏は「高品質の電力が必要なら停電などに備えたバックアップ体制を各自で用意しろ」と言っている。このまま発送電分離が実施されれば電力の安定供給に問題が生じる可能性が高くなると古賀氏も感じているのであろう。ところで電力会社によほどの瑕疵や過失がない限り、今日、停電が起っても損害賠償は免責されている。しかし発送電分離後、頻繁に停電などによって損害が生じるようになった場合、一体損害賠償はどうなるのか不明である。


    改革派は発送電分離で電気料金が安くなると言っている。しかし安くなるのは国全体ではなく、効率的に送電が可能な大都市(もっとはっきり言えば首都圏だけ)などに限られる。これも日本の改革運動で飛出す例のインチキロジックの一つである。また彼等は発送電分離によって米国などの電気代は安いといっている。しかし米国の電気代が安いのは、タダ同然の天然ガスで主に発電を行っているからである。

    電力会社が発送電分離に対抗しなくなった理由の一つは、品質が不安定なクズ電力(太陽光発電や風力発電)が増えているからではないかと筆者は推測する。クズ電力が量的に少なかったからこれまでは捨てれば良かったが、今日、捨て切れないほどに発電量が増えているのではと筆者は見ている。つまり今後、電力会社は発電に責任を持つが、送電には責任は持てないし保証もできないという話になる可能性がある。したがって電気代が高くなり、電気の品質も劣化するのなら、日本企業が海外に逃げ出したくなるのも当たり前の話である。


  • 反・脱原発派に「変身」

    4月5日の「そこまで言って委員会(この回からたかじんの冠がなくなった)」(読売テレビ)が面白かった。特に原発を巡って、反・脱原発の武田邦彦氏(中部大学教授)と反・反原発の池田信夫氏(アゴラ研究所代表)の対決が見物であった。この企画は以前にも組まれたが、武田氏が直前にキャンセルし実現しなかった。その時には竹田恒泰氏が、急遽、武田氏の代打となって池田氏と対決した。今回、ついに武田対池田の対決が実現したのである。

    結果は、池田氏の完勝、武田氏の完全な敗北であった。このような一方的な論争も珍しい。池田氏は、武田氏が書いた「2015年3月31日までに日本は放射能汚染で住めなくなる」という文章を持出し攻めた(責めた)。武田氏は「当時、皆が持って来るデータを基に計算するとそうなった」と反論にもならない話で防戦していた。

    とにかく武田氏は、池田氏の攻撃に反論らしい反論を全くできなかった。途中で「国民の75%が不安に思っている原発は廃止すべき」と主張した。これに対して「不安を煽ったのはあなた方でしょう」と池田氏に叩きのめされた後は何も言えなくなった。筆者の想像では、武田氏は自分達が「嘘」をついていることを自覚しているのである。


    そもそも武田邦彦氏は、反・脱原発派ではなかった。11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」で述べたように、武田氏は元原子力安全委員会(内閣府)の専門委員であった。福島原発事故の当初、武田氏は委員会が「何がなんでも原発を推進する委員」と「何がなんでも反対する委員」と極端なメンバーで構成され、あまり建設的な議論がなされなかったとまともなことを言っていた。

    つまり氏は原発には中立的と見られるが、事故の当初は「福島1〜4号機は廃炉にして、その敷地に安全な最新式の原発を建設すれば良い」とまで言っていた。実にまともな事を言っていたのである。筆者は、氏は中立というよりむしろ原発推進派と見ていた。


    その武田氏がある日を境に、カフカのごとく反・脱原発派に「変身」したのである。これには筆者も驚いた。筆者は、日本のメディアの方向決定が関係していると思っている。

    原発事故の当初は、「微弱な放射線はむしろ健康に良い」とか「原発周辺の住民は避難する必要はない」と言った今日では暴言と捉えられるような話が自由に出ていた(筆者はこれらこそ本当の話と思っている)。ところがある日から日本の大半のメディア・マスコミは、脱原発(反原発までに行かないのが微妙)に舵を切ったのである。既にメディアに登場し始めていた武田邦彦氏としては、この大きな流れに逆らうことはできなくなったと筆者は勝手に理解している。その後、武田氏がバラエティ番組にもよく登場しているところを見ると、氏にとっては方向転換が成功だったと見られる(マスコミ関係者からアドバイスがあったのではと筆者は見ている)。


    ただ「そこまで言って委員会」に今回出演し池田信夫氏と対決すれば、叩きのめされることは武田氏も分かっていたはずである。敢てこの番組に出たのは、後ろめたさと一種の贖罪意識があったのではと、これも筆者は勝手に思っている。

    実際、避難地区よりもっと放射線量が大きい原発で作業員は毎日働いている。作業員は特別ではなく、普通の人々である。作業員は防護服を着ていると反論があるかもしれないが、防護服は放射性物質のチリから身を護るものであり(内部被爆の防止)、放射線はシャットアウトできない。放射線をシャットアウトするには鉛製の防護服が必要である。


    また宇宙飛行士は毎日1ミリシーベルトもの放射線を浴びている。これは日本安全基準(年間1ミリシーベルト・・福島の除染の目標値でもある)の実に365倍である。また今日、人類の火星への飛行計画が話題になっている。しかし長旅になるが放射線による健康被害を心配する話は全く聞かない。

    それどころか14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」他で述べたように、むしろ大量の放射線を浴びたはずの宇宙飛行士の方が、一般人より健康であるというラッキー博士の研究報告がある。これはホルミシス効果というものである。ところが反原発派はこのホルミシス効果という言葉に対し異常な反応を示し、反発ではなく徹底的な無視を決め込む。反原発派は自分達の非科学性を隠したいのであろう。それにしても古賀茂明氏の番組降板劇や武田邦彦氏の議論での完全敗北を見ていると、反・脱原発派の陥落は近いのではと筆者は感じる。



他の国で評価がはっきりしたにもかかわらず、日本では観念論者が強引に反対の事を押し進めようとする。結果はもちろん不幸なことになる。例えば欧米で移民を受入れたことで問題が発生しているにもかかわらず、日本には移民が必要と妄言を吐いている観念論者がいる。来週は、今週の続きとして、このような不様なことを取上げる。




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