経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




15/3/30(838号)
原油の高値時代の後始末

  • お先が真っ暗な燃料電池車

    原油価格が100ドルといった異常な時代が長く続いた影響で、それを前提にした動きが各方面で起っている。ところが原油価格が半額、あるいは三分の一になろうとしている(そう決めつけるのはちょっと早過ぎるという意見があるかもしれないが・・そのうち元の高値に戻るという考えの人々からは)。つまり原油価格のバカ高値が続くと思って行動した人々は、ハシゴを外された形になっている。筆者は、原油の高値時代の後始末がこれから始まると見ている。

    典型例の一つとしてまず燃料電池車を取上げる。燃料電池車の普及は国も大きな補助金を出して推進しているプロジェクトである。また「CO2を排出しない燃料電池車こそは環境に優しく究極のエコである」と環境保護派の御墨付きの車である(ただ水素製造方法はいくつかあり、水素製造の段階でCO2を排出するケースもある)。ここで燃料電池車の普及は無理だとか非経済的と言うと、日本政府の施策を否定することになるだけでなく、環境保護派から石が飛んで来るかもしれない。


    燃料電池車が最近注目を集めた大きな要因は、技術改良によって燃料電池車の燃費が向上したことと筆者は理解している。ただ燃料電池車自体のコストはガソリン・軽油車よりずっと高く、また燃料の水素を供給するスタンドの建設コストもガソリンスタンドの3倍(ガソリンスタンドの建設費が1億円なのに対して水素スタンドは3億円・・以前は5億円であったが、かなり規制緩和したとすれば3億円に収まる)も掛かる。つまり経済性を考えると燃料電池車はとてもガソリン・軽油車に対抗できない。

    ただ燃費がかなり向上し、やっとハイブリット車に並ぶところまで来ている。つまりスタンド建設の高コストに目を瞑り、量産化さえうまく行けば燃料電池車はそこそこ行けると判断したのであろう。したがって量産化にメドが付くまで補助金で販売を支えれば、燃料電池車はうまく普及するかもしれないと国も考えたと思われる。

    しかしこれは原油価格が100ドルといった異常な時代が永久に続くことが前提である。実際、原油のバカ高値が続いたことで燃料電池車の研究開発が進んだと筆者は見ている。しかしもし今日のような原油価格下落が続くようなら、燃費の点でもとてもハイブリット車に太刀打ちできない。したがって「エコ」だけが頼りの自動車が世間に普及するはずがないと筆者は考える。


    筆者は、燃料電池や燃料電池の研究開発が全く無駄と言っているのではない。自動車に搭載することが無理筋の話と言っているのである。燃料電池はビルへの電気や温水の供給など他の用途が考えられる。

    また燃料電池車と言って盛上がっているのは、どうも日本だけである。まだまだ他の国では関心が薄い。ましてや今日のように原油価格が安くなれば、燃料電池車のメリットは霞む。特にガソリンスタンドでさえ満足にない発展途上国で、いきなり水素スタンドと言っても誰も相手にしない。

    したがって国の方針に沿えば日本の自動車メーカは、今後、国内向けには燃料電池車の開発と製造に力を入れ、外国向けには従来のガソリン車に資源を投入することになる。しかしこんなことは全く現実的ではない。筆者は、燃料電池車のお先は真っ暗と思っている。


  • 石油諸税を考慮しないコスト比較

    前段で燃料電池車の燃費を取上げたので、ついでに自動車燃料に掛かる諸税についても言及する。今日ガソリンには1リッター当り53.8円のガソリン税(揮発油税と地方道路税)、軽油には32.1円の軽油取引税が掛かっている。これは常識になっているが、何故か、各種のコスト比較する場合これらの税金が無視されている。さらにこの他に輸入する原油・石油製品には石油税が2.04円(石油)掛かる(関税は06年4月に廃止、また輸入する石油ガスには9.8円の石油ガス税が課されている)。

    これらの石油諸税は、道路建設と道路の維持費用に使われる。ところが燃料電池車や電気自動車は、これに相当する税を負担していない。燃料電池車や電気自動車も同じ道路を走るのに、道路に関わる税金を払っていないのである(自動車税・取得税や重量税などを除き)。日本のガソリン税と軽油税は各国と比較しても重い。筆者は、この重い石油諸税を除いてコスト比較することは本当にばかげているか、人を騙す行為と考える。もし石油諸税の負担を加味して燃料電池車とガソリン・軽油車のコスト比較すれば、燃料電池車はさらに不利になる。このように燃料電池車の将来は本当に真っ暗なのである。


    では将来の車の主力は何になるかという話になる。漠然とした答えは電気自動車ということになろう。ただし畜電池の性能が進歩するという条件が付く。ところがその畜電池の技術進歩があまり進んでいないという印象を筆者は受ける。現状では、とてもガソリン・軽油車には太刀打ちできない。ましてや燃料電池車と同様に自動車燃料に掛かる諸税を考慮すれば(この点に言及する者はほとんどいないのが不思議)、当分の間、ガソリン・軽油車の優位は動かないと筆者は考える。

    この状況を逆転するには、よほど画期的な畜電池の技術進歩が必要である。ところが畜電池が進歩すれば、ハイブリット車の性能も向上する。つまり電気自動車がガソリン・軽油車に対抗できるようになるには、世間が思っている以上の期間が必要と筆者は見ている。

    筆者は、最低でも30〜50年くらいは掛かるのではと思っている。またその頃には全く違う新機軸が登場していたり、電気自動車はどうでも良いという雰囲気になっているかもしれない。案外、最近登場したプラグイン・ハイブリッド車あたりが究極の車に近いかもしれない。ただ少なくとも燃料電池車の出る幕はないと筆者は見ている。


    ついでのついでにガソリン車と軽油車の税金の不公平についてひとこと言いたい。ガソリン税より軽油税が安いのは、昔からガソリン車の方が贅沢品という考えがあり、これに対し軽油車は主に国民生活全体を支えるトラックのような産業車に使われるという認識で捉えられてきたからである。しかも消費税は、ガソリンが二重課税になっているのに対して、軽油は軽油取引税を差引いて課税している。しかし道路の維持・補修費用が多く掛かるのは、圧倒的に大型ディーゼル車が頻繁に走る道路である。

    ましてやトラックではなく、軽油で走る乗用車が燃費が良くなったという理由で売れていることに納得が行かない。筆者は、既に時代が変ったのだからガソリン税と軽油税を過重平均して課すべきと思っている。


    さらにこの機会にもう一つ言いたいことがある。ガソリン税は国税であり、またメーカから出荷される前に課税されている。つまり蔵出し税になっている。一方、軽油取引税は地方税で売上げた段階で課税される。このため軽油には昔から不正軽油の問題が常に付きまとう。筆者は、軽油取引税も国税にし、蔵出し税にすべきと言いたい。軽油取引税の地方への配分は何とでもなると考える。

    おそらく筆者と同じような考えの人は多いと思われるが、声を上げる者が少ない。日経新聞などの日本のマスコミも、下らない規制緩和で騒いでいるのではなく(必要な規制は必要であり、不必要な規制は緩和ではなく廃止)、このような簡単ではあるが昔から一向に変らない制度的な問題をもっと取上げるべきである。悲しいかな日本は、マスコミが動かないと政治家も官僚も動かないのである。



米国の原油在庫が増えたにもかかわらず、先週は原油価格が上昇した。WTIは一時50ドル台を回復した。しかし週末金曜日は反落し、48.87ドルで終わっている。上昇の理由はサウジのイエメン空爆開始ということになっている。しかし米ドルの下落も大きく影響していると筆者は思っている。もし来週、原油価格が動けばこれも取上げる。

今週号でも触れたように「エコ」という誰も反対できないような概念を持出し、人々を支配したがる「ヤカラ」がいる。その「エコ」が科学的に正しいのなら筆者もその「エコ」とやらを推進すべきと考えるが、科学的におかしく問題の「エコ」も多い。来週はこの怪しい「エコ」を取上げる。

亀井静香議員が超党派の国会議員・市長村長・中小企業経営者達と「地域活性化協議会」なるものを立ち上げ自ら会長に就いた。「えせ学者やそんな連中が首相官邸を取囲んで、いいまつりごとができるわけがない」と訴えている。筆者もこれには大賛成である。また「お代官(安倍総理のこと)に、お百姓や町民の幸せのための善政を敷いてもらわないといけない」と、亀井さんは事前に官邸に出向き安倍総理に会の主旨を説明している(亀井さんと安倍総理は案外仲が良い)。総理は「いいメンバーですね」と応じたという。




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