経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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15/3/2(834号)
実態がない地政学的リスク

  • 第一次オイルショックのトラウマ

    今後の原油価格の見通しを述べる前に、これまで市場を翻弄してきた地政学的リスクと原油価格の関係を取上げる。原油を産出する国が片寄り、皮肉にも常に政情不安がつきまとう中東に産出量の大きい国が集中している。実際、1973年の第一次オイルショックは第四次中東戦争が発端であり、OPEC(石油輸出機構)の中核であるアラブの湾岸6ヶ国(OAPEC)が公示価格を3ドルから、最終的に12ドル近辺まで引上げた。

    この原油価格の強烈な高騰の印象が、それ以降の地政学的リスクの影響を決定付けた。この出来事が今日でも人々のトラウマになっている。この時だけは、品物(石油製品)が実際に市場から消えるといった事態が起った。ただこの第一次オイルショックは、将来不安だけでなく一儲けを企む膨大な仮需が発生していたことを見逃すわけには行かない(さらにこれに一つ付け加えるなら、当時、世界的に好景気であり、原油に続き一次産品が次々と高騰した)。この仮需を除けば、実際の需給のバランスはさほど崩れていたわけではない。ちなみに筆者の後輩の不届きな親父は、これをチャンスとドラム缶20本分の灯油を買って隠し持っていたという(その後、逆に値下がりしたので大損したはず)。


    79年の第二次オイルショックはイラン革命(パーレビ国王が追放されイスラム教国家が樹立)をきっかけに起った。ただこの時はOPEC(主体となったのはやはりOAPEC)が騒動(まさに地政学リスク)を利用し、公示価格を30ドルに引上げることを目論み、それに成功したのである。しかし今回は原油・石油に不足感はなく価格だけが上がった(仮需も大きくならなかった)。

    つまり第二次オイルショックも、地政学的リスクで供給サイドに大きな問題(例えば大油田が破壊されたとか)が発生したわけではない。結局、イラン革命を材料にサウジアラビアを中心としたOPEC(石油輸出機構)の市場支配力がいかんなく発揮されたのである。当時のOPECの石油産出量は世界の50%を超えており、また原油の輸出市場における占有率は70〜80%を維持していた。したがって当時OPECは、石油市場でまさにカルテルとして機能していたのである。


    一方、石油消費国は、2度のオイルショックを経験し対抗策を講じるようになった。一つは省エネの推進や原発の建設であり、中東以外での石油開発(北海油田や、アラスカ、メキシコ湾岸など)の活発化である。また産出地域が原油ほど中東に片寄っていない天然ガスの開発も進めた。産地から消費地にパイプラインで送れないないガスは、装置で液化(LNG)し、消費地に輸送できるようにした。そしてもう一つが後に触れる石油の備蓄である。

    このような対抗策が効果を生み、また高値によって中東でも石油開発が進み、第二次オイルショックの数年後からはむしろ原油価格が下落するようになった。その様子を確認するため、15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」の表をもう一度示す。
    33年間のWTIの推移(ドル)
    年(暦年)WTI年(暦年)WTI年(暦年)WTI
    823393180441
    833194170556
    842995180666
    852896220772
    8615972108100
    871998140962
    881699191079
    892000301195
    902501261294
    912202261398
    922103311493


    地政学的リスクも比較的冷静に受止められるようになった。90年の湾岸戦争では、戦地がクウェートやイラクといった産油国にもかかわらず、原油価格は25ドルと5ドルの上昇に収まっている。

    ところが2010年末に始まったアラブの春(チェニジアのジャスミン革命スタート)とその後の混乱は、地政学的リスクとして市場で認識されてきた。しかしこれも地政学的リスクとしての実態はほとんどなく、単にその後の原油価格の異常な高値の維持に利用されたに過ぎないと筆者は見ている。そして昨年の6月のイスラム国の侵攻に乗じ、一部の投資家は地政学的リスクと騒ぎ立て、高値となったところで売り逃げたと筆者は見ている(中にはカラ売りを行った者もいる)。また福島の原発事故も高値維持のためのトークに使われたきらいがある。


  • 石油備蓄の活用

    このように地政学的リスクといってもほとんど実態がない。実際の需要は毎年1%ほど増え、供給もそれに応じ1%ほど増えているに過ぎない。つまり現実の需給は本当に地味な動きをしている。

    しかし2000年以降、石油が投機の対象となり原油市場に投機マネーが流入してきたので価格変動に変調が起ったのである。これについては来週号で取上げる。投機に携わる者達は、「やれ地政学的リスク」とか「在庫が変動した」といった情報を発信し相場を動かしてきた。ところが投機マネーが「今が潮時」と一斉に売り抜けたので、今回のような暴落となったと筆者は理解している。

    ところで日経新聞の「ゼミナール」のコーナで「激動する原油市場」という特集を連日行っている。ここで石油の専門家(日本エネルギー経済研究所)は、14年の需要が70万b/d増えたのに対して、シェールオイルの供給が需要の倍強の150b/dも増えたため暴落したと解説している(原油の供給増をほとんどシェールオイルの供給増と認識・・筆者もこの点には特に異論はない)。しかし増分同士を比較しても意味がない。全体の9,000万b/dから見ると、差引き1%にも満たない供給増(150万b/d−70万b/d=80万b/d)にしか過ぎない。たったこれだけで60%も原油価格が暴落するはずがない。また原油市場で毎日取引(株式市場と同様の高速取引)を行っているトレーダーとって、実際の需給なんてたいした情報ではない。エコノミストもおかしいが、石油の専門家もおかしい。


    話は地政学的リスクの話に戻る。世界の石油消費国は、2度のオイルショックに懲り石油備蓄を強化した。日本は8,800万KL (5億5千万バレル)の原油・石油製品を備蓄している。これは194日分の消費量に相当する。このうち70日分(残りは国家備蓄)を民間に備蓄するよう義務付けている(以前は90日分)。

    日本と同様、各国は異常事態に備え石油の備蓄を行っている。ただ米国だけは国家で備蓄を行っていない。民間の在庫量は4億バーレルを少し超える程度と日本の備蓄量より少ない。もっとも米国は産油国であり油田に備蓄があると考えると納得が行く。ただ米政府はこれまで原油を戦略物資としてエネルギー保存・政策法(1975年制定)で輸出を禁じてきた。アラスカ(ノース・スロープ)で石油開発が成功(ピーク時210万b/d)した時も原油輸出は認めなかった(筆者は、アラスカ原油を日本が輸入すれば、日米の貿易のインバランスは大幅に縮小するという話を本誌で行った)。


    さらにIEA(国際エネルギー機関)を中心にして、加盟国の間で備蓄石油を放出し融通し合う制度(協調的緊急時対応措置)がある。このように地政学的リスクを最小限にする対応はほぼ出来上がっているのである。それにもかかわらずいまだに地政学的リスクを叫ぶ者は、何かを企んでいると筆者は思っている。

    そしてこれまで原油価格が異常に高騰した際、何も対応しなかった各国政府の無策ぶりが目立つと筆者はずっと思ってきた。08年に147.3ドルといったバカ高値を付け、また11年以降4年間も100ドルといった高値が続いたにもかかわらず、政府は何もしなかったのである。このような時にこそ備蓄してきた原油・石油を積極的に放出(何も大量に放出しなくとも良く、放出すると言えば良い)すべきだったと筆者は考える。


    来週は今後の原油価格の見通しをテーマにするが、政府の備蓄石油放出も考慮すべきである。例えば各国政府が協調し、もし60ドルを超えたなら(つまりトリガーは60ドル)備蓄を放出すると決めれば良い。これによって原油価格は60ドルを超えることはなくなると思っている。メジャー、OPEC、市場(実態は大手金融機関)と原油価格の決定者は次々と移ってきたが、備蓄という武器を持っているのだから今後はもっと消費国の政府が前面に出るべきと筆者は考える。

    あれだけ原油輸出に頑(かたくな)だった米政府さえもコンデンセート(超軽質原油・・シェールオイル生産に伴い産出)の輸出に前向きになっている(日本は既に昨年輸入)。おそらく米政府も、将来、原油・石油が余る感触を持っているのであろう。さらに地政学的リスク低下を確実にするには、原発の再稼動を急ぐことが必要と筆者は思っている。



来週は、これからの原油価格の見通しを述べる。







15/2/23(第833号)「米大手金融機関の「情報発信力」」
15/2/16(第832号)「「今が潮時」とうまく撤退」
15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
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