経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




15/2/16(832号)
「今が潮時」とうまく撤退

  • JPモルガン・チェースの原油貯蔵施設売却

    今週は、原油価格暴落の一番の原因と筆者が捉える「ある事情」を中心に述べる。まず資源商社の話から始める。1970年代から原油などの商品取引で資源国と消費企業を結ぶ役割を果してきた資源商社の存在が大きくなっている(収益源はエネルギー、非鉄金属などの現物取引)。大手10社の13年の売上高は1兆3,800億ドルと近年(2000年代から)大きく成長している。

    特にスイスに拠点を置く5社のシェアーが大きく、この5社だけで8,800億ドルと全体の64%を占めている。特にビトールとグレンコア・エクストラータの上位2社だけで約4割のシェアーを持つ。ちなみに第3位は主に穀物などの農産物を扱っている有名な米国カーギル社であるが、とたんにシェアーが9.9%と小さくなる。


    資源商社の大半がスイスに拠点を置く理由は、税金が安いことと規制が緩いことである。スイスには大小合わせて約400の資源商社が拠点を置く(5年間で2倍)。資源商社の多くは非上場(オーナ会社)であり実態が不透明である。しかしリスクを取ることに積極的であり、政情不安の資源国や新興国との取引を拡大している。

    資源商社は規制が緩いだけに、不透明な取引が多く各方面(金融規制当局や非政府組織(NGO))から批難を受けている。資源商社が発展途上国(アフリカなど)で汚職や環境破壊を助長していると、14年4月スイス・ローザンヌで開催された資源商社幹部が集った国際会議の会場周辺でNGOが抗議デモを行っている。


    このように資源商社は商品市場で極めて大きな存在となっているが、日本ではあまり知られていない。そしてこの大手資源商社の一社であるマーキュリアは、昨年(14年)3月、米金融大手JPモルガン・チェースから原油現物取引事業を35億ドルで買収することに合意した。ただ現物取引事業といっても実態は主に原油貯蔵施設(原油や貯蔵タンク・パイプラインなど)である。

    スイスに本拠を置くマーキュリア社は、大手といってもシェアー8.1%で上位2社に比べると小手である。2004年に原油トレーダー二人が創業し、ナイジェリアなどで油田権益を取得し急成長した。ちなみにナイジェリアは汚職問題が深刻な国で、過激派ボコ・ハラムのテロ活動で注目を集めている。原油貯蔵施設を買ったのは米国でのシェールオイルの取引を睨んだものである。


    それにしてもJPモルガン・チェースから買った原油貯蔵施設は大規模なものである。ところでJPモルガン・チェースという大手商業銀行が大規模な原油貯蔵施設を所有していたということは、日本人にとって奇異に映る。ただ米国では、大手商業銀行だけではなくゴールドマン・サックスなどの投資銀行も大きな原油貯蔵施設を保有していた。

    この理由については08/7/7(第534号)「原油価格高騰劇の背景」」で取上げた通りである。その一部を抜粋すると「原油先物市場の参加者は「実需家」と「非実需家」に分けられる。「非実需家」は純粋な投機家と見なされ、持ち高が厳しく制限される。一方、「実需家」は「非実需家」に比べずっと規制が緩い。ところがゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーといった投資銀行が「非実需家」ではなく、「実需家」として活発に取引を行っている」ということである(しかし、当時、筆者は注目していなかったが、投資銀行だけでなく商業銀行までも商品取引を行っていた)。米国大手金融機関は原油貯蔵施設を所有することで「実需家」となり、規制逃れを行ってきたのである。


    つまり米国では、三菱UFJ銀行や野村證券のような大手金融機関が大手石油会社を凌ぐ原油貯蔵施設を所有し、原油取引(先物と現物の両方)を行って収益を上げてきたと考えて良い。ところがその米国大手金融機関が、昨年から商品取引(主に原油取引)から撤退を始めている。3月のJPモルガン・チェースの原油貯蔵施設売却はその象徴的な出来事である。

    またモルガン・スタンレーは12年以降商品(コモディティー)部門の売却を検討し、ゴールドマン・サックスは多くの商品取引現物取引部門を売却し今後は商品デリバティブに注力するという観測が出ている。これは昨年14年7月30日のロイター伝である。つまり昨年の6月、7月(ちょうどイスラム国がイラク北部に侵攻し、また首都バクダットに迫ったのが6月で、この時に原油価格は今回のピークを付けた)の前後は、その後の原油価格を左右する重要な出来事が連続して起っていたのである(ただそれを分析できる者が日本にはいなかった)。ちなみに資源商社の話は、14年6月26、27日の日経新聞のマーケット商品欄の記事を切抜いておいたのでこれを使った。ほとんどの日経の論説委員の論説はデタラメであるが、日経には信頼できる情報も載っているということである。


  • ボルカー・ルールは最後通牒

    いよいよ原油価格の大暴落の背景にあったと筆者が考える「ある事情」について述べる。それを端的に言えば前段で触れた米国大手金融機関の商品取引(主に原油取引)からの撤退である(ただしこの他にも原油価格下落の要因はいくつかありこれらについては来週号)。撤退の理由は主に二つある。一つは先週号で取上げたシェールオイルなど原油代替資源(非在来型資源)の開発の進展である。

    特にシェールオイルの生産量の伸びは、世界の原油需要の増加量に匹敵する。さらなる採掘技術の進歩と新規参入者の増加も考えられ、このままでは原油の需給バランスが将来大きく崩れることが見えていた。つまり原油価格がさらに高くなることはもちろん、現状の100ドルといった高値を維持することも客観的に見て困難になったと考えられた。価格上昇が期待できるのなら事業の妙味もあるが(市場に流入する資金も増える)、将来、逆に原油価格の下がることが確実と見るならばいち早く逃げる方が良い。


    もう一つの撤退理由が今週のメインテーマである。それは当局による規制の強化である。これはサブプイムローン問題やリーマンショックで大手金融機関が窮地に陥り、金融市場の安定を回復するために公的資金の投入まで必要になったという現実を踏まえている。まず2010年7月に米国では「金融規制改革法(ドット・フランク法)」が成立した。しかしオバマ大統領はこれでは規制が緩いと判断した。そこで浮上してきたのが元FRB総裁ボルカー氏の進めていた規制強化案、つまりボルカー・ルールであった。

    しかしウォール街や共和党の一部の抵抗が強く規制強化法案の策定はなかなか進まなかった。いくつかの妥協を重ね、最終規制案(ボルカー・ルール)が決まったのが13年12月20日であった。ボルカー・ルールの骨子は「類似商品への多額投資」「自己勘定部門の売買」「マーケットメーク、引受および関連ヘッジ取引(自己取引でない場合は認める)」の規制である。また規制法案の決定には商品先物委員会、FRB、連邦預金保険機構、通貨監督庁、SECが関わった。特に商品先物委員会は、商品先物市場にボルカー・ルールの独自導入の検討・実施を行った。

    「金融規制改革法(ドット・フランク法)」の付随法(付随というよりもはや中核)として13年12月に成立したボルカー・ルールは14年4月に施行された。ただ市場の混乱を避けるため、FRBは適合期間を15年7月21日に定めた。原油貯蔵施設を所有し(規制逃れ)、原油市場で自由に活動し収益を上げていた大手金融機関にとって、ボルカー・ルールは最後通牒になった。


    では米大手金融機関が原油市場で一体何をやってきたかが問題になる。ただここからは筆者の憶測も含まれる。たしかに原油価格高騰の過程で、原油価格の吊り上げに加担してきた時期もあったと見られる。しかし筆者は大手金融機関の力は、石油価格の高値維持により強く発揮されたと想像する。

    原油の現物を所有しているのだから、より複雑な取引が可能である。例えば原油の先物価格が上がれば、現物価格も上がるので安値で仕入れていた原油を売却することによって利益が得られる(現物を売ることを決めているので、ついでに先物もあらかじめ売っておくことも考えられる)。他にも先物取引と現物取引を複雑に組合わせてほぼ確実に利益を上げることができる。さらにブレトンやドバイの先物を使えば組合わせは無限となる。


    筆者は、米大手金融機関の基本的なスタンスは裁定取引(いわゆるサヤ取りとかアービトラージと呼ばれる)だったと思っている。上記のように先物が上がり現物価格が上がったところで現物を売り利益を確定するといった取引は、地味ではあるが確実に儲かる。また先物と現物の価格が理論値より大きく乖離した場合には、反対売買を行って利益が出るのを待つという方法がある。

    大手金融機関のスタンスが裁定取引(あくまでも筆者の憶測であるが)であったということが注目される。上記の例では、先物が上がり現物も上がった時に現物を売れば、上がった現物の価格は下がる。現物価格が下がれば次の裁定取引がなされ一旦上がった先物価格は下がることになる(先物をあらかじめ売っておけばこれからも利益が出る)。このように価格の変動は大手金融機関の裁定取引によって小さく抑えられることになる。昨年までの4年間、原油価格が100ドルで高値安定していた謎はこれだと筆者は思っている。

    その価格安定化のプレーヤーであった大手金融機関が「今が潮時」とうまく撤退した(逃げた)のである。つまり価格を支える者がいなくなったのである。これでは一旦原油価格が下がりはじめれば、下落は止まらなくなる。もっとも金融規制改革法やボルカー・ルールは、金融市場の安定を狙ったものであり、原油市場の安定は眼中にない。



来週は今週の続きである。今週号は13年12月のボルカー・ルールの成立以降の出来事を時系列で読んでもらいたい。14年3月のJPモルガン・チェースの原油貯蔵施設売却、4月ボルカー・ルールの施行、6月の日経の資源商社の記事、7月のロイター伝といった具合である。

14年6月のイスラム国の侵攻の地政学的リスクで最高値を付け、原油価格はその後下がる一方である。しかし地政学的リスクで実際の需給バランスが崩れ、原油価格上昇の本当の要因になるということは現実の世界ではほぼないと筆者は考える。誰かが「地政学的リスク」と騒いで価格を吊り上げ、これが格好の逃げ場となりうまく売り逃げたのであろう。これも来週号で取上げる。

そして今回の原油価格の大暴落の原因をまだ需要の減退と供給の増加による需給バランスでしか解説できない日本のエコノミスト達は、本当に「かよわい女学生」のようである。それにしては彼等は口を開けば消費税の増税を強く主張し、第三の矢の「成長戦略」しかないといった「うっとうしいこと」を言い続けている。







15/2/9(第831号)「代替資源(非在来型資源)のインバクト」
15/2/2(第830号)「原油価格の動きに変調」
15/1/26(第829号)「低調になった経済論議」
15/1/19(第828号)「「どんぶり勘定」の経済運営」
15/1/12(第827号)「IMFの借金取りモデルの導入」
14/12/24(第826号)「増税版バカの壁」
14/12/19(第825号)「総選挙後の動きと課題」
14/12/8(第824号)「今回の総選挙の注目点」
14/12/1(第823号)「「今から嘘をつくぞ」の決まり文句」
14/11/24(第822号)「解散・総選挙の裏側」
14/11/17(第821号)「再増税は延期?」
14/11/10(第820号)「日本のぺらぺら族」
14/11/3(第819号)「財務省とマスコミの関係」
14/10/27(第818号)「増税派の素顔」」
14/10/20(第817号)「消費税増税と八代亜紀」」
14/10/13(第816号)「増税なんて必要ない」」
14/10/6(第815号)「日経新聞のねつ造解説」」
14/9/29(第814号)「メディアはねつ造だらけ」」
14/9/22(第813号)「人手不足は本当か」」
14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」


12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー