経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




14/9/22(813号)
人手不足は本当か

  • 使えない有効求人倍率

    14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」で、7月23日日経「エコノミクス・トレンド」に掲載された柳川範之東大教授の「供給能力の天井 克服を」という文章を取上げた。この内容は供給サイド重視そのものであった。これからの日本は供給能力の限界が経済成長を抑制するため、構造改革によって潜在成長率を高める必要があると説いている。

    しかし当時(ほんの数カ月前)、供給力の天井を意識するこれに似た話や論文が溢れていた。連日のように日経新聞には、同様の文章が掲載されていた。経済が上向き、これからはデフレではなくむしろインフレに警戒心を持つべきと彼等は言っていた。


    彼等は、日本の生産要素供給(生産設備と労働)はアベノミクスのお陰で限界まで来ているため、これ以上の経済成長には、新たな労働者の能力開発や女性の活用によって労働供給を増やす必要があると主張していた。つまりこれからの日本経済の成長は、人手不足が足を引っ張るというものである。

    彼等のように供給サイドを重視する根拠は、4%を切った日本の失業率や1.0倍を越えた有効求人倍率であった。たしかに連日、建設・土木作業員が集まらない話がマスコミで報じられていた。また人使いの荒い牛丼チェーンがバイトの時給を1,500円に上げ、人手不足解消に躍起になっている話がニュースになっていた。


    まさに彼等の話を聞いていると、日本は高度経済成長期に匹敵するような好景気に突入したような錯覚に陥る。ところが4〜6月のGDP速報値(年率マイナス6.8%)が公表され、さらにこれがマイナス7.1%に下方修正されると、途端にこのような間抜けな議論はピタリと収まった。

    むしろあれだけ人手不足を喧伝してきた日経でさえ、9月8日のサーベイというコーナで人手不足を否定するような話を掲載している。これは日経自身が行った人手不足の実態調査の結果である。まず話は「結果は意外だった」で始まっていて、アンケート結果は「人手不足と思わない人57%」「景気回復感じる人は少数」となっている。たしかにこの調査はインターネットによるもので多少信頼性は低い。しかし筆者の感覚では、この調査結果は納得の行くものである。


    むしろ日本の失業率や有効求人倍率といった数字が、実態から掛け離れているのである。多少なりとも使えるとしたならこれらの傾向だけであろう。ところが世間には有効求人倍率が「1」を越えたから、人手不足になったと勘違いする人々が多い(日本の経済学者にも同じようなレベルの者が多いと筆者は感じている)。

    しかしハローワークの積極的な営業活動によってかなり求人数が水増しされていたり(例えばとても人が集まりそうもない酷い会社の求人や、営業活動の一環の求人・・例えばセールス実績を上げなければ正社員にしないといった会社の求人によって)、また逆に就職する気のない者が失業保険をもらうために求職票を出したりしている。つまり有効求人倍率という数字はかなり歪んでいる。したがってこの数字はとてもまともには使い物にならないと認識すべきである。そもそもハローワークを通して、職を得る者は全体の5分の1程度である。


    筆者は、世の中に多少人手不足感があるとしたなら、その理由は経済の回復ではなく団塊世代の引退と思っている。実際、上記の日経の調査でも人手不足の理由として「団塊の世代の大量退職(45%)」「企業の採用抑制(39%)」を挙げているのに対して、「景気の回復」はわずか14%である。

    特に人手不足が深刻と言われている建設・土木の現場は、作業員の高齢化が進んでおり、それでなくとも危機的な人手不足は前から予想されていた。元々建設・土木業は3k「きつい、危険、きたない」の代表格であり、しかも公共事業費の単価の引下げで低賃金になっており、以前から若者は敬遠してきた。また公共投資はずっと抑制されてきており(民主党の「コンクリートから人へ」政策が決定打となった)、急に公共事業が増えても人員的に対応できないのは当たり前である。


  • 時給1,500円は高い?

    前段で牛丼チェーンのバイトの時給が1,500円という話をした。現実を知らない(むしろ知らないことを誇りにしている)ニュークラシカル派の経済学者やエコノミストは、これこそ賃金インフレの兆しの証しと騒いでいる。しかし時給1,500円というものが決して高くないという認識が必要である。

    日本人の年間の平均労働時間は2,000時間くらいであろう。また大企業の従業員で有給休暇を取れば1,800時間となる(欧州はこれより短い)。したがって時給1,500円は年収で270〜300万円と計算される。これに対し大企業の社員(サラリーマン)の年収を700万円とした場合、これに社会保険料(厚生年金、健康保険など)や退職金などをプラスすると、企業側の総負担は700万円の1.5倍、つまり1,050万円程度になる。これを時給で換算すると5,250〜5,800円くらいになる。


    つまりアルバイトの時給標準は考えられないほど低いのである。さらに地方のバイトの時給は安く750円程度である(つまり年収換算では135〜150万円)。また型枠工や鳶(とび)職の日当が2〜3万円に上がったと騒がれているが、時給換算では2,500〜3,750円とサラリーマンに比べまだまだ安い(しかも雨が降って工事が中止になれば日当は支払われない)。また他の建設・土木の作業員の日当はもっと安く、地方ではさらに全体の日当が安くなる。

    ちなみに昔は、アルバイトと言えば学生アルバイトに代表されるように一時的な労働形態であった。つまり正社員に採用されるまでの生活費を稼ぐことなどが主な目的であった。したがってバイトの時給が安くても社会的な問題にはならなかった。しかし今日のようにこれだけ非正規労働者が増え、労働者の構成が大きく変化すれば、事情は変わって来る。例えば正社員を前提にした今の年金制度は抜本的に改正しなければ、現実に対応できなくなると筆者は考える。


    このように非正規労働者の収入は極めて低い。この低い労賃が多少上がったからと言って「インフレ」「人手不足」と騒ぎ出す日本の経済学者やエコノミストの方が問題である。しかも人手不足の主な原因が景気回復ではなく単に団塊の世代の引退とすれば、政治判断に間違ったメッセージを送ることになる。

    特に安倍政権の近辺には、この種の頭のおかしな経済学者、エコノミスト、そして彼等に影響をうけた財界人が多数見受けられる。この結果、打出される政策も「外国人労働者を増す」など奇妙なものが並ぶ。また「人手不足が問題になるくらい経済が回復しているなら、消費税を増税しても良い」といった、誤解に基づく政治判断が下されるようなら最悪である。


    ところで公共事業が人手不足で進捗しないという話をよく聞く。しかしこれは人手不足だけの問題ではないと考える。筆者は、これまでの公共事業の進め方を見直す必要があるのではないかと思っている。

    端的に言えば公共工事の合理化が必要である(ただし合理化の成果は労賃の増額と労働時間の短縮に使う)。日本では公共工事を施工するに当って、丁寧な仕事が行われてきた。丁寧な工事の施工は大切であるが、その丁寧さが過剰なら改善・改良する余地があると筆者は言いたいのである。

    例えば日本では新幹線の工事が遅々として進まない。中国なら一年間で日本の新幹線を全部作ってしまうであろう。もちろん筆者も中国の工事に大きな問題があることや、日本で工事用の敷地の買収に手間取ることを承知している。しかしそれにしても日本は時間が掛り過ぎである。日本は新幹線を世界に売り込んでいるが、いくら日本の新幹線が安全と言っても、これでは中国に完全に負けると思われる。

    これも建設・土木業界(監督する官庁を含め)が公共投資がずっと減少してきたことに強く影響されて来たからと筆者は思っている。工事がますます少なくなることを見越し、業界全体がこれに対応する体質になっていると見られる。一つの工事になるだけ時間を掛け、過剰に丁寧に施工しようという雰囲気が蔓延しているのである。

    しかし国土強靱化計画やオリンピックなど、今後、公共投資が増えるのは必至である。つまり日本においてこの業界だけは例外的に十分な需要がある。したがって工事の合理化は避けられず発想の転換(筆者が日頃嫌っている構造改革)が必要と考える。これは「外国人建設労働者の受入れ」より先に検討すべき事項である。



来週は、日本の労働市場の特徴かもしくは為替を取上げる。



14/9/15(第812号)「経済学とニヒリズム」」
14/9/8(第811号)「サミュエルソンは新古典派?」」
14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」


12年のバックナンバー

11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー