経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




14/9/8(811号)
サミュエルソンは新古典派?

  • 日本での新古典派に対する誤解

    内閣改造を行い安倍政権は新体制となったが、経済政策の行方についてはもう一つはっきりしない。もし消費税増税の実施されるようなら最悪である。とにかく新政権にとって消費税増税が最大のポイントである。


    さて先週号において新古典派の話をした。ところで日本ではこの新古典派経済学に関してとんだ誤解がある。正直に言って、筆者もある時期まで同じような勘違いをしていた。米国でレーガン大統領、英国でサッチャー首相がリードする形で経済改革を実施していた頃である。両国とも、国際競争力の低下に加え、経常収支と財政の赤字、そして物価上昇に悩まされていた。

    両国主脳の経済思想と経済理論は、新自由主義と言われている。具体的な政策と理念は「規制改革による構造改革」「小さな政府論」「供給サイド重視の経済論」などである。ただし米国の金融政策は、当時のボルガーFRB議長が高金利政策(物価高の抑制のため)を敷いていた。


    そしてこの新自由主義のバックボーンとなっていたのが新古典派経済学と言われていた。しかし筆者などは新古典派と言えば新古典派綜合で有名になったサミュエルソン達を思い浮かべる。ところが当時、日本で新古典派経済学理論として紹介される論議は、サミュエルソン達の経済論とは掛け離れていたので筆者などは戸惑ったものである。

    後日判明したが、一口に新古典派といってもサミュエルソン達のネオクラシカル派と新自由主義を信奉するニュークラシカル派とは全くの別物ということである。これについては本誌も02/3/25(第246号)「ニュークラシカル派の論理」02/4/1(第247号)「ニュークラシカル派の実験」で取上げた。


    日本では理知的な経済学者だけがこの両者の違いを認識していたのであろう。一方、ほとんどの政治家やマスコミ人を始め一般の人々は誤解していたと考える。たしかに日本では両者は同じ新古典派と称せられる。しかし経済理論だけでなく経済に関する思想に関し、両者は全く異なるのである。それどころか両陣営は激しい論争を行ってきた。このような重要なことが何故か知られていないのである。

    両者の大きな一つの争点は、財政政策つまりケインズ政策の有効性に関するものである。ニュークラシカル派の学者はケインズ政策を完全に否定する。それどころかケインズ政策はむしろ有害と決めつける者までいる。一方、ネオクラシカル派は、ケインズ政策は有効な場面があることを認識している。

    そもそもネオクラシカル派は、ケインズモデルを否定するのではなくモデルを拡張することがスタートであった。ケインズモデルは、「短期静学」「閉鎖体系(海外との経済取引がないという仮定)」「完全競争」といった前提条件の基で構築されている。サミュエルソン達は「短期静学」から「長期で動的(したがって技術進歩もモデルに取入れた)」へのモデルの拡張を試みたのである。これについては10/11/29(第641号)「「ケインズはもう古い」?」で述べた。つまり彼等は決してケインズモデルを否定していない。


    ネオクラシカル派とニュークラシカル派の違いをまとめ、またその説明をしたのが08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」である。つまりサミュエルソンなどは日本で新古典派と分類されているが、実態は「現実の経済に関心を持つエンジニア」、つまり立派なケインジアンである。ところが日本ではこのような違いが明らかにされないだけでなく、これに関する議論が全くない。

    したがって拙く奇妙な経済理論を振りまくニュークラシカル派の生みの親が、新古典派綜合を行ったサミュエルソン達といった誤解さえある。しかしこれは実に由々しき事態である。サミュエルソンの「経済学(都留重人訳)」は経済学の教科書として広く使われていたこともあって、特にサミュエルソンという経済学者の権威が絶大な時代が続いていた。


  • サミュエルソンから返事

    昔の話になるが、コント55号の坂上二郎がサラリーマンが猛勉強しているコントの中のセリフが「これからの時代はケインズではなくサミュエルソンだな」であった。つまり当時、テレビの視聴者にとってもサミュエルソンという学者が経済学者として認知されていたのである。おそらく日本の一般の人々で経済学者として認識していたのは「アダム・スミス、ケインズ、マルクス」とこの「サミュエルソン」くらいなものであった。

    つまりサミュエルソンには日本で絶大な信用があった。そしてサミュエルソンが新古典派と見なされ誤解されていたことが、日本でその後の奇妙な新古典派(ニュークラシカル)理論が急速に広まる助けになったのではと筆者は考える。ところがこの変態経済学の普及は日本に大きな災いをもたらしてきた(一例を挙げれば橋本政権の異様な改革路線など)。そして残念なことに今日の安倍内閣の閣僚にもこの変態経済学の影響を強く受けている者が目立つ。


    話はちょっと変わるが、これは03/1/27(第282号)「所得を生むマネーサプライ」で取上げたエピソードである。「日本経済復活の会」の小野盛司氏は、財政政策のシミュレーション分析を行っていた。そしてその途中結果(財源を減税に充てたケース)を有力経済学者に送ってみた。すると驚くことにサミュエルソンから返事が来た。その全文は次の通りである。
    If strong tax cuts were "to bring remarkable recovery of Japanese economy",
    then I would not worry about a failure to achieve a positive inflation
    rate. This latter condition is not itself a primary goal of policy.
    What counts is to rid the system of insufficient real spending attributable
    "liquidity trap" or anythng else.
    これを簡単に約す
    大規模な減税が日本経済の著しい回復をもたらすのであればインフレ率が十分高くならないとしても、気にしなくても良い。インフレ率自身は政策の最終目標ではないからだ。重要なことは、流動性のわなに起因する消費の欠如を取り除くことであり、それ以外のものではない。


    この小野さんへの返事を見ても分るように、サミュエルソンは新古典派(ニュークラシカル)とはほとんど正反対の考えの持ち主である。むしろケインズに極めて近いと言える。ちなみに大胆にも小野さんがサミュエルソンにシミュレーション分析の結果を送ったのは、日本経済復活の会顧問の宍戸駿太郎筑波大学名誉教授のアドバイス(面白そうだから送ってみたら、きっと返事が来るよ)による。

    米国で現実の経済政策に携わっている経済学者は、全員ケインジアンである。このことは08/10/6(第544号)「マンキュー教授の分類」でも述べた。この現実を日本の政治家・官僚やマスコミ関係者のほとんどが知らないようだ(このせいか08/11/3(第547号)「クライン博士の本心」で取上げた笑い話のようなことが起っているのである)。

    このように米国の経済論壇ではサミュエルソンの流れを組むケインジアン達が主導権を握っている。具体的に実名を挙げるなら、クルーグマンやスティッグリッツ、ロバート・ソロー、そしてサマーズなどである。おそらくトマ・ピケティもこの系列に属すると筆者は見ている。このようにサミュエルソンを変態経済学者の集まりである新古典派(ニュークラシカル)の親分と勘違いしていた人々は、まさにハシゴを外されているのである(筆者も昔はその一人であった)。



新古典派(ニュークラシカル)の変態振りを取上げる。



14/9/1(第810号)「ハシゴを外されそうな日本」」
14/8/25(第809号)「ハシゴを外された話」」
14/8/4(第808号)「トマ・ピケティの「21世紀の資本論」」
14/7/28(第807号)「三教授のサマーズ論の解説」
14/7/21(第806号)「一家に一台が需要の天井」
14/7/14(第805号)「ポンコツ経済理論の信奉者達」
14/7/7(第804号)「経済成長の三つのパターン」
14/6/30(第803号)「サマーズとトマ・ピケティ」
14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」


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