経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




14/6/30(803号)
サマーズとトマ・ピケティ

  • 所得格差による低成長

    最近、本誌は世界的な金余りを取上げてきた。一部の国を除き、昔のような「資金の希少性」というものがなくなってきた(ただしこれは全体の話であり個々人に関しては別)。世界的な低金利はこの金余りを反映している。

    たしかに経済成長の見込める国には資金需要がある。しかしこのような国には世界中から簡単に資金が集まり、これが金利の上昇を抑える。金利上昇が抑えられることによって、さらに経済成長が促進されるといった好循環が生まれる。

    ところがこの前まで経済が絶好調だった新興国に陰りが出て、世界の中で高い経済成長を続けている国は少なくなった。また今日、引き続き経済が好調な国は比較的経済規模が小さい国である。したがってこのような国々の資金需要は小さく、これも世界的な金余りの要因になっている。そして先週号で述べたように、債券市場や株式市場はこの世界的な金余りに影響を受けている。


    筆者は低金利と低い経済成長には関連があると考える。もっと正確に言えば経済が低成長だから金利が低下すると思っている。つまり中央銀行の低金利政策や金融緩和政策がなくとも、今日の先進国経済の元では、低成長になれば金利は低下すると筆者は見ている。


    サマーズ元財務長官は昨年から「米国経済の長期停滞論」を展開している。この原因として、サマーズ氏は米国での所得格差の拡大を挙げている。一部の者に所得(富)が集中することによって、国全体の消費が減少し需要不足に陥るためと彼は指摘している。これは高額所得者の貯蓄性向が小さいからである。したがって所得格差が大きくなるにつれ、経済成長率が低下するということになる。

    サマーズ氏の指摘は経済理論として納得の行くものと筆者は考える。彼は個性が強く、度々エキセントリックな発言(女性蔑視発言など)で物議をかもしている。しかしこと経済についての発言は、昔から極めてオーソドックスであった。


    最近、トマ・ピケティというフランスの経済学者が世界的に注目を集めている。この学者は、一貫して所得の不平等や経済格差の拡大を研究している。例えばフランスや米国の高所得者の所得が総国民所得に占める割合の推移を研究している。1930年代から1980年まで比較的低かったこの比率が、1980年(レーガン大統領時代、つまり新保守主義台頭期)以降、世界的に大きくなっていると彼は結論付けている。

    また彼は経済成長率と企業の収益率(つまり資本の収益率)の関係を百年に渡り研究している。彼は、最近、経済成長率より資本の収益率が上回る状態が続いていることを重視している。つまり今日、資本を持っている者の側が経済的に優位に立っていると分析している。

    トマ・ピケティ氏は、ウォール街系のエコノミストから新マルクス主義と批難されている。彼の研究結果は2011年の「ウォール街を占拠せよ運動」にも大きな影響を与えている。これらの経済理論の真偽は別として、最近、彼の新著書が世界的なベストセラーになっていることが注目される。


    米国が低成長に転換する今日の局面において、サマーズ元財務長官がこのトマ・ピケティと同様に所得格差の拡大に言及しているところが面白い。米国がある程度の経済成長を続けていた時代は「誰もが努力すればビル・ゲイツのような成功者になれる。つまり米国にはアメリカン・ドリームがある。」という半ば幻想的な話が大きな説得力を持っていた。

    したがって所得分配や所得の格差を問題にする声は、これにかき消され軽視されてきた。しかし今後、経済がずっと低成長を続けるとなれば人々の考えも変わると思われる。人々の関心は、これから自然と「所得の分配」に移って行くのであろう。


  • 不況下の株高

    所得格差の拡大は、一方で金融資産の増大を招く。これはサマーズ氏の指摘のように、高所得者の消費性向が小さい(つまり貯蓄性向が大きい)からである。筆者はこの他にもいくつかの金余り要因を取上げてきた。一つは産油国の大きな資金余剰である。これは2000年以降、新興国の経済発展により石油の需要が増大し原油価格が高騰したからである。

    もう一つは、アジアなどの諸国が経済成長にもかかわらず貿易黒字を溜め込み、経常収支の黒字に努めたことが挙げられる。アジア諸国は1997年の経済危機に際し、IMFの管理下に置かれた。IMFはアジア諸国に緊縮財政を強いたため、これに懲りたアジア諸国は経済成長にもかかわらず経常黒字の確保に躍起になったのである。為替介入でウォン安を維持している韓国などはその典型であろう。


    欧米の所得格差による余剰資金に加え、これらのオイルマネーやアジアの資金が欧米に流れ信用創造を通じバブル経済を演出した。米国ではサブプライム問題に見られる住宅バブルが発生した。欧州では、EU拡大による中・東欧の開発ブームやスペインなどの住宅や太陽光発電バブルを引き起した。

    サブプライム問題の発生やリーマンショックで欧米のバブルは崩壊した。しかしバブルを起こしたこれらの巨額の資金はいまだ健在である。バブル崩壊で大損した負け組がいる一方で、資産を高値で売り抜けた勝ち組の資金は無傷のまま銀行に眠っている。大銀行は融資で大きな損失を抱えたが、公的資金投入によってなんとか生き長らえている(バブル崩壊にもかかわらず、極めて小さな銀行を除きペイオフは行われていない)。


    筆者は、バブル経済を経ることによって大きな資金余剰が生まれ、有効需要が不足(負け組の消費や投資が縮小するため)することによって経済が低成長になるメカニズムを何度も説明してきた。資金は潤沢にあるが需要がないのである。今日の欧米の経済はまさにこの状態である。

    またこの経済状態は、日本がこれまで経験し今でも引きずっているものである。筆者は、サマーズ氏やトマ・ピケティ氏が問題にしている所得格差が是正されれば、多少状況は改善すると考える。しかしこれだけでは以前と同じ経済成長は無理である。それどころか消費税増税に見られるように、日本においては逆方向の政策が採られている。


    世界的に金余りが起っていることに人々も気付いている。株価は上がる一方で、債券価格も上昇し金利が低下している。日本の長期金利はとうとう0.56%まで低下している。

    米株価の上昇を見て、再びバブルが発生するのではないかという声が出ている。これに対してイエレンFRB議長は、まだバブルではないと否定している。このイエレン発言を受け、米国の株価はさらに上昇している。またちょっと奇妙な話として英国ロンドンでは住宅価格の上昇が続いている。


    筆者は、今日の状況をバブルの入り口に立っていると見ている。つまりいつバブルに向かっても不思議がない客観状勢にあると認識している。この根拠は、ずっと指摘しているような膨大な金余りの存在である。しかし簡単には再びバブル経済に陥ると筆者も考えない。おそらくずっとバブルの入り口に立ち続けるままと思っている。少なくとも前回のバブル経済の記憶が人々にはまだ生々しいのである。また中国もバブル崩壊に入った段階である。

    筆者は、バブル発生を心配するより悪い雇用状勢を問題にすべきと考える。日本でも表面的な失業率の低下や有効求人倍率の上昇が伝えられているが、実態はそんなに変わっていない。また欧州の雇用状勢はまだ最悪である。筆者は、不況下、あるいは低成長下の株高、債券高というものが当分続くのではないかと思っている。



来週は、経済成長のメカニズムを取り上げる。



14/6/23(第802号)「奇妙な話ばかり」
14/6/16(第801号)「石油は人々をおかしくさせる」
14/6/9(第800号)「ベトナム沖の一大事」
14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
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13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
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