経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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14/6/9(800号)
ベトナム沖の一大事

  • 採掘ではなく試掘

    中国のベトナム沖(パラセル諸島、西沙諸島)の石油開発や、フィリピン沖(スプラトリー諸島、南沙諸島)の埋め立て工事が周辺各国の反発を招いている。これらは自国領と中国が勝手に主張している海域である。ただベトナムやフィリピンの方もこの辺りに権益があると自ら線引きを行っている。

    すなわちこれらの海域は、昔からの係争地であり、実際に軍事衝突もあった。ASEANと中国の間ではこの解決策として「行動規範」の策定作業を行ってきた。したがって今回のベトナム船への中国公船体当たり事件は、中国がこの交渉をないがしろにしたものと受取られている(以前から中国側の乱暴な行動はあったが、今回はベトナムの我慢の限度を越えたため公表に到ったと見られる)。この問題は深刻であり長引きそうである。

    また東シナ海でも、勝手に尖閣諸島を自分の領土と主張し、中国は日本に「いちゃもん」を付けている。つまりベトナム沖やフィリピン沖での出来事は、日本にとっても決して他人事ではない。この横暴な中国の行動に対して、ようやく世界から牽制する声が上がり始めた。しかし筆者は、中国が自制する方向に簡単に向かうとは考えない。


    ただ日本のマスコミの取上げ方が多少誤解を招いているかもしれないと筆者は感じている。今週これを取上げるのもこの点が気になったからである。マスコミ報道は、中国がベトナム沖でいきなり石油を採掘し始めたという印象を与えている。筆者は、ちょっとおかしいなと感じ、ネットなどを使い色々調べてみた。しかし中国のやっているのは石油の採掘ではなく、やはり試掘であった。

    石油の採掘と試掘では全く次元が異なる。実際、中国は、先月30日、石油掘削装置(リグ)を最初の場所(ベトナム船への体当たり事件が起った所)から南東に約25カイリ(約46km)移動させたと公表している。つまり最初の試掘は失敗したと見られる(ベトナムがうるさいので少し遠くに試掘場所を変えたという可能性が多少あるが)。


    試掘を行っても石油採掘に到る確率は極めて小さい。「千みつ」と例えられるように、オーバーに言えば千本試掘を行って当たるのは「三つ」くらいの低い確率である。たしかに一本当たれば周辺に有望な試掘ポイントは増えるが、最初の一本を当てるのが難しいのである。

    つまり有望な鉱区と言っても、採算の合うような石油開発に成功するには長い時間を要する。このためにも開発地域は安定してかつ平穏であることが必要条件である。しかし前述のようにベトナム沖は決して政治的に安定した所ではない。

    そのような問題海域で、中国が単独で石油の試掘を始めたとは驚きである。ただ中国が周辺国(ベトナムなど)と長く揉めることを覚悟していたか不明である。ベトナムがいつものように泣き寝入りするものと踏んでいた可能性がある。


    石油開発の主体は、国営の中国海洋石油総公司(CNOOC)であり、実際の探査を行っているのは子会社の中国海洋石油有限公司(CNOOC Ltd)である。中国海洋総公司は中国三大石油会社の一つであり、主に石油やガスの開発、つまり石油産業の上流(川上)部門を担当している。筆者は、この会社の幹部が石油開発には時間が非常に掛かることや、仮に採掘に成功しても生産物の処理が難しいことをおそらく理解していると見ている。

    しかし中国政府や試掘現場を警備している中国海軍が、そのような問題を理解しているか不明である。ただ石油開発は海軍の利権となっていることを認識しておく必要がある。どうも今回の試掘が隣国と大きな摩擦を生み、国際的な批難を受ける割には果実が小さいことを彼等はあまり気にしていないと筆者には感じられる。さらにこの事件直後、中国陸軍がベトナムとの国境に集結したことも注目される。筆者は、おそらく訳の解らない中国政府は、中国海洋石油総公司(CNOOC)と軍部の独走を単に追認しているに過ぎないと見ている。


  • 漁民と漁船は要注意

    試掘を行っても石油が出るとは限らない。また仮に石油採掘に成功しても、採算に合う産出量を確保できる保証はない。また石油ではなくガスだけが出るケースも十分考えられる。ガスだけが産出してもどうしようもないのである。中国本土まで長いパイプラインを引くことは難しくコストが掛かる。ましてや産出したガスを液化して運ぶとなればさらに莫大な費用が必要となる。

    中国は、現在、東シナ海(日中中間線の中国側)でガスの採掘を行っている。このガスは対岸の消費地の中国本土までパイプライン輸送されている。これが可能だったのもパイプラインが比較的短くて済んだからである。ちなみにに日本がこの辺りでガスの採掘に成功しても、沖縄本島まで距離がありこのガスの処理が難しい。


    たとえ中国がベトナム沖で試掘に成功し、ガスではなく石油を産出しても、産出量が日量数万バーレルの規模ではたしにならない。かりに数十万バーレル規模となれば一応成功と言えるが、それには数年以上(場合によっては10年以上)の期間を要する。その間、中国は周辺諸国や世界中の国々からずっと批難され続けることになる。中国政府にそのような覚悟があるとは思えない。

    つまり今回の件は、軍部の独走(中国海洋石油総公司を巻込んで)と筆者は見ている。ところで中国政府は、海軍が石油試掘の警備に当たることを承知しても、ベトナム船に体当たりしても良いとまでは言っていないであろう。また軍部の中枢と現場の関係も微妙である。


    これは筆者の憶測になるが、軍部の上層部は警備として近寄って来る外国船を脅すことまでは容認しても、体当たりしろとまでは命令していないと思える。つまり今回の件は、現場が勝手に判断した結果と筆者は見ている。このように指示命令系統がチグハグな例はいくつもある。

    先日、日本の自衛隊に中国戦闘機が30mまで異常接近した。これも中国パイロットの単独行動という記事が6月7日の日経新聞に掲載されている。またこの記事には、昨年1月の中国軍艦船の自衛隊艦船へのレーダ照射事件もやはり現場の独走だったという話が載っている(中国海軍は今年4月にレーダ照射を禁じる行動規範を日本など20ヶ国と結んだ)。


    中国政府は軍部を抑え切れていないと見られる。どうも海軍は、中国海洋石油有限公司を使って見切り発車的に石油探査を始めたのであろう。さらに前述ように軍部の上層部も現場をコントロールできていないと見られる。

    「王は君臨すれど統治せず」という言葉があるが、中国の政府は「統治すれど治めず」と筆者は見ている。「統治」とは中国の共産党支配を覆す勢力の排除と徹底して取り締ることを意味する。「治める」とは本来行政ということになるが、所詮、中国の行政は、一党独裁体勢を維持するために必要な範囲までしか影響力が及んでいないと思われる。前段でASEANとの「行動規範」策定の話をしたが、ASEANの交渉担当者は中国の外務省がまるで頼りにならなかったという話をしている(よって作業を中断していた)。どうも中国政府は軍部の利権(石油開発)に及ぶ範囲に手を出せないと見られる。

    習主席が13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」で触れたように「中華民族の偉大な復興」と唱え、特にこれが軍部を刺激した可能性が高い。この宣言が中国軍部を勢い付かせているのである。このように今日の中国は極めて危険な状態になっている。


    中国の変化に日本は対応できる体勢を早急に作る必要がある。「中国は孫子の兵法で最後は戦うことを避ける」、「憲法9条の改正が正攻法」、「中国と対話すべき(一体誰と話をするのか)」といった間抜けなセリフを言っている場合ではない。「グレーゾーンの法整備」でも何でも良いから、実効が上がる策を直に講じる必要がある。

    日中衝突の場面は色々と考えられる。ベトナムの例のように、日中中間線を越える石油資源の探査が考えられる。また漁民に扮した中国兵が漁船(実際は軍艦を改造したもの)に乗って尖閣に上陸することも大いに有りうる。ベトナム漁船も中国漁船に体当たりされ沈んだが、この中国漁船も普通の漁船とは考えにくい。

    とにかく中国の漁民と漁船は要注意である。中国は、昔(戦前)から、軍人が軍服を脱ぎ捨て一般市民に紛れ込んで敵に攻撃を加えるという戦法が得意である。もっともこれは便衣兵と呼ばれ、本来、戦時国際法で禁じられている。漁民に扮したこの便衣兵が日本近海にやってくることを想定しておく必要がある。



来週は、今週の続きを予定している。



14/6/2(第799号)「金利低下の背景」
14/5/26(第798号)「政策目標の変更」
14/5/19(第797号)「「美味しんぼ」騒動」
14/5/12(第796号)「使えない経済指標」
14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
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12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
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12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
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12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
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