経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




14/5/26(798号)
政策目標の変更

  • 倒錯した政策目標

    経済の世界で、筆者が違和感を持つ政策と表現が目立っている。その一つが「デフレからの脱却」を「物価の上昇」で判断しようとしていることである。安倍政権の一大テーマがデフレからの脱却である。そして黒田日銀が掲げる金融政策の目標が「年率2%の物価上昇」ということになっている。

    つまり物価が上昇すれば、日銀の政策は成功ということになる。しかし筆者に言わせれば、これは実に倒錯した政策目標である。多くの人々にとって物価上昇は不幸そのものである。物価が上昇して政策がうまくいったなんて、これを言っている関係者は「自分の頭がおかしくなった」と思った方が良い。


    もちろん「年率2%の物価上昇」に、金融緩和によって経済活動が活発になり、この結果、物価が上昇するという前提があることを筆者も当然承知している。この経済活動の活発化を具体的に言うなら設備投資、住宅投資そして消費の増加であり、実態経済の活性化である。それならば金融政策の目標を例えば「名目GDPの増加率、つまり名目経済成長率」にすれば良いのである。

    それなのにエコノミスト達は「物価上昇率が2%を上回ればアベノミクスは成功で、もし下回ることになれば失敗」と間抜けなことを言っている。消費税増税分を除き、今日の物価上昇のかなりの部分は円安による輸入物価の上昇による。本当に経済活性化によって物価が上昇するのなら、アベノミクスも是認される部分がある。しかし単に輸入物価上昇によって物価が上昇しているのなら、誰も喜べない事態である。


    筆者は、経済活動の活発化のバロメータはデフレギャップ(需給ギャップ)であり、この縮小こそがデフレからの脱却の証しと考える。デフレギャップが縮小するから設備投資が実施され、雇用が喚起され賃金の上昇が起る。この結果、所得が増え消費が増える。最終的に多少物価も上がるかもしれないというのが、筆者のデフレ脱却のシナリオである。最後の物価上昇にしか興味を抱かないエコノミストや金融政策の当局者達がおかしいのである。

    筆者がデフレギャプの全てがなくなる状態を望んでいるわけではない。有効需要創出によって、デフレギャップがある程度縮小すれば良いのである。例えば日本の製造設備の平均稼働率が70%なら80%(75%でも良い)に上がれば良いのである。平均稼働率がそれだけ上がれば、個々のケースを見て稼働率が90%を越える設備もそれだけ増える。そのような状態になれば、自然と設備投資が出てくるのである。


    一方、有効需要が増え経済活性化すれば人手も不足し、さらにデフレギャプが縮小し賃金も上昇する。筆者は、はっきりと賃金が上昇するためのメドを有効求人倍率なら1.5から2.0程度と見ている。昔の話になるが日本では有効求人倍率が常に3をはるかに越える時代が長く続いた。それだけ人手が不足していたからこそ、企業は人を囲い込むため正社員を増やしたのである。

    日経新聞などに、日本の有効求人倍率が1前後になったから雇用問題はほぼ解決したような記事がよく見られる。しかし求人の質が重要である。ブラック企業や待遇の悪い居酒屋や牛丼チェーンの求人がどれだけ増えても意味がない。しかしどうしても不人気なこの種の求人は発生する。つまりまともな求人数が増えるには、有効求人倍率がもっと大きくなる必要がある。

    また人の行きたがらない企業や職場は、雇用条件を良くすべきである。また人手のかからない業態に転換するか新しい技術の導入が望まれる。良い例がガソリンスタンドのセルフ化である。今までのような低賃金のままでは、投資が必要なセルフ化は進まないのである。

    今日のように、人手不足の業種が出てくると直に「外国人の活用」という安易な声が必ず出てくる。筆者は、そのような業界は賃金の上昇と待遇の改善をすべきと考える。それに対して創意工夫ができない企業は淘汰されてもやむを得ないと筆者は考える。


  • 有効求人倍率と設備の稼働率

    前段で述べたように、デフレ脱却のメドを物価上昇で判断しようという間違った(筆者から見て)考えが横行している。これも物価上昇をインフレ、物価下落をデフレといった問題のある表現が平気で使われていることが大きな原因と筆者は考える。だいたい物価上昇は、英語でprice increase(またはrise)であり、物価下落はprice declineである。

    一方、本来、インフレは「資金膨張による需要増大」であり、デフレは「資金縮小による需要減少」である。物価上昇をインフレと呼ぶのは、資金膨張によって需要が増えれば必ず物価が上昇するといった間違った観念が広まっているからと筆者は考える。ちなみにデフレは反対の概念である。


    さらに物価上昇(物価下落)は、需給だけでなく市場の競争状態や海外物価など色々な要因で起る。また生産力(生産設備と雇用)が余っている状態では、需要が増えても簡単には物価上昇は起らない。それどころか、今日、IT製品や通信のように、需要が増えれば逆に価格が下落する消費財の割合が大きくなっている。

    このようにインフレやデフレと価格変動の関係は極めて弱くなっている。そもそも日銀が金融緩和によって資金放出(彼等の言うインフレ政策)を行っても、簡単には需要が増えないのが今日の日本経済の姿である。これも新古典派経済学の「デフレ(需給)ギャップはほとんどなく(実際、日銀は需給ギャップはほとんどないと間抜けなことを言っている)需要が少しでも増えれば、必ず物価が上昇する」といった幼稚で雑な観念論が世界中に広まっているからである。


    筆者は、安倍政権が政策目標を変更することを薦める。デフレ脱却のためには、雇用環境を良くすることと新規の設備投資が増える状況を作るという政策が妥当と筆者は考える。そしてこれに応じ物価上昇率に代わる合理的な目標数値の設定が必要である。

    筆者は雇用状況に関して前段で取上げた有効求人倍率が適当と考える。失業率は先々週で述べたように全く使えない数字である(例えばブラック企業の従業員なんて半分失業者としてカウントすべき)。筆者の感触では、有効求人倍率が1.5〜2程度になることを最低の目標としたい。ただし今日の有効求人倍率の算出方法に問題があることは筆者も承知している。


    設備投資が増える状況を作るための目安は、やはり前段で取上げた設備の平均稼働率が適切と考える。日本の稼働率を算出・管理しているのは、06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」で紹介したように、経済産業省の調査統計部経済解析室のIIPの稼働率指数担当である。

    筆者は日本の平均稼働率を70〜75%程度と推定している(どういうわけかこの重要な数字を最近全く見かけない)。例えばデフレ脱却のメドを、現在より5%上げることにすれば良い。おそらく平均稼働率が5%上がればかなり設備投資が出てくると思われる。

    筆者は、新規の設備投資は日本経済にとって極めて重要と考える。設備投資の乗数効果に加え、新しいヴィンテージの生産設備の導入によって日本の産業の国際競争力が維持されるのである。しかし稼働率が上がらないままでは、どれだけ投資の優遇政策を行っても新規投資は難しいと考える。


    今のところ、筆者はこのように有効求人倍率と設備の稼働率をデフレ脱却の目標数値として適当と考えている(もちろんこれらより優れた数値を新たに作るということも考えられるが)。問題はこの政策目標を実現するための政策である。筆者の念頭にあるは、やはり財政政策などの有効需要創出政策になる。総需要が増えることによって有効求人倍率と設備稼働率が上がるのである。

    つまり金融緩和だけでこれらの数値が上がることはない。金融政策は、あくまでも有効需要創出政策の補助的立場である。しかし現実は全く逆の方向の政策が採られている。消費税を増税し社会保障費の負担を増やし逆に有効需要を減らしているのである。そして物価が2%上がればデフレから脱却と言っているのだからあきれる。



今のところ来週は、今週の続きを予定している。



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14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
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14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
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14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
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