経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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14/5/12(796号)
使えない経済指標

  • 目クソ鼻クソの戦い

    徹底した金融資産買上げによる米国FRBの金融緩和政策(QE3)が今年に入って変更された。この非伝統的手法の金融緩和政策は、リーマンショック後の経済の落込みをカバーするものであった。しかし金利はゼロ金利まで低下しており、金利操作によるこれ以上の金融緩和は不可能になっていた。したがってFRBの米国債と住宅担保証券の買上げによる市場への資金放出(量的緩和)という手段しかなくなっていた。

    その後、米国経済はどうにか底を脱し回復基調を示すようになった。そこでこの異例な政策と見なされてきた量的緩和政策を終了させる段階に入ることが、バーナンキ前FRB議長の置き土産として決定された。毎月850億ドルの金融資産を買上げてきたが、今年の1月からこの額を毎月100億ドルずつ減額している。


    たしかに経済成長率も多少上昇し、懸案の失業率も一応の目安としていた6.5%を下回るところまで来た(4月は6.3%)。次の市場の関心は、いつゼロ金利が解除され、いつ金利が上昇するかというところまで来た。ところがイエレンFRB議長の発言が揺れている。たとえ量的緩和が終了しても、直にはゼロ金利は解除しないというメッセージーを盛んに送り始めている。

    たしかに米国の経済成長率は上向き、失業率も低下している。しかし今回はこれまでの景気回復期と感じが異なることにFRB議長も気付いている。具体的な懸念材料は、物価が上昇しないことである。これだけ失業率が低下しても、人件費が上がってこない。また物価が上昇しないということは、金利を上げる必要はないということになる。

    FRB議長の解釈は、雇用の形態が変化したため失業率を見ていては本当の雇用状況が分からないということである。米国で増えている雇用は、不定期労働や賃金の低いサービス業分野に限られている。つまり現実の社会では失業率で捉えられない雇用環境の劣化が起っているため、単純に失業率を見ているだけでは政策を見誤るのである。


    日本でも、失業率が現実の雇用状況を反映していない。日本の2月の完全失業率は、3.6%ということになっている。この数字だけを見れば、日本は欧米に比べ雇用状勢が際立って良いということになる。しかも3.6%の失業率のうち、景気要因はわずか0.1%で、残り3.5%がミスマッチ要因という解釈である。これではデフレ脱却を唱えるアベノミクスなんて全く不要ということになる。とにかく現実の経済から目を反らす人々は、何でもミスマッチで片付ける。

    就職時期になると「大企業への就職は狭き門であるが、中小企業には人が集まらない」という声が必ず出る。これも雇用のミスマッチと理解されている。しかし給与や福利厚生などの待遇面で大きく異なる両者を同列に見るのが無茶である。雇用条件の良い大企業の採用が増えるには、企業業績が良くなるとか日本経済がよほど上向く必要がある。


    失業率と並んで、経済の実態を見誤らせるのが需給ギャップ(潜在的な供給力と実際の需要の差、GDPギャップやデフレギャップとも呼ばれる)である。5月10日の日経新聞にIMFの14年の需給ギャップ推計が掲載されている。これによると先進国の需給ギャップはわずか1.1兆ドル(約110兆円)ということになっている。また先進国全体では、これがGDP比で2.2%になるという話である。ただこれでも需給ギャップは大きいとIMFは問題視しているところがおかしい。おそらく今の需給ギャップの算出方法がおかしいことを薄々認識しているのであろう。

    だいたい日本を除き、各国の失業率は10%を越え、したがって当然設備の遊休もそれに応じて大きいはずである。これでGDP比で2.2%しか需給ギャップがないと言っているのだから驚く。筆者達の感覚では、需給ギャップがたった2.2%なら経済は超好景気であり、設備投資がバンバンなされているはずである。したがってデフレ対策なんて全く不要ということになる。


    日本でもIMFと似た手法で需給ギャップが推計されている。内閣府の試算は、13年10〜12月の需給ギャップのGDP比は1.6%と言っている(ちなみにIMFは日本の需給ギャップを1.3%と推計)。ところが日銀は同時期(13年10〜12月)に需給ギャップがほぼ解消したとしている。このため内閣府と日銀は、需給ギャップを巡って言い争っているという話である。筆者に言わせればまさに「目クソ鼻クソの戦い」である。

    このように今日公表されている失業率と需給ギャップは、現実の経済を分析する上で使えない数字である。しかし需給ギャップと言えばこれしかないのである。もしこれが使えるとしたなら、絶対値としてではなく、過去と比較する時だけである。つまり状況が良くなっているのか悪くなっているかがかろうじて分かるといった程度である。


  • 失業率と需給ギャップは使えない数字

    経済を見る上で、重要な指標である失業率や需給ギャップが役立たずになっていることを考える必要がある。筆者は11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」06/3/6(第427号)「GDPギャップのインチキ推計法」などで需給ギャップ(つまりGDPギャップ)の算出法に問題があることを昔から指摘してきた。しかし前段で述べたようにこれが日本だけの問題ではなく、IMFの推計を見ても分かるように世界中がおかしいのである。

    この理由を述べれば長くなる。端的に言えば、世界の隅々まで新古典派的な経済の見方が浸透しているからである。新古典派は、本来、需給ギャップの存在を認めない。設備の遊休があれば、それらは陳腐化して使い物にならないと認識し、また彼等は失業をミスマッチと決め付けている。需要不足という事態を認めないのである(つまり経済が成長するには構造改革しかないといった結論になる)。したがって今回IMFが小さいながらも需給ギャップを問題にしたのは、ある意味で画期的なことかもしれない。


    筆者は、これも欧米がデフレ経済に突入したからと認識している。これについては前述の11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」で「有効需要不足のメカニズム」として述べたところである。バブル経済崩壊後に起る需要不足は、新古典派経済学では説明できないことである。

    経済の変遷では、世界の中で日本が一番先頭を走っている。バブル経済の崩壊だけでなく、少子高齢化や地方経済の疲弊など先進国がこれから直面するであろう困難は、日本が既に経験したか日本で進行中である。デフレ経済の克服といったテーマも、日本が真っ先に直面した課題であった。

    バーナンキ前FRB議長が、日本のバブル経済崩壊後の日本経済の推移や日本政府の対応を調査し参考にしたことは有名な話である。それにしても日本では、バブル崩壊やその後のデフレ脱却に有効な手が打たれなかった。それどころかむしろ状況を悪化させたる政策がどんどん採られた(時価会計の導入やペイオフの解禁など)。バブル崩壊に際しては「悪い銀行は潰せ」という声が大きくなり、資産の売り煽りが起り、さらに資産価格の下落が止まらなくなってバブル崩壊の傷を大きくした(底値になった株式や一等地は外資が買った)。


    本来、日本は世界のフロントランナーであり、直面する困難(具体的にはデフレ経済)に対する処方箋と解決策は日本でこそ生まれるものであったはずである。ところが政治と経済政策が混迷を続けたため(アクセルを踏むと同時にブレーキを踏むような政策の連続)、バブル崩壊から既に20年も経っているのにデフレから脱却できないのが現状である。

    それどころか経済政策に関わる政治家だけでなく、経済学者やエコノミストは何を勘違いしたのかデフレに伴う低成長からの脱却に、当時流行っていた米国流の新自由主義的政策を唱えてきた。象徴的なのが「異常な公共投資への嫌悪感の助長」や「異常な構造改革の信奉(小泉首相の「構造改革無くして経済成長無し」が典型)」であった。


    ようやくIMFなどもバブル崩壊後に起るデフレ経済の深刻さを認識した段階である。欧州の経済危機は、単なる金融機関と財政の問題と考えてきた。たしかにECBの各国国債の買入れなどをきっかけに欧州各国の長期金利は低下した(10%を越えていた南欧諸国の長期金利もほぼリーマンショック前の水準まで低下)。ところが金利が下がっても新規の投資は起らず、雇用の状況もあまり良くなっていない。まさに日本と同じ経路を辿っているのである。

    欧米はこれまで金融緩和だけに頼った経済政策を採ってきた。しかしこの限界が見えてきたのである。ところが次の政策がない(財政政策に踏込むことができない)。それどころか失業率を一つの目安として金融緩和政策を続けてきた米国も、失業率の目標をクリアしたからといって金融政策を簡単には転換できないことに気付いたのである。しかし失業率と言えばこの使えない数字しかない。当面出来ることは、金融政策の目処であるフォワード・ガイダンスの変更ぐらいであろう(例えば失業率の目標をこれまでの6.5%から5.5%程度まで下げる)。



来週は、今週の続きを今のところ予定している。



14/4/28(第795号)「推理小説のような中国経済の実態」
14/4/21(第794号)「中国1〜3月期のGDP成長率」
14/4/14(第793号)「日本のマスコミの問題体質」
14/4/7(第792号)「ウクライナとロシアの関係」
14/3/31(第791号)「怪しくなったアベノミクスの行方」
14/3/24(第790号)「中国のバブル生成の過程」
14/3/17(第789号)「バブル経済崩壊の序章」
14/3/10(第788号)「中国経済にまつわる奇妙な話」
14/3/3(第787号)「中国経済に変調(その2)」
14/2/24(第786号)「中国経済に変調」
14/2/17(第785号)「経済戦略会議から15年」
14/2/10(第784号)「理論と現実の狭間・・金利編」
14/2/3(第783号)「経済理論と現実の狭間」
14/1/27(第782号)「なつかしい経済理論の復活」
14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
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