経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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14/1/27(782号)
なつかしい経済理論の復活

  • リフレ派の成果であり業績

    先週号で、リフレ派の主張通りには経済が回復しないことを指摘した。このようにリフレ派の考えに対して批判めいた言い方をした。しかし筆者はリフレ派が行った好ましいことも取上げないと不公平になると思っている。それはリフレ派が「年2%のインフレ目標」を掲げたことである(ただこの目標が意味のあるものかどうかは別として)。

    前の白川日銀も年1%の物価上昇まで金融緩和を続けると言っていたが、これはインフレ目標と見なされないものであった。まずこの目標を達成するための具体的な道筋を示すものはなかった。これも以前の日銀が、日本経済全体のことより、根底に根強く「円の信認」を失うことへの警戒感を持っていたからと考えられる。つまり白川日銀までは「年1%の物価上昇まで容認」と言っても、本音ではインフレ、つまり物価上昇を避けることが金融政策の基本姿勢であった。


    しかしこのインフレ(物価上昇)は「悪」であり、反対にデフレ(物価下落)は「善」という観念は日銀だけでなく、広く国民にも染付いたものであった。学校の歴史教科書でも、インフレの弊害ばかりが強調され、人々はこれによって洗脳されてきた。本誌はこの様子を07/5/14(第481号)「インフレへの警戒感」から07/6/25(第487号)「歴史の教訓」までの7週に渡り取上げた(荻原重秀や由利公正こそが貨幣増発によって経済を立直した英雄と筆者は評価)。

    黒田日銀の「年2%のインフレ目標」は、ほぼタブーであったこのインフレ(物価上昇)を目標とするというのだから驚くべきことであった。つまりインフレ(物価上昇)は「善」であり、反対にデフレ(物価下落)は「悪」と日本全体の価値観をまさに逆転させたのである。筆者は、これこそリフレ派の大きな成果であり業績であると考える。ところが不思議なことに、これを指摘する声が経済学者やエコノミストの間からはほとんど聞こえてこない。それもそのはず、彼等の多くはこれまで事あるごとに(例えば財政支出を増大させた時など)「止めようのないハイパーインフレが起る」といった虚言・妄言で人々を脅し続けてきたのである。


    筆者がリフレ派を批判するのには二つの理由がある。一つは「インフレ(物価上昇)」の捉え方があまりにも雑で単純過ぎることである。リフレ派は、単に物価が上がれば、これをデフレ解消と考えて良いと言った感覚で捉えている。輸入品価格の上昇が原因であっても物価が上昇すれば良いと思っているのではないかと勘ぐられる。中には消費税増税による物価上昇さえデフレ解消の助けになると思っている愚か者さえいる可能性がある。

    筆者は、物価変動の中味が重要と考える。経済政策などで需要が創出され、これで設備投資や雇用者報酬が増えデフレギャップ(GDPギャップ)が縮小することによって賃金が上昇し、さらに雇用者報酬が増えるといった良い循環が考えられる。このような賃金上昇に伴った物価上昇は容認されるべきと考える。ただし日本は膨大なデフレギャップ(GDPギャップ)を抱えており、多少総需要が増えても簡単には物価は上昇しないことを筆者は承知している(政府系エコノミストは、これを誤魔化し過小なデフレギャップ(GDPギャップ)を想定している)。

    リフレ派に対するこの筆者のような批判は大きくなっている。とうとう考えが雑なリフレ派も、最近になって「良いインフレ」「悪いインフレ」と言った表現を使うようになった。おそらく「良いインフレ」とは、筆者の言っている需要の創出を出発点として最終的に賃金が上昇するシナリオであろう。しかしこのような分かりにくい表現を使い始めたところを見ると、これまでの政策の結果が思わしくないので彼等も半分「白旗」を上げているのではないかと見られる。また筆者がリフレ派を批判するもう一つの理由は、リフレ派が言う前に日本では金融緩和が既にずっと行われてきたことである。ただしこれについての言及を今週は割愛する。


  • 金融政策に寄せられている過大な期待

    そもそも筆者は、これまで何回も本来「インフレ目標政策」は物価が上昇している場面で行うものと主張してきた。例えば年4%、5%の物価上昇する場合に金融政策を使って上昇を2%に抑えようといった政策である。実際、インフレ目標政策を実施している国はいくつも有り、この政策がうまく行ったケースもある。

    ところがリフレ派は、反対に物価が下落している場面でもこれが有効と主張しているのである。金融緩和さえ行えば、物価は上昇しデフレは解消すると信じている。これも彼等が「デフレは貨幣的現象」と捉えているからである。ところがこれがうまく行っていない。最近は、彼等は金融緩和は効果が出るまでに時間がかかると必死に強がりを言っている。


    筆者は今頃になって金融政策に過大な期待が寄せられたことに関心がある。まず経済理論や経済の常識には流行り廃れがあることを述べる必要がある。特にイデオロギー色の強い経済理論は時にはマスコミまで巻込み世の中の常識のように扱われる。経済理論が一種の「新興宗教」になるのである。また「新興宗教」になりやすい経済理論についての特徴については別の機会に取上げたい。

    筆者は、マネタリズムもその一つと認識している。「デフレは貨幣的現象」と捉える考えもこれに沿ったものである。40年ほど前、マネタリズムが流行った。当時、どの先進国も物価上昇が問題になっていて、この理論が反ケインズ理論の一つとしてもてはやされた。筆者にとってはなつかしい経済理論である。


    この影響もあってか日本でも36年前(1978年)にマネタリズムに沿った金融政策が実施されている。しかしこれが大失敗で終わっている。このことを取上げたのが04/11/29(第369号)「虚構の終焉(フィクション・エコノミクス)その2」である。

    ここでは「フリードマンの貨幣数量説は一世を風靡し、日本でも78年から日銀によってマネーサブライ管理が試みられた。しかし色々と工夫したが、中間操作目標であるマネーサブライがうまく管理できず、直にこの管理方式は行なわれなくなった。他の先進国でも同様の試みがなされたが、いずれもうまく行っていない。さらにフリードマンが一定とした貨幣の流通速度Vが、各国とも低下しているのである。」と述べた。

    当時でも中間操作目標であるマネーサブライさえ操作できなかったのである。実際、今回の大胆な金融政策によってマネタリーベースの平残の前年比が30〜50%増えているのに対して、マネーサプライ(M3)の平残の増加率はわずかに2%台が3%になった程度である。


    何ぶん36年も前の話なので、日銀でこれに関係した人々も大方退職しているであろう。それもあってかまた単独では効果が怪しいか薄いこの金融政策に過大な期待が寄せられているのである。このように過去にうまく行かなかっても、イデオロギー色の強い経済理論はしつこく復活するのである。

    同様に歴史的にレッセフェール(自由放任経済)が大きな問題を引き起したのに、新自由主義が再び流行っていることにも注目される(せっかくその後ケインズ経済学が生まれたのに)。米国のティーパーティー(茶会派)もその流れに乗って生まれた。また1991年のベルリンの壁の崩壊で消え去ったと思われているマルクス経済学が、冗談のようにそのうちまた復活するかもしれない。


    筆者は、大胆な金融政策を決して否定しているわけではない。しかし何度も繰返すが、その前に大胆な財政政策が必要と主張しているのだ。それどころか金融政策偏重のリフレ派の人々は消費税増税など総需要を減少させるような政策に賛同している。このことに筆者は本心から憤っている。

    筆者は、アベノミクスの三本の矢は全て行えば良いとずっと主張している。特に経済成長戦略などは、議論ばかりをしていないでどんどん実行すれば良い(ただし移民政策だけは絶対反対・・取りかえしのつかないことになるから)。こうなったら経済成長戦略が現実として効果が薄く、ただ混乱を招くだけであることが世の中に証明されるのを待つ他はないと、筆者は考えるようになっている。ただリフレ派だけでなく構造改革派も「効果が出るまで時間が掛かる」という卑怯な言い訳はもう止めるべきである。



来週も今週の続きである。もし金融政策を効果を持つとしたならどのような状況かについて述べたい。



14/1/20(第781号)「窮地に立つリフレ派」
14/1/13(第780号)「新春のトピックス」
13/12/23(第779号)「周辺国の異常行動」
13/12/16(第778号)「ピカピカのバランスシート」
13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
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