- 項目ごとの分析
世間では今回の不況を「消費不況」とか「金融機関の不良債権不況」と言っている。したがって「減税による消費の増大」や「金融機関の不良債権の処理」が不況対策の柱としている。しかし筆者は、このような意見は間違っていると考えており、たとえ「金融機関の不良債権」問題が解決しても景気はそれほど良くなるとは考えていない。たしかに今後、「金融機関の不良債権」に端を発する信用不安の歯止めにはなるが、これによって投資や消費が飛躍的に増えるとは考えられないからである。また「減税」だけで消費を増やすには限度があり、これが不況対策の決定打になることはない。これについては後述する。 今回の不況の実態を知るには、まず97年度の経済数字を見ることが大切であり、これからマイナス0.7パーセントとなった経済の成長率を分析する必要がある。次の表は97年度の項目別の減少率と減少額の概算である。
項目別の減少
| パーセンテージ | 減少額ーー兆円 |
| 一般消費 | -1.2 | -3.6 |
| 設備投資 | -5.1 | -3.3 |
| 公共投資 | -7.2 | -3.6 |
| 住宅投資 | -21.1 | -5.3 |
それぞれの項目でかなり減少したが、成長率が0.7パーセントのマイナスに止まったのは、「円安」などによる輸出の増加に助けられたからである。つまり97年度の日本経済の全体像は、内需の不振を外需に依存したが、それが十分でなかったため、多少マイナス成長に終わったことである。そしてこの経済状況で、前の橋本政権は各国から非難を受け、自民党が選挙で負けた原因となったのである。では次に項目別に簡単に内容を検証してみる。
- 一般消費
本誌では以前から、消費水準は景気にあまり左右されることがないことを主張してきた。そして世間でよく言われいる「消費不況」と言うものが実態がないと考えている。消費には所得の一定の割合が当てられるのであるから、消費が減少したことによって不況になることは、日本の現状ではほとんど考えられない。むしろ「消費」には不況時にも、消費者の行動パターンが変わらないことにより、景気の下支えを行なう効果がある。これを「ラチェット効果」とか「歯止め効果」と呼ばれている。実際、97年度でも4月の「消費税の増税」があり、一旦消費は減少したが9月頃までは順調に回復していたのである。それ以降消費が後退するが、これは秋口からの大型金融機関の破綻と言う特殊要因によると考えられる。これも今年度に入り多少は改善されているはずである。GDPの減少率より一般消費の減少率が少し大きいが、これはやはり大型金融機関の破綻による心理的影響が大きかったからと考えている。
- 設備投資
景気循環に影響が大きいのはこの設備投資動向である。96年度までは設備投資は順調に回復してきた。これはバブル期にピークを向かえた設備投資の更新が行なわれて来たからである。97年度も半ばまでは低い水準ではあったが、設備投資は着実に伸びていたのである。しかし、大型金融機関の破綻の頃から急激に落ち込み始めたのである。この原因としては「大型金融機関の破綻」も考えられるが、「アジアの経済危機」や「景気の見通しが急速に悪くなったこと」も要因として考えられる。つまり後ほど述べる「公共投資」や「住宅投資」の動向に設備投資は影響を受けたと考えられる。少なくとも97年度については、世間で言われているような「貸し渋り」の影響はほとんどないはずである。ましてや「規制緩和」状況などは全く関係がない。 設備投資の年間の減少率は5.1パーセントであるが、98年1月から3月の3ケ月の減少率は20パーセントに近く、深刻である。この傾向は年度明け後も続いており、今後の景気動向に一番影響が考えられるのはこの「設備投資」の動向と筆者は考えている。法人税の減税も実施されるようであるが、当面の設備投資動向には影響はない。そもそも「法人税の減税」は景気対策ではないのである。
- 公共投資
国に限って言えば、97年度の公共事業予算は96年度と同じ額であったはずである。しかし、結果的には7.2パーセントも減少していることを見ると、かなりの額の地方の公共投資が減少していることが分かる。橋本政権の「財政再建路線」が地方の公共投資に影響を与えていたのである。談合や役人の公共事業をめぐる汚職も続き、公共事業自体も世間で近年急速に評判が悪くなっている。さらに地方の累積債務も大きくなっており、橋本政権の「財政再建路線」は地方に公共投資を減らす格好の理由となっているのである。 今年度については、補正予算により国の公共事業はある程度増えると考えられるが、はたして地方がこれに呼応して公共事業を増やすかどうか注目される。もっとも橋本総理も辞任し、「財政再建路線」も修正され、公共投資が増える条件は整ったことにはなる。とにかく現在内需を拡大し、景気を引き上げるには、現状ではこの公共投資の増加しか手段はないのである。
- 住宅投資
筆者は今回の不況の原因は、前述の公共投資の減少とこの住宅投資の大幅な減少と考えている。最近はこれに設備投資が加わり、本格的な不況に陥ったと言える。次に住宅着工件数を表にしたものを示す。これは以前、本誌で示したものに直近の数字を加えたものである。
25年間の推移ー単位は万件
| 73 | 176 | 81 | 114 | 89 | 167 |
| 74 | 126 | 82 | 116 | 90 | 167 |
| 75 | 143 | 83 | 113 | 91 | 134 |
| 76 | 153 | 84 | 121 | 92 | 142 |
| 77 | 153 | 85 | 125 | 93 | 151 |
| 78 | 150 | 86 | 140 | 94 | 156 |
| 79 | 149 | 87 | 173 | 95 | 148 |
| 80 | 121 | 88 | 166 | 96 | 163 |
| | | | | 97 | 134 |
2年間の推移ー単位は千件
| 96.07 | 157 | 97.07 | 113 |
| 96.08 | 136 | 97.08 | 112 |
| 96.09 | 148 | 97.09 | 115 |
| 96.10 | 160 | 97.10 | 120 |
| 96.11 | 151 | 97.11 | 115 |
| 96.12 | 138 | 97.12 | 112 |
| 97.01 | 105 | 98.01 | 88 |
| 97.02 | 111 | 98.02 | 96 |
| 97.03 | 113 | 98.03 | 100 |
| 97.04 | 126 | 98.04 | 106 |
| 97.05 | 123 | 98.05 | 103 |
| 97.06 | 121 | 98.06 | 107 |
この表をじっくり読めば、いかに住宅の着工件数がここ数年大きく変動しているか理解できる。そして住宅の価格を考えるとその変動が景気に与える影響も大きいことが分かる。実際、バブル崩壊後、設備投資が急速に落ち込んだが、それを埋めてきたのは公共投資と輸出そしてこの住宅投資であった。特に94年からの「円高」後は公共投資とこの住宅投資が景気回復の柱であった。そのため政府は住宅融資や住宅取得への減税など施策を打ち出し、地価も落ち着いたため、住宅建設は順調に伸び、景気の下支えとなったのである。しかしこれも消費税アップ前の駆け込み建設で、需要も一巡した後減少を始めたのである。本当に住宅が必要な人は既に住宅の購入は終わっているのである。首都圏に限ってみても、通勤可能な宅地は既に開発されており、最近は都心への回帰現象が起こっており、現在の交通インフラを前提にすれば、物理的にもこれ以上の宅地の開発は困難になっている。最近では準工業地域までにマンションが建てられているくらいである。 むしろバブル崩壊後、住宅建設数値のレベルが高かったため、多額の住宅ローンを抱えている人が多いことが今後社会問題になる可能性が高い。景気回復のために「金利を上げろ」と言う意見があるが、これは馬鹿げた考えであり、コメントも必要ないと考えるが、住宅ローンを抱えている人のことを考えると、多少物価が上がり続ける社会の方が、好ましいのではないかと最近考えさせられる。
直近の数字を見ても、住宅の着工件数が増えるきざしはない。設備投資も急速に減少している。つまり頼れるのは公共投資だけである。世間には今回の不況を97年度の緊縮予算、つまり増税だけが原因としており、「減税」を行なえば、景気が回復すると言う錯覚がある。筆者は、増税がなかったとしても、住宅の着工件数が大幅に落ち込むことが事前に十分予想されていたので、そのうち景気は落ち込むものと考えていた。また増税よりも公共投資の減少の方が、景気に与えたマイナス効果は大きかったのではないかと考えているくらいである。 消費も減少しているが、これは不況の原因と言うより、不況の結果と捉えている。消費は所得の従属関数であり、つまり所得水準が決まれば消費額も自動的に決まる傾向が強い。その所得水準が、設備投資や政府の支出、さらには投資的性質の強い住宅投資によって決まるとしたら、消費はこれらの「投資的支出」の水準で決まることになる。消費性向が急速に小さくなることがあれば、消費不況と言えるが、これは大型の倒産でも多発し、大量の失業者が出現するような経済危機の状況にならない限り起こらないと考える。政府の経済政策の方針も変わり、そこまで日本経済が追い込まれることは一応ないと筆者は考えている。
- 最近の景気対策論議
マスコミが主張する景気対策の論調にも最近では変化が見られる。以前は「減税」こそが景気対策の柱であると言う論調であった。しかし、橋本総理が特別減税を行なった後は、「減税も「恒久減税」でなくては効果はない」と変わった。そして今回宮沢蔵相が定率減税の方針を示すと、財源が問題と言い始めている。この定率減税は将来恒久減税につながる一つのステップであり、マスコミの主張に極めて近いものである。ところが今度は、「減税が将来の増税に繋がらないことがはっきりしないと、消費者も減税を消費に回さない」とマスコミは主張し始めているのである。筆者は、消費者がそこまで考え、減税を消費に回すかどうか決めると言うことはないと考える。議論がだんだん珍妙になってきているのである。筆者は、元々減税の景気対策としての効果をほとんど期待していないのでこのつまらない議論にはこれ以上加わりたくない。 「減税」をめぐるマスコミの主張はまるで逃げ水のように捉えどころがない。これは元々マスコミがそれほど経済に深い見識がないことと、今だに「小さな政府論」に囚われているからである。マスコミに登場するエコノミストもこのマスコミの論調に迎合している。逆にマスコミの主張に同調するエコノミストだけがマスコミに登場することになる。しかし、このマスコミの論調は確実に世論に影響を与える。政府自民党は「減税」が景気対策の決定打とはとても考えていなかったであろう。このため参院選では「減税」に対して態度がはっきりしなかった。しかしこれが参院選での大敗北の一因となったことは否定できない。したがって、今後のことを考えると、政府自民党もマスコミが作った「減税による景気回復」と言う幻想を軽視できないのである。減税が最大の景気対策と言う「空気」は既に作られており、これが本当かどうかは問題ではなく、これに逆らえない状況になっているのである。 宮沢蔵相が6兆円超の減税方針を決めた日、為替はあまり反応しなかった。これに対するあるマスコミの伝える市場関係者の言葉には驚いた。「減税には長期的な影響しか期待できず、景気にはほとんど関係ない」と伝えていた。この市場関係者の言葉と言うものが「くせもの」である。テレビに登場し、名前や所属の組織が紹介されている場合には、説明もわりとまとものなことを言っている。しかし、名前を伏せ「市場関係者」としか言われていない場合には結構いい加減なことを言っている。以前は「減税」が実施されそうと言うことで「円高」となり、反対に減税が難しいと言う情報で「円安」となったと解説していたはずである。 最近、日経新聞の論説にも驚いた。これによれば、今回の不況の原因は、官庁があまりにも日本の将来の展望を暗く示したことと指摘していた。そしてこの官庁として大蔵省、通産省そして厚生省を挙げていた。しかし、その論調を増幅したのは当のマスコミであり、特にひどかったのは日経新聞である。「2,020年からの警鐘」と言う特集を組み、日本の将来が全く暗いことをこれでもかと繰り返していたのは日経新聞である。そしてそのために財政の健全化こそが今すぐ取り組む課題と主張していたはずである。その影響もあってか当時の会社経営者を対象にしたアンケートでも、政府に望む政策は「財政再建」が断然トップであり、「景気対策」を望む声はほとんど皆無であった。日経新聞の論調の変化には驚かされるが、マスコミ一般にはこのような「厚かましさ」が付き物なのかもしれない。あれほどマスコミにとって拒否反応の大きかった公共投資に対しても、最近論調が変わってきているが、これについては別の機会に述べることにしたい。 最後に政府の政策で気になる点を一つ述べたい。それはODAの件である。財政難を理由にODA予算は毎年減らされている。99年度の概算要求の段階でも減額の方針が示されている。たしかに景気対策が中心となれば、ODAに予算を振り向けるのは難しくなるのは理解できるが、減額と言うのはちょっと過ぎていると思われる。ただでさえ「円安」でドルベースで減額になっているのである。たしかに日本も苦しいのは分かるが、世界には日本よりもっと苦しい状況の国は多いのである。日本は今最悪の不況と言われているが、年間の海外旅行者は1,700万人であり、これは前年とほぼ同じ水準である。バブル景気の時には年間1,000万人であったことから、現在はそれより700万人も海外旅行者が多いのである。実際、今回の不況は一部の地域や人々、典型的には失業者にとって厳しいのであり、平均的な日本人にとってそれほど打撃を与えていないはずである。韓国のように不況になる同時に、海外への旅行者がほとんどいなくなるような状況ではないのである。まだ日本には十分余裕があると筆者は考える。政府が必要なのはその余裕がまだあると言う認識である。それにもかかわらず、真っ先にODA予算を削ると言う行動を毎年続けることは国際的にも理解が得られないことと思われる。日本政府にODAに対するはっきりした考えがないことの証拠と思われても仕方がないのである。
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