経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/12/16(778号)
ピカピカのバランスシート

  • 経済にうるさいI議員

    もう10年も前の話である。筆者は、日本経済復活の会の小野会長と一緒に「財政支出を増やした方が最終的に政府の債務残高のGDP(名目)比率は低下する」という小野さんが行ったシミュレーション結果を各界の人々に説明して回った。これは積極財政によって経済成長を実現し経済規模を大きくなるだけでなく、税収も増えるということを示す。簡単に言えば債務残高のGDP比率が低下し財政が健全化するということである。

    つまり日本の場合は、一時的(数年間)に歳出を増やし財政赤字を拡大することが、中長期的にはむしろ財政を良くすることになる。このシミュレーションの一つのポイントは、税収増のGDP増に対する弾性値である。税収とGDPの関係が放物線を描くなら、なるべく経済活動を活発化させる(つまりGDPを増やし均衡点を右側に持って行く)方が弾性値は大きくなる。そして財政出動によって一時的に債務残高が増えても、そのうち税収増とGDP増によってGDP比率の低下するというシミュレーション結果である。これは歳出削減によって財政の健全化を図ろうとする財政当局や財政学者の考えに真っ向から対立する。


    また財政の健全化の目安をプライマリーバランスに置いている政府・財政当局に対して、我々は国債標準である債務残高のGDP比率を念頭に置いている。たしかにアベノミクスによって、少し経済が成長し、また税収も増えた。しかしこの程度では、債務残高のGDP比率が低下する所まで行くのは難しいと考える。はっきりと債務残高のGDP比率の低下を実現させるには、もっと大胆な経済対策を、しかも何年にも渡り行う必要がある。

    ところが政府は、消費税増税を実施し、さらに補正予算の大幅な減額(対本年度執行の補正予算)を決めた。設備投資や輸出が大きく伸びないことが分かっている来年度、このような緊縮財政を敷けばGDPが伸びるはずがない(場合によってはマイナス成長も有り得る)。つまり債務残高のGDP比率の低下は期待できない。このような不毛な事がずっと続けられているのである。


    我々は、実に多様な有力者にこのシミュレーション結果を説明した。まず小野さんが解説し、筆者は経済的な質問が出た場合に補足説明をするといった役割分担であった。有力者の中には、もちろん自民党や民主党の衆参の国会議員が多数いた。

    また政界だけでなく、日銀の政策委員の方々にも説明に伺った。他には財界人やマスコミ人、さらにはノーベル賞に近いと言われる半導体学者(当時、ある大学の学長であった)にも会って話をさせてもらった。この時の教訓の一つは、人の立場や役職で色分けをしてはいけないという事である。例えば日銀の政策委員の方とは、興味を持たれたのであろうか予定時間をオーバーして話が弾んだ。


    このシミュレーション結果の説明は、すごく驚く人がいるなどほぼ好意的に受取られた。話は当時の常識に反するものであったが、中には「自分も薄々そうではないかと思っていた」と言って大変喜ぶ有力政治家等がいた。我々は、簡単にはアポイントが取ることが難しい有力者に次々と会って説明を行ったのである。

    これだけ有力者に会えたのは、説明の最後に「同じ説明を他の方にもさせていただきたいので、御存じの方をご紹介して下さい」と依頼したからである。我々の話に納得した人が多く、次々と有力な人を紹介してもらった。中には、その場で電話してアポイントを取ってもらえたケースも多かった。


    そんな中「日本経済復活の会」顧問の民主党のM議員から、民主党のIという衆議院議員にシミュレーション結果を説明してくれという依頼があった。I衆議院議員は党内では経済通で通っているという話であった。M議員は、民主党の方針を積極財政に転換させたいたい考えを持っておられた。ご本人も政府貨幣(紙幣)発行論者であった(自民党だけでなく、民主党にも政府貨幣(紙幣)発行論者はある程度いた)。

    その前に立ちはだかるのが「経済にうるさい」と言われていたこのI議員であった。実際、後にI議員は財務副大臣になっている。M議員は民主党の方針と雰囲気を変えるには、日本新党以来の同僚議員であるI議員の説得がどうしても必要と考えたのである。


  • 次は「国のバランスシート」

    我々は、議員会館の一室でI議員にシミュレーション結果の説明をした。驚くことに説明が終わると、彼はこのような政策を採ると「日銀のバランスシートが悪化する」と意外な反論を行った。我々は色々なところに回ったが、はっきりと反論されたのは唯一この時だけであった。ただシミュレーションプログラムに問題があると言うのではない。

    シミュレーションは財政支出を大幅に増やすことを想定している。そのために国債の発行額が増え、金利が上昇する可能性がある。たしかに金利上昇を抑えるには、ある程度日銀が国債を買入れるケースが考えられる。したがってバランスシートが膨らみ、これを「悪化」と捉える人も出てくるのであろう。I議員がここまで先読みをしてこの発言になったのか定かではないが、「日銀のバランスシートの悪化」という指摘は事実と認める他はない。


    「日銀のバランスシート」が悪化すれば、当時、日本円の信認がなくなり途方もなく円が安くなり、日本の物価が止めどもなく上昇するといった怪しい定説があった。これに対してこちらとしては「ある程度の円安や物価上昇はむしろ好ましい」「経常収支が大幅に黒字なのだからそんなに円安にならない」「デフレギャップが大きい日本では簡単には物価は上昇しない」と言った反論もできたが、おそらく水掛け論になると思って控えた。

    筆者はこの時「日銀のバランスシートだけがピカピカでも、国民の生活がボロボロでは何になる」と一瞬思ったが、口に出さなかった。今になって思えば、言っておけば良かったと悔やまれる。


    黒田日銀になって異次元の金融政策が採られ、日銀は巨額の日本国債を買い続けている。当然、「日銀のバランスシート」の悪化とやらが現実に起っている。しかしある程度の円安傾向であるが、物価の高騰はない。それどころか日銀はさらなる金融緩和を行うと見られている。

    つまりI議員の反論は、日本においてまさに虚言・妄言であったことが証明されたのである。このようなI議員が「経済通」として財務副大臣になったくらいであるから、民主党の経済政策がみじめだったのは当然である。おそらく彼は財務副大臣として消費税増税に奔走していたのであろう。ちなみにI議員は衆議院選挙に落選しただけでなく、その後に参議院選挙にも立候補したが信じられないほどの少数の票しか集められず再び落選した。その他諸事情があって、国会議員としての復活は考えられない。


    「日銀のバランスシート」に対して「国家財政のバランスシート」を異常に気にするのが財政再建派である。「国のバランスシートがピカピカ」なら「国民生活がボロボロ」でもかまわないというスタンスの人々である。また彼等は、日銀のバランスシートの場合と同様、「国のバランスシートが悪くなると、ハイパーインフレが起ったり金利が高騰する」といい加減な事を言って人々を脅す。さらに「国のバランスシート」をピカピカにすることが、国民の幸せに繋がると言ったデタラメな論調を彼等は広めている。このために財政再建派はプライマリーバランスの達成を目指している。またこれを国際公約だと訳の分からないことを言っている。

    アベノミクスの目標はデフレからの脱却である。デフレからの脱却してからこそ税収が増え、財政の健全化が視野に入ってくるというものである。これに立ちはだかっているのがこの財政再建派である。彼等は、バランスシートをピカピカにするため安倍政権に新規国債の発行させないつもりである。

    財政再建派に同調する勢力は、成長戦略によって財政支出がなくとも経済は成長するといった根拠の薄い話をしている。筆者は、財政を伴わない成長戦略なら、ほとんど効果はないと考える。アベノミクスは今正念場である。


    筆者は、デフレ脱却がテーマとなっている今こそ小野さんのシミュレーションをもう一度見直しても良いのではないかと考える。先日、小野さんから電話が有り長く話をした。筆者は、我々の方にも戦略的に間違いがあったのではないかと言った。

    単純に財政支出を増やすと言っても、魅力のある政策メニューを提示していなかったのではないかと筆者は話をした。実際、公共投資を増やすと言ってもこれに反発する人もいる。また数十兆円の公共投資をいきなり行うことは技術的に無理である。財政支出の中味をもっと考えた方が良かったと思われるのである。



来週は、今年の最後である。それに相応しいテーマを考えている。



13/12/9(第777号)「中谷巌氏の変心」
13/12/2(第776号)「何処に行った経済成長戦略」
13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」


11年のバックナンバー

10年のバックナンバー

09年のバックナンバー

08年のバックナンバー

07年のバックナンバー

06年のバックナンバー

05年のバックナンバー

04年のバックナンバー

03年のバックナンバー

02年のバックナンバー

01年のバックナンバー

00年のバックナンバー

99年のバックナンバー

98年のバックナンバー

97年のバックナンバー