経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/12/9(777号)
中谷巌氏の変心

  • 規制緩和で経済は成長する?

    先週号で述べたように、20年前頃から「規制緩和で経済は成長する」という虚言・妄言が日本で広がった。筆者の感想では、これを言い出したのは広い意味での構造改革派、つまり反ケインズ政策主義で小さな政府論者の人々であった。このような経済観は、かなり以前からあったが、レーガン大統領時代の米国から日本を含め世界中に広まったと見られる。

    当時、米国経済の競争力の低下を憂れう声が大きかった(他にも財政と経常収支の大きな双児の赤字を抱えていた)。米国経済再生を目指す方策(レーガノミックス)の一つが「規制緩和」であった。レーガノミックスにはこの他に、ラッファー教授(ラッファー曲線)が唱えた減税や知的所有権の保護などがあった。レーガノミックスが本当に成果を収めたか議論のあるところであるが、少なくともラッファー曲線は後にブドゥー(呪術)経済理論と決めつけられた。


    たしかに「規制緩和で経済は成長する」という発想は、筆者も半信半疑ながら新鮮であり興味を持った。日本では「規制緩和で経済は成長する」という話が隅々まで広まり、一大ブームとなった。「規制緩和」という言葉だけで、関連企業の株価が急騰したりした。米国発の「規制緩和」ブームが日本全体に伝播したのである。

    またバブル経済崩壊後、なかなか不調から脱せない日本経済にとって、「規制緩和による経済成長」論は魅力的であった。財政支出を行わなくとも、規制緩和だけで経済が成長できるのなら結構である。特にバブル崩壊後の経済対策と税収減によって、政府の累積債務残高は大きくなった。とうとう規制緩和に反対する者は、自分の既得権益を守ろうとする抵抗勢力とレッテルが貼られ、非難の対象となった。


    15年ほど前から日本の学者やエコノミストは次々と「規制緩和で経済は成長する」という主旨の論文を発表した。いくつかの官庁も同様の試算を公表し、日経新聞にはこれらの研究成果が度々掲載された。マスコミでもよく規制緩和が取上げられ、「規制緩和で経済は成長する」という話が世間では半ば常識になった。

    しかし先週号で述べたように、これらのほとんどの論文や研究のアプローチは同じであり、筆者からみれば問題だらけの根拠の薄い経済理論であった(筆者はこれらの論文や研究は全てジャンクと見ている)。ただ世間のムードで規制緩和には刃向かえない状況が作られていた。ある官庁の規制緩和を推進するHPは無邪気に「楽市楽座」というタイトルだった。中学校あたりで習った織田信長の「楽市楽座」でも思い出したのであろう。

    ちなみに官僚の中には規制緩和に執着する者が現れ、彼等は改革派官僚と呼ばれていた。彼等は規制緩和が全てと考える。例えば電力に関しても、発送分離を行い競争が起れば全て問題が解決すると思い込んでいる。しかし彼等の発想の根拠となっている「規制緩和で経済は成長する」は、極めて危うい経済理論であることは説明した通りである。


    日本で最初に「規制緩和による経済成長」論を唱えた理論経済学者は、中谷巌氏(当時一橋大学教授、後に玉川大学学長)と筆者は思っている。とにかく中谷氏は当時の規制緩和論のエースであった。それまで規制緩和による競争促進を唱える声はあったが、中谷氏が登場するまで規制緩和と経済成長を結び付けるような話はほとんどなかったと筆者は記憶している。

    また中谷氏は、改革派経済学者として政治に深く関与したパイオニア的存在であった(他には加藤寛氏がいたが、氏が構造改革派と言えるのか意見は別れるところ)。まず中谷氏は93年には細川内閣の「経済改革研究会」の委員になった。たしかに以前も、一部の経済学者が政府の諮問機関(例えば政府税調)の委員や経済企画庁のアドバイザーになっていた。しかしこれらの学者は専門的で学術的な知識を政府に提供していたに過ぎず、自分達の主義主張を政治的に実現させようという動きは目立たなかった。

    改革派の経済学者が積極的に政治に接近するようになったのは、橋本政権の頃からである。改革派の経済学者は、自分達の主義主張を政治的に反映させようとするところに特徴がある。中谷氏はこのような経済学者達の先駆と筆者は思っている。中谷氏は、小渕内閣でとうとう経済戦略会議の議長代理に就いた。しかしこの頃が氏のピークであった。


  • 資本主義はなぜ自壊したのか

    ところが構造改革派のエースであった中谷巌氏が忽然と表舞台から消えた。小渕総理が急逝し、政権が森、小泉と移ると中谷氏の表立った活動がなくなった。代わって目立つようになったのが竹中平蔵氏であった。見方によっては、構造改革派の代替わりとも理解できる。


    筆者から見れば、規制緩和を唱えるグループは二つある。一つは中谷氏のような構造改革派である。彼等は、新自由主義者、市場原理主義者であり小さな政府論者であり、それらと同時にグローバリズムを唱える。具体的な主張は、規制緩和の他に歳出削減と減税である。構造改革派の主張は、一種のイデオロギーであり、非妥協的な面がある。米国のティーパーティーはこれに似ている。

    もう一つの規制緩和を求める勢力は財政再建派(財政均衡派と言って良い)である。彼等は財政状態を良くするには、歳出の削減と増税しかないと思っていて、経済を拡大(つまり経済を成長)させて財政を良化させるという発想を否定する。どういう訳か、セーニアリッジ(シーニョアリッジ)政策やそれに類する政策を強く嫌う(日本では既に行っているのに)。

    財政支出を絞りたい財政再建派は、「規制緩和で経済は成長する」という構造改革派の主張は好都合であり、すぐこれに飛びついた。構造改革派と構造改革派の共通の敵は、公共投資などの財政拡大を主張する積極財政派であった。両者による「公共事業は無駄」というキャンペーンが効いたため、日本の公共投資(他には防衛費など)は年々減少してきた。


    政治の世界でも橋本政権あたりから、両者の蜜月時代が続き(積極財政派という共通の敵が存在していたから)、彼等は小泉政権の半ばまでは政権を一緒になって支えていた。しかし郵政改革騒動によって主だった積極財政派のメンバーが自民党から追い出された頃から、両者の確執が目立つようになった。構造改革派は、中川元官房長官を中心として「上げ潮派」と名乗り、財政再建派の谷垣・与謝野氏などと対立した。

    小さな政府を標榜する構造改革派が、消費税などの増税を画する財政再建派と鋭く対立することは考えられることである。構造改革派(上げ潮派)は、「まず霞ヶ関埋蔵金を使え」などと抵抗を試みたが、今回の消費税増税の流れを阻止することが出来なかった。客観的に見ても日本の新自由主義や構造改革派の退潮は明らかである。「秘密保護法案」が騒がれている中、アベノミクスの中で構造改革色の強い経済成長戦略に関する関連法案に誰も興味を示さないことを見ても、構造改革派の落日ははっきりしている。


    不思議なことに規制緩和の本家と言える中谷巌氏が急にメディアに登場しなくなったのは、構造改革派がまだ勢いがあった時代である。筆者などもどうしてなのかと訝ったものである。ところがその中谷氏が再び世間の注目を集めた。08年のリーマンショックの頃「資本主義はなぜ自壊したのか」(集英社)という本を著し、今度は新自由主義や市場原理主義を極めて強い調子で批難したのである。

    構造改革派のど真ん中にいたはずの中谷氏が、構造改革を否定したのだ。それどころかベーシック・インカムといった社会主義と見間違うような政策を唱えるようになった。この変心振りに中谷氏を知っている者は皆驚いたはずである。日本共産党の「赤旗」までがこの本を取上げたほどであった。


    元々新自由主義や市場原理主義に基づく、新古典派経済理論(ニュークラシカルの方)は幼稚で薄っぺらいものである。これを反映し、構造改革派の主張は極めて簡単で単純である(それもあってか「規制改革」で、彼等は一晩で100本や200本の規制緩和策を考え出す)。しかし単純だけど宗教色を帯びる(逆に単純だからこそ宗教色を帯びるとも言える)。ほとんど物事を考えたことがないと思われる(ただしマスコミ受けだけを異常に気にする)小泉元首相でさえも、「構造改革なくして経済成長なし」と空疎で単純なスローガンを念仏のように唱えていた。

    新自由主義や市場原理主義に基づく構造改革運動は社会改造運動であり宗教色を帯びる。したがって一種の宗教であるから、なかなか洗脳が解けない。中谷巌氏の場合は、洗脳が解けためずらしいケースと筆者は思っている。



来週は、もう一つの宗教的イデオロギーである財政均衡主義(財政再建派の宗教)を取上げる。また余裕があれば、もう少し中谷巌氏について言及したい。



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