経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/12/2(776号)
何処に行った経済成長戦略

  • 成長戦略の主役は規制改革

    デフレ克服を目的としていたはずのアベノミクスは、今日、正念場を迎えている。アベノミクスは、第一の矢は大胆の金融政策であり、第二の矢は機動的な財政政策、そして第三の矢が経済成長戦略なるものである。黒田日銀の異次元の金融政策(第一の矢)と年初成立の補正予算の執行(第二の矢)によって、日本経済は上向いたことを否定する人はいない。しかし先週号で述べたように、補正予算が減額され、さらに消費税増税が加わるため、来年度の財政は相当な緊縮となる。

    このままでは来年度はゼロないしマイナス成長と筆者は見ている。日銀のさらなる金融緩和が囁かれているが、財政出動がないままでは(それどころか緊縮財政)、効果は知れている。追加的な金融緩和の予想に反応しているのは、外国人投資家が売買の主体となっている株式市場だけである。


    財政政策に否定的な人々は、ずっと第三の矢である経済成長戦略が大事と言ってきた。一方、筆者は13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」で述べたように、もし経済成長戦略を練る競争力会議などで本当に良いアイディアが出るのなら、どんどんそれらを実行すれば良いと主張している。ただ成長戦略だけでのデフレ克服は無理と考えている。また成長戦略でも効果があるのは財政が伴うものに限られると思っている。その具体例として筆者は「印紙税の廃止」を提案した。

    筆者は、デフレ克服の主役は財政政策であり脇役が金融政策と考える。ポイントはどれだけ有効需要を創出するかである。それに対して今の経済成長戦略は、デフレ克服とほとんど関係のない別次元の政策と認識している(財政が伴えば話は違うが)。


    実際、経済成長戦略といっても目ぼしいものはない。今回の臨時国会のメインテーマはずっと経済成長戦略と言われてきたが、いつの間にか主役は「秘密保護法案」に代わっている。経済成長戦略の影は薄く、わずかに薬事法改正による薬のネット販売の解禁(一部を除き)があっただけである。

    しかし「薬のネット販売の解禁」がデフレ克服に繋がるなんて小学生だって思わない。しかもこれに続く目玉となる経済成長戦略なるものが、臨時国会の閉幕が近付くのに全く現れないのである。「第三の矢である経済成長戦略」が重要とあれだけ騒いでいた人々は、一体何処に行ったのであろうか。


    筆者に言わせれば、日本には「構造改革」や「規制緩和」を主張することによって、地位を得たり生活をしている経済学者やエコノミストが大勢いる(また規制緩和で直接利益を得る経済人もいる)。一年前デフレ克服を目的とするアベノミクスが脚光を浴びるやいなや、このような人々が集まって来て、アベノミクスに乗じ自分達の持論である「構造改革」や「規制緩和」を持出したと思っている。これが第三の矢の経済成長戦略なるものになったと筆者は理解している。

    彼等は、デフレ克服に効果があるかどうか分からない(たぶん効果はない)「規制緩和」などをいつものように主張している。また諸般の事情で緩和が難しい規制をわざと持出してきて、これらを「岩盤規制」と銘じている。ただたとえそれらの規制緩和が行われても、薬のネット販売の解禁と同様、デフレ克服に関係はない。しかし「岩盤」と名付けることによって、彼等はいつまでも規制緩和で騒いでいることが出来る(生活ができる)状況を作っているのである。


    本誌は04/3/29(第338号)「規制緩和に飛びつく人々」などで、規制緩和では日本経済が成長しないことを説明した。さらに13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」で、「消費の所得効果と代替効果」を使ってさらなる説明を加えた。

    日本では20年ほど前から「規制緩和で経済が成長する」という虚言・妄言が急速に広まった。筆者も、最初の頃は「それは素晴しいこと」と感心したものである。そしてその事を証明するような経済論文がいくつも出され、一大ブームになった。


    しかしそれらの論文を吟味すると構成は皆同じであった。実際に行われた規制緩和(例えば携帯電話にまつわる規制緩和や大店法の改正など)の効果を見積もって分析を行っている。効果にはプラスとマイナス(例えば携帯電話関連の消費や投資はプラスであり、固定電話関連の需要減はマイナスといった具合)が有り、夫々を算定し、プラス額からマイナス額を差引いた差額の金額を規制緩和の効果(成果)としている。そして差額の金額をGDPで割り返して、経済成長率にどれだけ寄与したか算出している。


  • 非論理的な論文

    規制緩和の経済効果を検証する論文では、プラスやマイナスになる項目は、夫々の研究者が勝手に選んでいたのである。また規制緩和によって短期的で分かりやすく影響が出てくるプラスの項目が中心に選ばれていた。反対に分かりにくいものや、長期的に影響が現れるような主にマイナスとなる項目は取上げられていない。

    例えば、消費者の携帯電話への支出が増えたため、消費が減ったと思われるもののマイナス(音楽CDなど)は無視されているケースが多かった。また学生が携帯電話への支出を増やしたため、学生街の居酒屋などが経営不振になった影響なども全く考慮されていない。つまり研究者は、自分達に都合の良い項目だけを取上げて「規制緩和で経済は成長する」という研究結果を公表していたのである。筆者はこれらについて前段で述べたように、「消費の所得効果と代替効果」を使って反論したつもりである。

    筆者は、もし規制緩和で経済成長を促すようなケースが仮にあっても、それらは限られると考えている。人々が貯蓄を取り崩したり借金をしても買いたくなるものへの規制緩和である。何度も述べているが、具体的には、麻薬、売春、賭博(カジノ)、銃といった公序良俗に反するものである。

    「規制緩和で経済が成長する」というこれらの論文は、アプローチ自体に無理がある。仮に規制緩和によって影響のある項目(長短期だけでなく分かりにくいものも含め)をどれだけ拾い上げても、全てを網羅することは不可能である。どうしても「その他」という項目を設けなければ、論理学上で集合は閉じない。しかし「その他」という項目があることで論文の信頼性は著しく損なわれる。それを避けるには「その他」が極めて小さく、無視し得ることを示す必要がある。しかしそれも技術的にほぼ不可能と考える。


    しかし20年ほど前から「規制緩和によって日本経済は成長できる」というこの手の怪しい話に人々は飛びついた。橋本政権当時、与謝野官房副長官が「緊縮財政で経済が落込む」という自民党の政治家の声に対して、「それなら規制緩和を行えば良い」とデタラメを言っていたことが思い出される。しかし「規制緩和で経済成長が可能」を証明する論文がいい加減であったためか、その後この種の論文は見かけることがなくなった。ところがいまだに「規制緩和で経済は成長する」という迷信だけが生き延びていて、世間で信じらているようである。

    むしろ最近、筆者は、この怪しい話が今日でも使われていることに興味がある。まず「規制緩和で経済が成長する」という話は、当初、構造改革派が言い出したことである。しかしそれに共鳴し同じ主張を始めたのが財政再建派であった。与謝野官房副長官(当時)の発言などはその典型である。つまり財政支出を絞りたい財政再建派が飛びついたのである。今日、「岩盤規制」うんぬんと騒いでいる元閣僚の女性経済学者も以前は財政再建派の論客であった。


    たしかに規制というものを動かせば投資や消費が一時的に増える。したがって規制を緩和する場合だけでなく、規制を強化する場合にも投資や消費は増える。例えば車の排ガス規制やビルの耐震規制が強化されれば、それに応じた費用の支出が増える。チャィルドシートが義務化された時にも支出は増えた。

    法律が変わるのだから、人々がそれに対応する費用が支出されるのである。このように規制が緩和されようが強化されようが、一時的にGDPは増える。この一時的現象を見て、規制改革によって経済が成長するという勘違いが生まれる。しかし人々の所得が一定なのだから他の支出が減る可能性がある(特に期間を中長期で見れば)。

    このように規制の変更の経済成長に及す影響はプラス・マイナスがあり、合計ではほぼゼロと筆者は見ている(たとえプラスだとしても小さいと筆者は考える)。今日、規制改革を中心に据えている頼りない経済成長戦略が躓くのは当たり前である。経済成長戦略の目玉政策の一つが「薬のネット販売」と聞いて、人々はどっと疲れ白けている。



当初、構造改革が言い出した「規制緩和による経済成長」が、今日、財政再建論者の常套句になっている。そのような中で、規制緩和論で最も有名だった経済学者が忽然と消えた。来週は、規制緩和論のフロントランナーであった中谷巌氏に触れる。



13/11/25(第775号)「アベノミクスの行方」
13/11/18(第774号)「ここ一ヶ月の出来事」
13/10/14(第773号)「虚言・妄言の判断基準」
13/10/7(第772号)「消費税増税、次の焦点」
13/9/30(第771号)「消費税にまつわる諸問題」
13/9/23(第770号)「「声なき声」が届くか」
13/9/16(第769号)「利払い額のGDP比率の推移」
13/9/9(第768号)「利払い額で見る財政の健全性」
13/9/2(第767号)「消費税増税は雲行きが怪しくなった?」
13/8/26(第766号)「財政が危機という怪しい話」
13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
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