- 宮沢大蔵大臣
小淵新政権の人事が決まったが、世間やマスコミの評判は全く良くない。特に海外のマスコミの論評が辛辣である。しかし、筆者の感想は「最高とは言えないとしても現状では、かなり良い陣容」と言うことである。たしかに総裁選を戦った梶山氏や小泉氏を別にしても、実力者と言われる加藤前幹事長や山崎前政調会長の名前がなく、さらに亀井元建設相など実力者と思われるメンバーが漏れている。しかし、これも自民党の内部事情を考えると、当面しょうがないことである。小淵政権が続けば、次の政権ではこれらの人々も重要ポストに就くことも考えられ、そうなってようやく「本格政権」と言うことになろう。ただそうなれば小淵総理としては、却ってやりにくい場面もありうるのである。 新政権の注目はもちろん宮沢大蔵大臣である。筆者が、現在の日本の政治家の中で経済を正しく理解していると考えているのはこの人くらいである。特に渡部美智雄氏がいなくなってからは、この人しかいない。他の政治家はなにがなんでも「小さな政府」が良いと言う「迷信」に囚われており、経済が正しく見えていないのである。 これはなにも政治家だけではない。日経新聞が行なった緊急アンケートの結果を見てもこれが分かる。これは60人の企業経営者と市場関係者に対して「小淵新総裁が取り組むべき経済政策」を問うものであり、3つまで重複回答を認めるものであった。回答が一番多かったのは「恒久減税」で55人であり、二番が「不良債権処理の促進」で45人である。「不良債権処理の促進」に回答が多いのは理解できるが、なぜ「恒久減税」なのか理解に苦しむ。現在日本の需給ギャップは20兆円以上ある。一説には既に30兆円を超えていると言う話もある。仮に需給ギャップを20兆円として、これを「減税」だけで埋めるとしたら、「減税」の乗数効果を0.5とすれば40兆円の「減税」が必要となる。しかし今年度の予算によれば所得税と法人税の合計は34兆円である。つまりこれらの税金をゼロにしても足らないのである。つまり「減税」で景気回復を行なうと言う考えは全く非現実的である。 一年半前のこの種のアンケートで一番多かった回答は「財政再建」であった。橋本政権もそれに沿って97年度の緊縮予算を進めたのである。筆者は、回答を行なっている企業経営者などは単に「時流」に乗っているだけと考えている。また世の中の風潮として「時流」に乗るのがうまい人が企業経営者になっている結果とも思われのである。一年半前の「時流」は「財政再建」であり、現在の時流は「恒久減税」である。政治がこの時流に乗った政策を行なって失敗してきたのである。 問題は、このアンケートの回答で「大型の追加補正予算」を求める回答をした者が4人しかいないことである。これだけ需給ギャップが大きくなれば、景気対策としては「大型の追加補正予算」しか考えられないのである。6兆円や7兆円の「恒久減税」で景気が回復すると考えている人々はマクロ経済に全く理解がないのである。宮沢大蔵大臣は、マスコミから小淵総理の「10兆円の補正予算構想」について聞かれた時、「必要な額の補正予算を組むと言うことであり10兆円にはこだわらない」と回答しており、必要に応じ10兆円を超えることも示唆している。これは全く正しい考えである。宮沢大蔵大臣もまさか「恒久減税」だけで景気が回復するとは考えてはいないはずである。 筆者が、宮沢大蔵大臣を評価するのは、氏が「自分はケインジアンである」とはっきりと明言しているからである。現在の経済の世界の時流は「小さな政府」であり、サプライサイドの経済である。このような現状で「自分はケインジアンである」と明言することは、よほど経済について自信がある人間だけである。今どき「自分はケインジアンである」と言うことは勇気と確信がそれほど必要なのである。ちょうど第二次大戦の直前に、時流に反して一人で戦争に反対を唱えるようなものである。 しかし、宮沢大蔵大臣には心配な点がある。氏は昔から将来を嘱望され、何度も閣僚を経験しているが、これまでこれといった成果をおさめていない点である。大蔵大臣辞任と引き替えに「消費税法案」を通したことぐらいしか記憶にない。政治家として業績を残すにはまさしく今回がラストチャンスである。また、世間には宮沢氏が大蔵大臣当時バブルの原因を作った張本人と言う意見があるが、筆者はこれには異論がある。これについては別の機会に述べたいが、当時としてはしょうがない選択であったと考えている。政策全体としては100パーセント良いものではなかったが、あのような内需拡大政策を採らなければ、当時、現在より大きい失業率の不況に陥っていたはずである。なにしろ240円の為替レートが120円まで短期間のうちに上昇したのである。また、当時財政当局の力が強く、財政よりも金融にウエイトを置いた内需拡大政策になったため、それだけマネーゲームのスケールが大きくなったのである。むしろ金融機関が大量の不良債権を作ったことについては、別の観点から考えるべきである。宮沢氏がバブル崩壊による混乱に全く責任がないとは言わないが、張本人と言うのは的外れである。 氏の見かけはソフトであるが、芯は相当強い人間と思われる。ある国際会議の終わった後、昔のソ連のグロムイコ外相を追いかけていって「まだ北方領土の問題は残っている」と食い下がったと言うエピソードを聞いたことがある。今後、大蔵大臣としての仕事を進めるにあたって、このような氏の強い性格が必要な場面が来ると筆者には思われる。
- 森幹事長と自民党
小淵政権では閣僚人事ばかりが注目され、党三役にはスポットが当っていない。しかし筆者が注目するのは森幹事長である。森氏は同じ三塚派の三塚元蔵相と同様に本来「積極財政論者」のはずである。このため前の宮沢内閣の閣僚に入閣する時、予想されていた大蔵大臣ではなく通産大臣になったと言う話である。当時はバブルが崩壊し、景気対策が求められていた。しかし、当時は赤字国債の発行がバブル景気のおかげでようやくゼロになった時であった。つまり財政再建を目指す勢力にとって、赤字国債を発行しそうな森氏の大蔵大臣の就任は是非避けたい選択であった。このような事情も影響してか、森氏は大蔵大臣ではなく通産大臣になったと言うのである。 ここで不思議なのは三塚元蔵相である。「積極財政論者」と思われていた氏が橋本政権の元では、なぜそれと全く反対の政策を押し進めたのかと言うことである。もし、自分の信念と違う政策を進めざるを得ない立場に立たされたのなら、潔くその職を辞するべきであった。政治家はサラリーマンとは違うのである。筆者がこのことをなぜ問題にするかと言うと、今の自民党の代議士が全体的にあまりにもサラリーマン化、官僚化しているからである。良いか悪いかは別にして、自民党にはめいめいが好きなことを言える風土があったはずである。橋本前総裁は今は誰も見向きもしないが、わずか10ケ月前には誰も対抗馬がなく総裁に再選されたのである。本誌は6/30(第22号)「日本の米国債保有を考える」で述べたように、橋本総理の政策には以前から反対であった。今頃になって若手の代議士が党の執行部に異議を唱えているが、ではなぜ昨年の時点で橋本総理再選に反対しなかったのか不思議である。この理由の一つとして、自民党内に自由に物を言える雰囲気が、だんだんなくなってきているのではと筆者は考えるのである。これが小選挙区制の影響であり、過度の力を執行部や総裁が持つようになったためと言うなら由々しき問題である。党全体がサラリーマン化、官僚化すれば国民の末端の声がそれだけ党の中央に届かないことになる。今回の参院選の敗北もこのことが一番の原因と考えている。ちなみに当時、橋本総理に替わる者がいないと言われていたが、実は筆者が想定していた次期総理は、今も人気のない小淵氏であった。筆者は本誌で、総理に亀井氏や野中氏を推したことがあるが、これは実現性を考慮したものではない。むしろ両氏は重要閣僚に向いているであろう。現実的には当時から小淵氏しかいないと考えていた。 筆者が、森幹事長に注目する点は、氏が本来の姿と言われる「積極財政論者」として行動できるかと言うことであり、もう一点はどれだけ党内の意見を吸い上げることができるかと言うことである。筆者が先週号7/27(第76号)「小淵新自民党総裁誕生を考える」で危惧を示した堺屋氏は、経済企画庁の長官に就任した。経済閣僚ではあるがそれほど大勢に影響はないと思われる。ただ、補正予算の編成では揉めることも考えられる。
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