経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/8/26(766号)
財政が危機という怪しい話

  • 財務官僚による洗脳
    安倍政権の消費税増税実施の判断時期が近付いている。マスコミの報道のほとんどは、来年4月からの増税実施を当たり前のこととしている。安倍政権が何もしなければ、消費税率は自動的に一年半の間に5%から10%に上がることになる。

    消費税は、導入や税率のアップを巡って、これまでいくつもの内閣が潰れたほどの重要案件である。しかし政治家達は、今回の消費税増税に対していやに静かである。皆、安倍総理がどのような判断を下すのか、かたずを飲んで待っている。

    これまでいくつもの政権を吹っ飛ばして来た消費税なのに、今回の増税自体に関しては日本国内の議論が極めて低調である。騒いでいるのは、消費税増税を推進したい御用学者(御用エコノミストを含む)とマスコミだけである。それにしても今回の増税騒動には「うさん臭さ」が付きまとっている。一般の人々もようやくそれに気付き始めた段階であろう。


    増税に関して筆者は、議論の出発点、あるいは根本が間違っていることをずっと指摘してきた。マスコミが流布する世間の常識は「日本の財政は最悪であり、破綻寸前」ということになっている。しかし本誌では10/1/18(第599号)「財政非常事態宣言」から10/3/8(第606号)「税収と名目GDPの関係」の8週で、これが全く事実とは異なることを説明した。「日本の財政は問題がない」というのが、筆者の判断であり、結論である。

    むしろ病気(悪い財政状況)ではないのに「日本は病気(悪い財政状況)」と言い続けることによって、本当の病気に落とし込まれそうというのが真相と筆者は思っている。本当の症状を知る大きなカギは「長期金利」の動向である。今日の長期金利が0.7%台(23日0.765%)で推移していることを見れば明らかなように、日本の財政に問題があるとは考えられない。むしろ金利が低過ぎると考えるべきである(このような低金利になっても投資が起きないほど経済活動のレベルが低い)。この経済状況で増税や歳出削減を行えば、日本は本当の病気になると筆者は考える。


    橋本内閣で、実際に財政再建政策を推し進めたのは梶山静六官房長官である(梶山氏のもとで動いていたのが与謝野官房副長官)。橋本政権は1997年11月に「財政構造改革法」を成立させ財政均衡を目指した。この方針に沿ってそれまで消費税増税や特別減税の中止、さらに歳出増大の制限を行った。この後、日本経済はクラッシュを起こし、次の小渕内閣は「財政構造改革法」とこれを推進する特別措置法のほとんどを停止した。

    財政再建を強引に押し進めていた頃、梶山官房長官は、田原総一郎氏が司会するサンデープロジェクト(テレビ朝日系)に登場した。梶山氏は「日本の財政は危機状態」であり「財政再建が急務」と訴えていた。ところが番組の最後辺りで「でも不思議なのですが、日本の財政が最悪なのに日本の長期金利が低いのですよね」と呟いた。筆者はこれを観て「何と言う大ばか者だ」とテレビに向かって叫びそうになった(この話は前にも書いた)。実際、長期金利は当時1.6〜2.5%程度で推移していた(数年前までは4.5〜7.1%で推移)。

    梶山氏は、自民党の商工族のボス(重鎮)と目されていたように経済に通じていると思われていた。しかし理解していたのはあくまでもミクロの経済であり、貯蓄・投資の関係といったマクロ経済には疎かったのである。市場の金利が低くなっているということは、一方で過剰貯蓄が発生していたのである。


    当時、日本の財政の累積債務残高は500兆円程度であり、最悪と喧伝されていた。しかし10/1/25(第600号)「日本の財政構造」で説明した通り、大きいのは総債務残高であり、これから政府が所有している金融資産等を差引いたところの純債務残高は決して大きくない。むしろ日本の貯蓄が大きくなっていたことの方が問題であった(したがって金利が低下するのが当たり前)。

    梶山静六官房長や武村政義前大蔵大臣(財政危機宣言を行い、村山内閣で消費税増税を推し進めた)は、完全に財務官僚に取込まれていたと見られる。このように代々の大蔵・財務大臣は「日本の財政は危機的だ」と洗脳されている。経済に疎いと見なされていた武村政義氏はしょうがないとしても、梶山静六官房長までもが財務官僚に取込まれていたのである。

    後日、梶山氏はこの事を悔しがったという。現在の菅官房長官は梶山静六氏の弟子であった。おそらく当時の話を梶山氏から詳しく聞いているものと思われる(全てを話したか分からないが)。そのせいか何となく菅官房長官が財務官僚を警戒していると感じられる。


  • 元大蔵省審議官の話
    民主党の菅首相や野田首相は財務大臣を経験し、その時財務官僚に洗脳されたと見られる(この他には安住前財務大臣も)。それどころか自民党政権になっても、麻生財務大臣がまでが取込まれているようである。しかし筆者は、このように政治家などが「日本の財政が危機だ」という嘘話に次々と洗脳されて行く姿の方に関心がある。

    それと同時に洗脳する側の人々(財務官僚)が、どのような心境にあるのかについても興味がある。日本の財政再建運動が始まったのは、大平内閣であり、次の鈴木善幸首相が最初の「財政危機宣言」を行った。たしかに財政赤字が続く当時、財務官僚だけでなく国民も財政に不安に感じていた。しかし今から振り返れば当時は財政危機でも何でもなかったのである。


    その後、財政再建政策を行う度に日本経済はおかしくなり30年後の今日に至っている。さすがに財政再建政策が間違っていたのではないかと思う財務官僚が出てきても不思議ではない。ましてや消費税税率を10%に上げても財政が良くなることはないと財務官僚も分かっているはずである(一時的にも財政を均衡させるには30%以上の消費税率が必要。むしろ経済悪化によって財政がもっと悪くなることが有りうる)。

    これまでの経緯を見ても、財政再建政策を採れば、景気が後退するか、あるいは輸出が急増していた。輸出増によって一時的に景気が保たれた場合でも、円安批難が出て後は円高不況である。日本経済が最悪の状態まで行かなかったのは、政府によってその都度景気対策が打たれてきたからである。


    この経済の仕組みと流れを財務官僚も薄々分かっているはずである。だが先輩官僚が敷いた財政再建路線を簡単に覆すことが出来ないのが現実である。しかしさすがに財務官僚のやっていることがおかしいという声が、内部からもぽつりぽつりと出てきている。

    文芸春秋7月号に宮本一三氏の「元大蔵省審議官が告発「消費税増税」は亡国の道」という文章が掲載されている。宮本氏は元大蔵官僚であり元衆議院議員である。氏も日本の財政に関して、総債務残高ではなく純債務残高に着目すべきと述べている。


    宮本氏は、財務省のいう960兆円の債務残高の中には117兆円の外国為替資金特別会計による政府短期証券借入が含まれていると指摘している。また財政投融資特別会計が行う預託金47兆円及び財投債発行による借入111兆円の計約159兆円は、一旦債務(郵便貯金等から借入)として計上されるが、この資金は政府系金融機関や地方自治体に貸出されているので除外すべきと言っている。さらに他に同じ国の機関から借入れたものが100兆円ほどと、既にかなり使ったがまだ特別会計や特殊邦人に埋蔵金が残っていると見立てている。

    宮本氏は、純粋な国の借金は500〜600兆円程度と試算している。筆者は、これから公的年金の積立金を差引いて純債務残高を算出すべきと考える(OECD基準の純債務残高)。さらに日銀による国債の買入れ額が大きくなった今日、最終的に純債務残高は日銀の日本国債保有額も差引いて算出すべきと指摘したい(日銀が保有する日本国債は実質的に国の借金にならないから)。いずれにしても宮本氏は日本の財政が危機的という話の出発点を完全に否定している。


    宮本氏は財政再建運動が始まった当時(1980年7月、鈴木内閣の大蔵大臣は渡辺美智雄氏)、大臣官房審議官でキャンペーン部隊の中心人物であった。ただ宮本氏は、当時は経済がインフレ基調にあった頃であり、財政再建キャンペーンは間違いではなかったと言っておられる(なるほど、たしかに当時は第二次オイルショック後であり物価が上昇していた)。しかし反対に今日デフレが続いているのであるから、消費税を増税することは誤りと宮本氏は主張しているのである。

    この他に宮本氏は「デフレ下の財政再建は禁物」「公共投資悪玉論はおかしい」「金融緩和を過信するな」「物価を上げるなら賃上げを」「GDP4%成長は可能」と主張している。筆者は全く同感である。また面白いことに宮本一三氏は、昭和41年(1966年)、大蔵省からIMFにジャパンデスク担当として6年間出向している。

    宮本氏は「当時のIMFの対日勧告文は私が書いていた」と述べている。今日、IMFが日本に消費税を15%に上げよと言っているが、氏は「余計なことだ」と切り捨てている。本誌の前回号で「昔からIMF幹部の日本への発言が、財務省が作ったシナリオ通りであることは有名な話である」と述べたが、図らずも宮本氏の話はこれを裏付けている。

    先日も日経新聞がIMF幹部の発言(例のごとく消費税を上げるべき)を掲載していたが、これも財務官僚が書いた文章にIMF幹部の顔写真を貼付けたのであろう。日本経済の細かい数字にいやに詳しいので筆者も思わず笑ってしまった。宮本氏も「IMFといっても、日本に対して特段の情報や分析を持っているわけではなかった」と述べている。



間違った概念、今日においては「日本の財政は危機状態」と言ったものが世の中を動かすといった由々しき状況になっている。しかし考えてみれば、このような事は戦前からずっと続いている。来週はそれを取上げる。



13/8/10(第765号)「消費税増税は絶対に避ける道」
13/8/5(第764号)「消費税増税を促す包囲網」
13/7/26(第763号)「参議院選の結果を考える」
13/7/15(第762号)「アベノミクスの評価他2件」
13/7/8(第761号)「デフレに興味のない大新聞」
13/7/1(第760号)「日経新聞の論説の特徴」
13/6/24(第759号)「アベノミクスを牽制する人々」
13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
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12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
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12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
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11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
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11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
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