経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
経済コラムマガジン




13/6/24(759号)
アベノミクスを牽制する人々

  • 北坂真一教授の論文
    安倍政権のデフレ脱却政策(通称アベノミクス)は始まったばかりである。今はこれが成功するのかどうか不明な段階である。ところがそんな状況であるにもかかわらず、早くもこのデフレ脱却政策を牽制する動きが出てきた。

    先週から取上げているように、ここに来て「長期金利の上昇」を危惧する声が異様に大きくなっている。アベノミクスが押し進められると、長期金利が上昇することは確実といった論調が世の中に流布されている。これらはかなり意図的な動きと察せられる。


    今週はその論調を代表するものとして、日経新聞6月6日の経済教室に掲載された北坂真一同志社大学教授の「金利安定へ歳出削減を」という文章(論文)を取上げる。これはシリーズ「動揺する市場」の「下」にあたる(「上」は前日の池尾和人慶大教授の「日銀の『支配力』過信するな」)。この論文は、微妙な立場で安倍政権の経済政策を牽制する人々の考え(言い掛かり)を集約したものと筆者は理解している。

    この論文は、アベノミクスはインフレ期待を高めることに成功しているが、一方で長期金利上昇を招いたと結論付けている。この対策としては、増税だけでは不十分であり、歳出の削減が必要と指摘している。当然、もしこのような政策を採られるようならアベノミクスはめちゃくちゃになると筆者は考える。


    北坂教授の論文の内容を簡単に説明する。まず長期金利の上昇が引き起こす主な三つの問題を羅列している。第一に金利上昇が住宅購入や設備投資回復を妨げる。第二に金融機関の国債の含み損を拡大させる。もし長期金利が4%まで上昇すれば一部の地域金融機関は資本不足に陥ると言う。第三に長期金利の上昇によって国の利払い費が増大し財政が圧迫される。

    次に教授は、名目金利が実質金利と期待インフレ率の合計ということを説明している。そのうち期待インフレ率は、消費税増税分(2%程度)を除けば1%(黒田日銀は2%が目標)にも満たないと認めている。まず高齢化の加速を考えると民間貯蓄が大きく増加することはないと断定している。さらに公的貯蓄は社会保障費の増加で赤字が続くと説く。

    したがって今後日本の貯蓄は増えないため、実質金利は上昇すると結論付けている。つまり今回の長期金利上昇は一時的とは言い切れないと言っているのである。だから増税だけでは不十分であり(増税は民間貯蓄から公的貯蓄への移転)、名目金利の低位安定のために歳出削減をせねばならないと主張している。


    そこで筆者はこの論文に反論する。まずこの論文が書かれた背景に5月の一時的な長期金利上昇があると見られる。しかし筆者は、長期金利は多少上昇することがあっても日銀が金融緩和を続けている限り、どんどん上昇することはないと先週号で説明した。実際、一時的に1.0%まで上昇した長期金利は、その後は逆に0.8%程度まで下がっている(6月21日は、米国の金融緩和の出口戦略が伝えられ、この影響で若干上昇し0.865%)。この数字は安倍政権発足直前と同じ程度である。

    長期金利上昇で騒いでいる人々は、今回の金利上昇を大袈裟に捉えている。4月5日の瞬間の異常値(0.315%)を元に金利が急上昇したと騒いでいるのである。4月5日の異常値は、ヘッジファンドなどの仕手筋が暴れ回った過程で記録されたものである。この日の終了値の0.6%程度がこの日の金利水準と理解した方が良い。つまり0.6%であった長期金利が一旦1.0%に上昇したに過ぎない(しかも前述の通りこの金利は0.8%まで低下)。


    論文の内容から判断して北坂教授は典型的な財政再建論者である。財政再建論者の一大特徴は、人々に不安を与え日本を財政健全化に向かわせることである。そのためには手段を選ばない。彼等は30年も前から、財政赤字によって金利は高騰しハイパーインフレが起ると人々を脅し続けてきた。ところが日本の金利は歴史的な低位で推移し、物価は上昇するどころか下落を続けている。本当に彼等は嘘つきの集まりである。

    タイトルはうろ覚えであるが、「統計で嘘をつく方法」という本を読んだことがある。この中でグラフや図を用い変化を実態より大きく見せるために部分を切り取るという手法を紹介していた。たしかに0.3%から1.1%のグラフなら今回の長期金利の変動はとほうもなく大きく感じる。しかし30年前、長期金利が6〜7%で推移していたことを考えれば今回の変動は大したことはない。ところが案の定、北坂教授は「0.3%から1.0%に跳ね上がった」と大袈裟な表現をしている。


  • 「御の字」の国債利回り
    北坂教授の論文への反論を続ける。教授は、日本国民の高齢化で民間貯蓄は減り続け、実質金利の上昇は避けられないと主張している。しかし日本の高齢化は今に始まったものではなく、それにもかかわらず長期金利はずっと低下し続けているのである。ところが不思議なことに北坂教授達、つまり財政再建論者はこの事実を全くと言って良いほど気にしていない。

    金利が上昇しない主な原因は民間の資金の需要が著しく減退していることである。最近では民間企業は借入どころか26兆円も資金を余らせている(今年3月末・・日銀資金循環統計)。この額は家計の22兆円の資金余剰さえ上回っている。したがってちょっとやそっとでは、長期金利が急騰するといった事態は考えられないと筆者は思っている。財政再建論者は、何故、こういった事実から目を背けるのか、筆者は理解ができない。実際の日本は貯蓄過剰であり金余りが続いている(貯蓄過剰は世界的現象)。


    民間企業の貯蓄の話を別にして、教授は貯蓄額の推移を家計の貯蓄だけで説明している。しかも家計の貯蓄といっても所得からの貯蓄、つまりフローからの貯蓄だけを対象にしている。しかし貯蓄は、フローだけでなくストックからも生まれる。具体的には不動産などの資産の売却代金からの貯蓄が考えられる(特にバブル期の資産売却による貯蓄は巨額であり、これが日本のデフレの一因になったことを本誌は指摘してきた)。

    また海外からの資金の流入も考えられる。特に日本の国債は安全資産と見なされており、世界で不安が起ると決まって日本への資金流入があり、この資金は日本国債買いに向かう。この種の資金は金利水準を問わない(同様に外国からの資金流入に困っているスイスは金利をマイナスにした)。


    さらにどういう訳か北坂教授達は、肝心の日銀の買い切りオペ額増額の効果を完全に無視して話を進める。日銀は14年末でベースマネーを270兆円まで拡大する予定である。また長期国債保有は190兆円まで増やす意向である(筆者は290兆円と勘違いしていたが、これは日銀の資産・負債額)。つまり金融緩和を続けるのならクラウディングアウトなんて起らない。

    あまり考えられないが、景気が絶好調になり資金需要が飛躍的に増えることがあれば、長期金利が上昇することも有り得る。しかしその時には、それに合わせて日銀が国債購入を増やせば良いのである。筆者は、銀行券ルールを一時停止したのだから、この190兆円を一応のメドと考え、絶対的なものと見なしていない。極端な話、一層のこと日銀が発行済の日本国債を全部買い切ることだって理論上可能ということである(ただこれを実際に実施せよと主張したなら、日頃から虚言・妄言を発している人々から石が飛んできそう)。


    時期は忘れたが、かなり前、筆者は日本国債を実際に売買しているディーラーに話を直接聞いたことがある。当時、彼は「国債利回りが1.5%なら御の字」と言っていた。つまり長期金利が1.5%を超えるようなら即買いということである。実際、当時から今日まで1.5%を超えたことはほとんどない。

    今日においては「御の字」の数字がさらに下がっていることが考えられる。例えば1.3%とか1.0%に下がっている可能性がある。長期金利が一旦1.0%まで上がってその後低下しているところを見ると、ひょっとするとディーラーの間では「御の字」の数字は1.0%程度とも考えられる(米国の金融緩和政策の出口戦略がはっきりすればもう少し上がる可能性はあるが)。


    端的に言えば、北坂真一教授などにとっては唱えるイデオロギーを実現させることが第一であり、物事の真実や科学性なんてどうでも良いのであろう(科学性を装っているだけ)。したがって現実の経済をまともには見ようとせず、自分達に都合の良い現象だけを切り取ってくる。例えば今回は相場の綾で長期金利は乱高下したが、ほんの一瞬高くなった事だけを取上げ、これで全てを説明しようとしている。

    彼等とっては物事の真実や科学性なんてどうでも良いことだから、例えば前段で紹介したように「長期金利が4%まで上昇すれば一部の地域金融機関は資本不足に陥る」といった荒唐無稽なことを簡単に言う。どういう経路で長期金利が4%になると言うのか。とにかく北坂教授が主張するように増税を行い歳出を削減するのなら、アベノミクスは100パーセント大失敗すると筆者は考える。



筆者は、今週、北坂真一教授の論文を虚言・妄言の類いと説明した。しかし重要なことはこの手の論文が意図的に日経新聞に掲載されていることである。つまり世の中に色んな意見が有って、これはその一つとしてこれが紹介されたということではない。明らかに目的を持って日経新聞が書かせたものであると筆者は見ている。それにしても最近の日経の論説は酷い。来週は最近の酷過ぎる日経新聞の論説を取上げる。



13/6/17(第758号)「長期金利上昇で騒いでいる人々」
13/6/10(第757号)「雲行きが怪しいデフレ脱却」
13/6/3(第756号)「財政再建論者のサークル」
13/5/27(第755号)「財政の2010年問題」
13/4/29(第754号)「国民一律の年金」
13/4/22(第753号)「日銀のリスク資産購入」
13/4/15(第752号)「異次元の金融政策」
13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
11/7/11(第669号)「放射線防護の専門家」
11/7/4(第668号)「ダイオキシンとプルトニウム」
11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
11/6/20(第666号)「付加価値と発電」
11/6/13(第665号)「ポスト原発はやはり原発」
11/6/6(第664号)「菅政権に対する不信任案騒動」
11/5/30(第663号)「ニューニューサンシャイン計画」
11/5/23(第662号)「原発と電力会社の経営」
11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
11/5/2(第660号)「菅政権の迷走」
11/4/25(第659号)「放射線は身体に良い?」
11/4/18(第658号)「山を越えたか?」
11/4/11(第657号)「原子力の専門家」
11/4/4(第656号)「本当に重大な事は何か」
11/3/28(第655号)「電力不足で表沙汰になった事実」
11/3/21(第654号)「東日本巨大地震」
11/3/7(第653号)「日本が貿易立国という誤解」
11/2/28(第652号)「日本は本当に貿易立国?」
11/2/21(第651号)「関税以外の貿易障壁」
11/2/14(第650号)「TPPに関する推理」
11/2/7(第649号)「菅首相の消費税増税」
11/1/31(第648号)「モラルハザードの話」
11/1/24(第647号)「問題は分配ではない」
11/1/17(第646号)「永久債の日銀引受け」
11/1/10(第645号)「日本の経済成長シナリオ」
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