経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/6/10(757号)
デフレ脱却の本気度

  • 雲行きが怪しいデフレ脱却
    08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」などで、これまで本誌は経済成長の定式を取上げてきた。定式は「g(経済成長率)=s(貯蓄率)/v(資本係数)+n(労働人口増加率)+t(技術進歩)」となる。これは教科書で新古典派の経済成長理論のページを開けば必ず出てくるものである。

    この定式に沿って、経済成長率を大きくするには、貯蓄率を大きくすることと、その他には構造改革派が言っている生産性を高めることである。方法としは規制緩和を行い競争を活発化させたり新規の設備投資を促すことになる。具体的には08/9/15(第541号)「経済成長の定式(モデル)」で述べたので、これを読んでもらえば良い。


    しかしこれまで筆者は、この定式が現実の経済成長にほとんど当てはまらいことを何回も説明してきた。最近までのBRICsなどの新興国の高度経済成長や、これから経済発展が期待される新興国に次ぐ発展途上国の経済成長の様子を見ても、「経済成長の定式(モデル)」とほとんど関係のない形で進んでいる。どう見てもこれらの国々の経済成長は需要の増加に伴ったものである。もちろん日本などの先進国の経済成長の状況もこの定式では説明が全くつかない。

    新古典派の理論経済学が奉じる「経済成長の定式(モデル)」による経済成長のメカニズムは、供給サイドだけを分析したものである。要するに定式は、暗黙のうちに需要は無限にあり、不足する事態は有り得ないことを前提にしている。つまり経済成長の理論においては需要の動向は無視してもかまわないことになっている。まさにこの考えの背景には、ケインズが完全に否定したはずの「セイの法則(作ったものは全て売れる)」が生きているのである。


    しかし大学などの教育現場では、今日でも、この現実離れした定式に基づく経済成長理理論が講議されている。もっともこの経済理論が否定されれば、大学の教師のほとんどは失業してしまう。この定式を本気で信じている人々(現実から遊離した思い込みの激しい政治家、官僚、エコノミスト、マスコミ関係者など)は、いまだに規制緩和などで生産性を上げれば経済が成長すると思い込んでいるのである。

    筆者がこのことを特に取上げたのは、安倍政権は第一の責務であるデフレ経済脱却を目指す政策を押し進めてきたが、ここに来て雲行きが怪しくなってきたからである。第一の矢である金融緩和と、第二の矢である大型補正予算による財政支出の増大までは順調であった。ところが第三の矢と言われている成長戦略で躓きそうになっている。元々筆者は、第三の矢がデフレ脱却とはほとんど無縁なものと考えており、むしろこれに足を引っ張られるのは不本意なことと考える。


    6月5日に成長戦略の第3弾の内容が明らかになった。主に競争力会議や規制改革会議で検討されてきたものである。筆者は13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」で述べてように、これらについてはデフレ克服のための政策としては元々期待できないと述べてきた。ただ色々な考えの人々をデフレ脱却という大きな政策に巻き込むためには、各々が考える政策を出すことは決して悪いことではないと考えていた。成長戦略はその程度の軽いものと筆者は認識していた。

    それにしても株式市場の反応は厳しかった。そこで最近の日本の株価の推移を取上げる。成長戦略が公表された6月5日、前場こそプラスで推移していた日経平均は、後場に入り成長戦略の第3弾の内容が明らかになるにつれどんどん下がって行った。最終的に519円安と今年3番目の大幅安で引けた。市場関係者の話では、法人税の減税など目玉のない成長戦略の第3弾に市場が失望したからと言うことになっている。しかしこれは嘘であろう。法人税減税なんて誰も予想していないものであり、それがなかったと言えどこんなに下げるのはおかしい。むしろ前場で株価を釣り上げ、後場に狼狽売りを誘ったと言った方が良い(日経平均先物の大量売りなどによって)。


  • 最近の株価の動き
    ここで今日までの株価の動向について筆者の感想を述べる。安倍政権成立から、日本の株価は順調に回復してきた。まずこれまで日本の株価が下げ過ぎていたことの反動がある。さらに大事なことは安倍政権がデフレ脱却を政策の中心に据えたことである。これに沿って大型補正予算を組み、さらに金融緩和に積極的な人物を日銀の総裁と副総裁に登用した。これらが株価に良い影響を与えたことは否めない。

    為替が円安に転じたことも株価上昇に繋がった。金融緩和が円安を促したという意見がある。また日銀の2%のインフレ目標が円安を導いたという考えがある。本当に物価が2%上昇すれば、実質金利はそれだけ低くなるのだから、これは円安要因になる。

    また米国の金融緩和(QE3)が縮小されるのではないかといった観測も円安を促した。各種の経済指標が示すように米国経済が順調に回復しているということが、この根拠になっている。ところがここに来て、円相場はかなり急な反転に見舞われている。この急激な円高への転換が株価下落の一因となっている。


    ここ数年、5、6月に世界の株価が下落することが定着していた。一つの理由として、6月がファンドの決算であり、ファンドが持ち株を整理するからである(偶然なのか毎年4月まで株価が上昇しているパターンが続いてきた)。ところが今年は5月に入っても株価は上昇を続けたので、筆者も今年はパターンが違うのかと思っていた。しかし日本の株価だけが5月の終盤から下げ始めた。しかもその下げはかなりきついものであった。

    ところが6月に入っても米国の株価は大きな調整がないまま今日まで来ている。つまり米国の株価が高値を維持しているのに対して、日本の株価だけが大きく下落した形になっている。これでもし米国の株価が大幅に下落することがあれば(米株価もかなり高値に来ているので)、日本の株価は一段の安値を試すのではないかと危惧されていた。


    そのようなことも有り、7日の5月米国雇用統計の公表はこれでまで以上に注目を集めた。結果は、17.5万人増と経済の回復を示すが、金融緩和の時期を早めるほどには強くないといったものである。まさにちょうど良い、ストライクの数字であった。これで株式市場関係者は安堵したのであろうか、7日のNYダウは207ドル上げた。

    不安定な動きが続いた日本の株価の動向を占う上で、注目されてきたのがこの7日の米雇用統計と14日のSQ(日経平均先物の特別清算指数の算出)であった。したがってこの7日公表された米雇用統計の結果の方は大きな安心材料になると見られ、10日以降の日本の株式市場の動きが注目される。筆者は、どうも7日金曜日の安値(日経平均12,634円)が当面の安値だったのではないかと感じている。ただし株価の動向に関しては、これまで本誌はよく間違えてきたのであまり信用してもらいたくないが。


    今回の日本の株価の大幅下落は、色々な教訓を与えている。もちろん株価の動きがいつも合理的とは思っていない。しかしそれにしても今日までの日本の株価の下落は異常であったということを認識する必要がある。元々日本の株価の急回復は、安倍政権の政策に期待するところが大きかった。しかし実態の経済がそれほど良くなっていないことは、全ての人々が認識していたはずである。株価は期待だけで独り歩きし高値を更新してきた。

    しかしこの期待という危ういもので株価が上昇してきたにもかかわらず。安倍政権に慢心と思われる雰囲気が出ていた。安倍政権が目指す第一のものは、あくまでも「デフレの脱却」である。ところが高値の更新を続ける株価に舞い上がったのか、「デフレの脱却」と関係のない政策や、それどころかむしろデフレを助長する政策を唱える人々が出てきた。

    閣僚にも「財政再建は第4の矢だ」とはしゃぐ者まで現れた。デフレ脱却政策が大成功し、税収が増え、結果的に財政状態が良化するというのなら解るが、今の段階で財政再建を前面に出すなんて本当にバカげている。この他にも年金の支給開始年令の引上げといった声まで出ている。また「デフレの脱却」とは関係のないインターネットでの薬の販売許可が成長戦略に加わった。このように最近の安倍政権にはデフレ脱却に本気で取組むつもりなのか疑問に感じられる場面が増えている。これでは株価が下落するのは当たり前と言える。例えば財政再建政策が円高要因になり得ることが全く理解されていないのである。



経済成長の話を続けることを中断し、来週は長期金利の動向を取上げる。日銀の金融緩和が金利上昇の要因となっているといった虚言・妄言が出ている。それなら金融引締めを行えば金利が低下すると言うのか。



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