経済コラムマガジン 平成9年2月10日より
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13/4/15(752号)
異次元の金融政策

  • 金融政策決定の内訳
    4月4日からの日銀の金融政策決定会合にて、日銀新体制による最初の金融緩和策が決まった。事前の予想を上回る異次元の決定と見なし、市場はこれに反応した。為替は円安となり、長期金利は過去最低の水準まで低下した。また株式市場もこれらを好感し、年初来の高値を更新している。

    決定の内訳としては、まず2%の物価目標達成時期について、これまでの「できるだけ早期」という表現から「2年程度」と時期を明示した。次に誘導目標をこれまでの「無担保コール翌日物金利」から「マネタリーベース」に変え、これを2年で2倍にするとした。また国債の買入れ額を「年間50兆円増額」とし(つまり毎月7兆円程度購入)、買入れ対象国債を「残存期間1〜3年」から「平均残存期間を7年」に拡大した。さらにETFを年間1兆円に、REITを年間300億円にそれぞれ購入額を増加させることも決めた。


    本誌は13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」で「長期金利の安定」と「日銀の内規による国債の保有額の上限(日銀券の発行総額)の撤廃」を主張した。まず前者であるが、残存期間の長い物まで日銀の買入れ対象にするという今回の決定でほぼ満たされたと考える。また内規の保有額の上限(いわゆる銀行券ルール)も一時停止を正式に決めた。

    もっとも後者については、筆者が誤解していた部分がある。日銀は毎月買い切りオペを行ってきたが、毎年、国債の保有残高がほとんど変わらなったので、日銀が買入れ対象をより残存期間の短い国債にシフトさせていると考えてきた(これも部分的に当っていたが)。これも日銀に銀行券ルールがあり、底溜りする国債保有残高を抑えてきたからと筆者は思っていた。

    しかしこれは1兆8,000億円の通常の国債買切りオペの分であり、2年以上前から日銀はこの他に資産買入れ基金からも国債を購入している。両方を合わせると既に日銀券の発行残高を超える国債を保有している(3月末で国債保有額が91兆円に対して日銀券発行残高は85兆円)。つまり白川総裁体制下で既にこのルールを破っていたのである。しかしこの事をあまり外部にアッピールしてこなかったことは事実である。


    このように国債の購入は分かりにくい面があった。そこで黒田新体制は、政策を明確にするため国債購入を一本化し4月4日をもって資産買入れ基金を廃止した。もっとも残存期間が3年未満の国債は、これまでに日銀がほとんど買入れてしまっていたため、市場に流通しない状態であった。したがってさらなる金融緩和を行うとしたなら、いずれ銀行券ルールは破られる運命にあったのである。

    筆者は、今回の金融緩和政策は極めて好ましいものと考える。たしかに日銀がリスク資産としてETFやREITを購入することに関して抵抗感があるのは事実である。しかし今回の決定による購入予定額は極めて少額であり、問題はないと考える。むしろ今回のように大胆な金融政策が打ち出せるのなら、もっと違った形の政策も提案できるのではないかと筆者は思っている。来週あたりにその具体的な政策を提言したい。


    筆者が嫌う観念論者達は、金融緩和政策に対して必ずと言って良いほどこの「銀行券ルールからの逸脱」や「日銀のバランスシートの悪化」を重大な問題だと騒ぎ異論を唱えてきた。彼等はこれが日銀券の信認の低下に繋がり、物価の高騰を招くと騒ぐのである。そして少なくともこれまでは、世間で彼等の主張の方が良識的だと受け止められてきたかもしれない。

    ところが欧米では既に、今回の日銀の政策に匹敵する金融緩和が実施されてきたのである。しかし欧米で表立って「中央銀行のバランスシートの悪化」を問題にされたことはない(陰で不満を呟く者はいるかもしれないが)。やはり欧米、特に米国が踏出すまで日本の当局は大胆な政策を打出すことにどうしても躊躇するのである。デフレが一番深刻なはずの日本が、なかなかデフレから脱却できないはずである。


  • 良識人を装った観念論者
    筆者は、前段で取上げたような世間で良識の持ち主と見なされている観念論者が問題であるとずっと考えてきた。そして金融だけでなく、財政に関しても観念論者がいる。例えば国の財政のバランスシートの悪化を気にする人々である。ところがむしろ彼等も良識派と世間では見なされているかもしれない。彼等は、大胆な財政政策によって国の財政のバランスシートが悪化すると国債が暴落し長期金利はハネ上がり、遂には財政が破綻すると、30年以上も前からずっと日本の国民を脅してきた。

    今回の大胆な金融政策が世間で好意的に受け止められているため、このような金融政策を牽制してきた観念論者達は取り敢えず今のところ静かにしている。しかし時間が進むと分らないのである。小渕政権の時も、政権発足時の積極財政に世間の賛同が集まった。しかし一年も経ち経済が少し上向くと「経済はもう良くなった。次は財政再建だ。」という声が大きくなり、小渕政権の2年目からは積極財政政策は中途半端なものになってしまった。


    このような曖昧な政策が続くことによって日本経済の回復は足踏み状態になった。ところがこの重要で微妙な時期に、観念論者達は「時価会計の導入」「株式の持合いの解消」「不良債権の早期解消」さらに「ペイオフの解禁」など、いかにも彼等が好みそうな政策を次々と主張した。これらの政策は実際に実施され病み上がりの日本経済に追撃ちを掛けた。しかしこれらの政策は平時であっても慎重に実施を考えるべきものであった。

    当時の観念論者のオピニオンリーダ的存在の日経新聞などの論説を読めばこの時代の雰囲気が分る。小渕政権の政策で株価は上昇し、地価の下落に歯止めが掛ると期待されていた頃であった。しかしこれらの逆噴射的諸政策にITバブルの崩壊が加わり、再び日本経済は底に向かった。株や土地などの資産価格はさらに下落し、これによって金融機関の不良債権はさらに増えた。本誌は、当時、積極財政を続け経済状態を良くすることによって資産価格を上昇させ、不良債権を蒸発させることを強く主張していた。

    特にこの時期に「時価会計の導入」や「株式の持合いの解消」といった常軌を逸した政策が強行され、株価と地価は底値に向かうことになった。これらの資産の底値を買ったのが外資であり、この頃から外人の持ち株比率が急上昇し、日本の株式の取引を外資がリードする形になった。このように良識の持ち主と言われる人々が主導権を握り、ずっと日本経済の足を引張ってきたのである。筆者に言わせれば良識人を装った観念論者達はまさに反日分子である。


    筆者は、今回の金融緩和政策も経済が少し上向くと、また見直し論が出てくるのではと危惧している。良識人を装った観念論者がこれを言出しそうであり、既にその徴候が現れている。それが金融緩和政策の出口論である(日経新聞には既にチラホラ出ている)。彼等は「出口を考えずに大胆な金融緩和を行うことは無責任」と言っている。しかし彼等が金融政策と財政政策について過去にどれほど間違った主張してきたかを見れば、どちらが無責任か分るはずである。とにかく彼等の言動は要注意であり、小渕政権の二の舞いは何としても避けるべきである。


    最後に、今回の金融緩和劇の立て役者である黒田日銀総裁と岩田副総裁について、これまで本誌がどのようなコメントをしてきたかを紹介する。黒田氏については02/12/9(第277号)「ルーカスの子供達」の欄外と09/11/23(第594号)「素朴な疑問」で取上げている。前者では財務省の黒田東彦財務官と河合正弘副財務官が2002年12月2日付の英紙フィナンシャル・タイムズに共同寄稿し、日米欧が協調して成長を加速させるリフレーション(穏やかなインフレ)政策を採るべきだと主張していたことに筆者は注目した。

    後者は、その黒田氏の日銀副総裁人事に民主党が反対したことに筆者は憤りを感じたから取上げた。民主党の言い分は、黒田氏が財務官僚出身ということであった。筆者は、財務官僚(大蔵官僚)にも色々いると思っている。ところが単に財務官僚という理由で民主党は拒否したのである。まさに民主党は観念論者の集まりである。本来は、黒田氏がどのような人物で、どのような主張をしてきたのかが重要なはずである。このような民主党が人々から見放されるのは当り前である。

    また本誌は、岩田副総裁の考えを99/11/15(第139号)「金融のさらなる量的緩和」で好意的に取上げた。13年以上も前のことである。もっとも筆者の持論は、金融政策と同時に財政政策を実施することである。ただ大胆な財政政策に抵抗が強い今日では、金融政策を先行させることに敢て反対はしない。それにしてもデフレ克服を経済政策の中心に据えた安倍政権の元で、両者が金融政策の要に就いたことは本当に幸運と言える。



来週は、この大胆な金融政策を踏まえ、筆者なりの政策提言を行う。



13/4/8(第751号)「久しぶりの「朝まで生テレビ」」
13/4/1(第750号)「不穏な中国と日本の安全保障」
13/3/25(第749号)「TPPの基本は友好」
13/3/18(第748号)「日本の雪崩的輸出の歴史」
13/3/11(第747号)「TPP交渉と日本警戒論」
13/3/4(第746号)「TPPの実態」
13/2/25(第745号)「有り得る軍事的衝突」
13/2/18(第744号)「群盲象をなでる」
13/2/11(第743号)「まず印紙税の廃止」
13/2/4(第742号)「「構造改革」と「規制緩和」の本当の姿」
13/1/28(第741号)「意志を持った「やじろべい」」
13/1/21(第740号)「金融政策に対する提言」
13/1/14(第739号)「年頭にあたり」
12/12/31(第738号)「中央銀行の働きの変化」
12/12/24(第737号)「日銀とFRBの違い」
12/12/17(第736号)「師走の総選挙の感想」
12/12/10(第735号)「建設国債引受け発言の波紋」
12/12/3(第734号)「先進国だからデフレ」
12/11/26(第733号)「総選挙の行方」
12/11/19(第732号)「残る経済成長路線」
12/11/12(第731号)「先進国における経済成長」
12/11/5(第730号)「投資と経済成長」
12/10/29(第729号)「プラスアルファーの議論」
12/10/22(第728号)「アラン・ブラインダー教授の文章」
12/10/15(第727号)「バランスを欠いた報道」
12/10/8(第726号)「中国からの撤退も視野に」
12/10/1(第725号)「中国の反日暴動に対する感想」
12/9/24(第724号)「本誌の中国問題ダイジェスト」
12/9/17(第723号)「技術流出と日本の伝承文化」
12/9/10(第722号)「技術流出の現状」
12/9/3(第721号)「知的所有権の話」
12/8/27(第720号)「最近の出来事」
12/8/6(第719号)「御用学者の話」
12/7/30(第718号)「増税マニア達は現実離れ」
12/7/23(第717号)「吉川洋東大教授の文章」
12/7/16(第716号)「消費税増税が待ち遠しい?」
12/7/9(第715号)「消費税は「鬼門」」
12/7/2(第714号)「増税騒動の感想」
12/6/25(第713号)「今日の諸情勢の変化」
12/6/18(第712号)「世界中「展望がない」」
12/6/11(第711号)「schole(スコレー、暇)の話」
12/6/4(第710号)「ギリシャ化の話」
12/5/21(第709号)「単式簿記の世界」
12/5/14(第708号)「文春と朝日の関係」
12/4/30(第707号)「続・増税論議と文芸春秋」
12/4/23(第706号)「増税論議と文芸春秋」
12/4/16(第705号)「増税論議と政界」
12/4/9(第704号)「増税派の人々」
12/4/2(第703号)「松下政経塾政治家と増税」
12/3/26(第702号)「英国の永久債発行」
12/3/19(第701号)「過去の号の修正」
12/3/12(第700号)「本誌700号に寄せて」
12/3/5(第699号)「投資顧問AIJの事件」
12/2/27(第698号)「橋下維新政党へのコメント」
12/2/20(第697号)「地方自治体と通貨」
12/2/13(第696号)「デフレ経済下での増税」
12/1/30(第695号)「無税国家への道」
12/1/23(第694号)「世界的な金利低下」
12/1/16(第693号)「過剰貯蓄による災い」
12/1/9(第692号)「バーチャルな話」
11/12/19(第691号)「シミュレーションモデルの話」
11/12/12(第690号)「財政破綻のすすめ」
11/12/5(第689号)「「騒ぎ屋」の時代」
11/11/28(第688号)「技術進歩の恩恵」
11/11/21(第687号)「避けられる根本問題」
11/11/14(第686号)「物事の本質」
11/11/7(第685号)「組織の異端児的存在」
11/10/31(第684号)「組織の研究」
11/10/24(第683号)「気乗りしないTPPの話」
11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」
11/10/10(第681号)「ポール・クルーグマン教授の変心」
11/10/3(第680号)「現実論者VS観念論者」
11/9/26(第679号)「世界的な「日本化」」
11/9/12(第678号)「欧州発のリーマンショック」
11/9/5(第677号)「野田政権の成立」
11/8/29(第676号)「円相場の今後の動き」
11/8/22(第675号)「欧米経済の変調」
11/8/15(第674号)「脱・反原発派の人々」
11/8/8(第673号)「食品安全委員会の問題」
11/8/1(第672号)「タウンミーティングの報告」
11/7/25(第671号)「意味の解らない暫定基準値」
11/7/18(第670号)「政府が明らかにすべきこと」
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11/6/27(第667号)「付加価値を生まない発電」
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11/5/16(第661号)「原発推進派と反・脱原発派」
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